目的と手段は立場によって入れ替わる
目的と手段は立場によって入れ替わる
1T0T FORTRANはなぜ使われ続けるのかという議論が多数流れていて興味深いのだが、自分の肌感覚では「新しい言語に置き換えずに使い続けるデメリットが小さい」というのが一番な気がする。プログラミング言語に限らず「古いものを使い続けるデメリットが小さいからそのまま」なものって多数あると思う。 1T0T ↑全然違う話になるけど、治安の悪い国ほど現金を使うデメリットが大きくて、治安のいい国ではそのデメリットが小さいから、日本を含めて治安がいいゆえにキャッシュレスが進まない国がある、みたいな話をどこかで聞いた覚えがある。 yt_geodesy 計算機科学を専門とする人達はそうではないことがあります。連合大会とか、不思議な空気になったりします。 dmikurube 逆に計算機そのものを専門とする側にとっては、計算機を利用する各分野は「適用対象の一つ」という「手段」に過ぎない、という見方もあって、「あいつらに売り込んでも旨味も見返りもないし協力的でもない」とみんなが思ったら、そちら向けの最適化や高速化とかは自然と考慮から外れていくので、まあ dmikurube たとえば計算機屋がみんな FORTRAN ないしその処理系をメンテナンスするのを諦めたら・止めたら、そのあとそちらの方々はどうするんでしょうね、みたいな話。別にお互いが手段であるのはそれでいいんだけど、お互いに敬意は持ちたいものです dmikurube こういうのはだいたい目的と手段という一方的なものではなく、時間軸を含めた全体を見ると、需要が供給の方向性を左右し、生態系として循環しているものでしょう。まあ企業なら直近の利益が優先するのは自然だと思うけど、アカデミアの人間であれば広い視点を持っていただきたい気はする