無力感の相続
中途半端にITに理解のある親が「プログラミングは難しい」というオーラを出して、それが子供に伝搬しているケースがあるんじゃないか?と考え中。
自分のところは、コンピュータが全く分からない親だったので、そういう体験はなかったんだが。
ITに限らず「自分が挑戦して挫折したこと」とか「やれるとも思わず挑戦してこなかったこと」に子供が挑戦しようとした時に暗黙的にか明示的にかはさておき「お前には無理」ってオーラ出しちゃう大人はいっぱいいそうだなあ。そして無力感が相続される。 「Xだからできない」を「できるできる、すんなりいかなくてもなにか抜け道ある、Xだとできないからそこだけ気をつけて」に変換するフィルタが必要だ。
無力感ってうつる病気で、大人になったら「感染者を見かけたら距離を置く」って手段が取れるんだけど、子供の時に親が感染者だとなかなか難しいものがあるよなぁ
子どもには「うまくやってほしい」と思ってる(明にも暗にも)保護者は多くて、そのロジックだと、失敗しそうなものには近づかないほうがいい、となるんですよね。上手にやってることを褒める保護者は、だいたいそう。そうじゃないと分かってもらうのは、とても難しい。その保護者も、子どもの頃から刷り込まれてるから、というのもあるのかなと。 「うまくやる」の定義がその保護者と僕の間で食い違っているのでないか 「うまくやる」とは、たくさん「失敗しうること」に挑戦して、いくつか成功し、もちろんたくさん失敗もしてるんだけど、それはなかったことになってて、その結果、事後的に外部の人が見ると「なんかすごい実績を持ってる人」になるって状態
親Aが子BがしようとしているXを止める
子Bは怒りを感じるが我慢する。それが隠れた敵意となる 孫CがXをしようとすると、子Bは「私は辞めさせられたのに、なんであんたが!」と怒って孫Cの行動をやめさせる
nishio.iconなるほど、虐待の連鎖と同じ構図