経験は多スキーム的、日記は時間的スキーム
追記: スキーマとかスキームとか揺れてて良くない。「構造」というような意味 「構造」に統一しようかと思ったが、そうすると、これとのつながりがわからなくなってしまう
experienceをsymbolizeするときschemeは一通りではありませんよ、多スキーム的multischematicですよ、という話
「多スキーム的」を頑張って日本語で表現すると「形がいく通りもあり得る的」
一次元であることで「どこに書こうか」「どのような構造にしようか」という意思決定なく、心の中にあることを文字の形で外に出すことに専念できる。「今書く場所」が一通りしかないので。 これは紙の日記帳ならば「前後を見る」というアクセスパターンしかできないということ。 少し工夫された紙の日記帳「10年日記」なら「n年前の今日」にスピーディーにアクセスできる。 検索可能なデジタルテキストとして日記をつけている場合、「共通の文字列が出現する文書には関連がある」という別のスキームが機械的に生成されている。文字列共起スキームと呼ぶことにしよう。 日記的に書いたものに対してScrapbox的にブラケティングすることは、一旦時間軸にそって書き出したものに、明示的に文字列共起スキームを付与すること。共起の判断対象が「全文」ではなく「明示的にブラケティングしたもの」になるだけ。
ブログなどで、あらかじめ作っておいた「カテゴリー」や「タグ」を記事に割り当てるのも、カテゴリーやタグの共起という意味ではおなじ。Scrapboxは「あらかじめ作る」が必要ないところが手軽。
Scrapboxのトップページのソート順を読者が変更できるのは多スキーム的特徴が出ている。活用してる人がどの程度いるのかはわからないが…。
たとえば作成日時順にしたならば、これは日記やブログと同じスキームになる。 Scrapboxはページを作成した時に、その日時が暗黙に記録され、いつでも見ることができる。目立つところに表示しない。
代わりに「タイトル」が目立つところにあり、このタイトルは他の文章中でのリンクと接続する。