日本でトップ1%の子どもたちを育てたい―「未踏ジュニア」の裏側に迫る
日本でトップ1%の子どもたちを育てたい―「未踏ジュニア」の裏側に迫る 未踏プロジェクトとは、経済産業省所轄の情報処理推進機構が主催する国家プロジェクト。高いプログラミングスキルと独創的なアイデアを持つ人材に対し、国がPM(プロジェクトマネージャー)や予算、コミュニティといったリソースを提供し、一年かけてプロダクトに落とし込むまでをサポートする。年齢制限はなく、契約期間中の日本在住のみが応募の条件。毎年全国各地から数百のアイデアの応募があり、20前後のプロジェクトが採択される。
最終発表会で特に優れた成果を残した採択者は「スーパークリエータ」として認定を受ける。過去にはメディアアーティストの落合陽一氏など、現在も第一線で活躍する人々がスーパークリエータとして選出された。
飛び抜けたクリエイティビティと明晰な頭脳、そして卓越したプログラミング力。「未踏プロジェクト」はそれらを備えるトップクリエイターたちの集まりと目され、多くの学生やエンジニア、研究者たちの憧れの的となっている。
2016年、この未踏プロジェクトのU-17版、つまり小中高校生限定の「ミニ未踏」とも言える「未踏ジュニア」の試みが始まった。小中高生限定でありながら、最大50万円の開発資金の援助や、未踏プロジェクトの卒業生を中心とした各界で活躍する専門家たちからのサポートなど、本家未踏にも劣らない本格的なプロジェクトだ。
今回は、未踏ジュニアの立ち上げ人であり、現在もPMとして活躍している鵜飼祐氏にお話を伺った。
鵜飼祐
東京大学大学院にて水中ロボットを用いた水泳支援システムの研究開発を行い、2011年度スーパークリエータに認定される。 MicrosoftのOfficeやMinecraft開発チームにてOffice LensやMinecraft Hour of Code Designerといった教育関連の製品のProgram Managerを務める。 現在は文部科学省にて小学校におけるプログラミング教育を推進。
日本の教育現場では、トップ1%を育てづらい
――鵜飼さんは現在、文科省で小学生にプログラミングを推進する活動をしてらっしゃるんですよね。他にも未踏ジュニアの立ち上げだけでなく、中高生向けプログラミング教育キャンプを提供するベンチャーの立ち上げにも関わったと伺いました。なぜ子どもたちにプログラミングを推進するのでしょうか?
単純に『プログラミングの面白さを伝えたい』という思いもありますが、それ以外にも理由があります。ひとつは、子どもたちにプログラミングのスキルを磨いてほしい。プログラミングは今後世界中で需要が加速していくため、スキルを持っているとお金が稼ぎやすいし良い企業にも入りやすい。小さい頃から武器を磨くのは、この先の時代を生きていく上で大切だと思います。
もうひとつは、自分のアイデアをプログラミングという形でプロダクトに落とし込み、それを誰かに使ってもらえる経験をしてほしいからです。しかもアプリやWebはワールドワイドだから、世界中の人をハッピーにできる可能性がある。これって普段の生活ではなかなか経験できませんよね
――さまざまなプログラミング教育に携わられたなかで、未踏ジュニアのようなプロジェクトを始動しようと考えたきっかけを教えてください。
「これはプログラミング教室などで教育に携わり実感したことなのですが、日本ではトップ1%の子どもたちを育てる場は滅多にありません。このトップ層とは、受験のような受動的な教育における優秀な子を指すのではなく、「自分で考えて手を動かしプロダクトを作れる」という意味での優秀な子たちを指します。大学や大学院に進めば研究室や学会などで質の高い議論を交わせますが、小中高生にはそのような場所がない。トップ層を伸ばしたいのであれば、良質な議論の場とアウトプットの機会を提供すべきだと考えました。未踏はまさにそのために存在しています」
――特に公的な学校教育は進度の最も遅い子に合わせて教育が行われるし、そもそも「議論とは何か」を小学生や中学生のうちから学べる機会はなかなかありませんよね。
そうですね。それからもうひとつ別の理由として、『プログラマーやエンジニアの社会貢献の場を作りたい』という思いがあります。2年前にシアトルで仕事をしていた頃、周りに『自分の時間を社会のために使いたい』というエンジニアが多かったんです。たとえば、仲のいい友人は“TEALS”という非営利団体を立ち上げ、FacebookやGoogleなどのトップエンジニアを全米中の高校に送り込み、そこで彼らにコンピューターサイエンスの授業をしてもらうという事業をしていて。一方、日本にはまだそういう文化がほとんどありません。そこで自分がハブとなって彼らが社会貢献をする文化を日本でも育てたいなと感じました。
――たしかに、日本ではプログラマーやエンジニアが主体となった社会貢献やボランティアはそんなに馴染みのあるものではないですよね。プログラミングの領域で高い技術力を持つ人々が子どもたちと触れ合う機会も滅多にないと思います。
その通りです。ビル・ゲイツやザッカーバーグのように、アメリカではロールモデルとされる人がプログラマー出身であることも多いのですが、日本ではプログラマー出身のロールモデルと呼ばれるような人々はほとんどいない。未踏ジュニアという場で、子どもたちが目標となるような優秀なプログラマーやエンジニアに出会う機会を作れれば、と思います。
プロジェクトの採択基準は「一緒に働きたいかどうか」
――「未踏」と聞くと、やはり採択されるプロジェクトはどれもレベルが高い印象を受けます。応募されたアイデアの採択基準を教えてください。
未踏ジュニアの選考では、各PMが『この子と一緒に働きたいかどうか』という視点でプロジェクトの採択を決めます。まず書類選考を経てから各PMが気になったアイデア案の応募者とオンラインで30分程度の面談をして採択するかを決めます。、それぞれのPMが異なった視点や基準で応募者を評価するため、PM間で面談の指名をする応募者がかぶることはあまりないですね。
――驚きです。てっきりPMの皆さま全員ですべてのアイデアを評価して、加点方式で応募者を上から順番に採択するものだとイメージしていました。
――未踏ジュニア公式ホームページで昨年度の成果報告会を見て、全員がまったく違った方向性のプロダクトを作っていたので、敢えて様々なタイプのアイデアを採るように調整をしているのかと思っていました。PMの方々がその方の視点で選ぶからこそ、このような多様性が生まれていたのですね。
そうですね。何を『良い』と感じるかはそれぞれのPM次第ですので、いわゆる合理性のような、『役に立つか否か』を基準とした加点方式の採点は行っていません。だからこその多様性だと思います。
――運営において、PMはどのような役割を担っているのでしょうか?
各PMは、その応募者がやりたいことを実現するためのサポートに徹しますが、基本的には応募者の主体性や能動性を最大限尊重しています。もちろん実現のために『これはこうしたらいいんじゃないか』という助言をしたり、必要な知識を提供したりなどはします。ですが、学校の先生のような指示をするポジションではなく、自分の持つネットワークや知識などを総動員して応募者に伴走する、いわば一緒にモノ作りをする仲間として関わります。
――なるほど。いかにして周りを巻き込んでプロジェクトを進めるか、どういうコミュニケーションをとれば欲しい答えが得られるかなど、プロジェクトそのものの主体的な進め方も学べそうですね。学校教育と対照的だと感じます。
まさに対照的だと思いますし、教育の場とはそうした力を養う場所で在るべきではないかな、と。未踏ジュニアのゴールは、最後に自分のプロダクトのコンセプトと実物を発表する成果報告会です。ゴールを与えられて点数を満たしているか、という方式での評価ではなく、自分で目標を決めてどこまで実装ができるか、という基準で評価されます。だからこそ主体性と能動性が大切なんです。
良いアイデアは、少しのひとに深く刺さる
――先ほど、各PMが「一緒に働きたいか」という視点でプロジェクトを採択すると伺いました。鵜飼さんは、どのような視点からプロジェクトの採択をしているのでしょうか。
「応募者の『これがやりたい』という気持ちだけではなく、『なぜあなたがそれをやるのか』を大切にしています。僕は、個人的な体験を基にモノを作れる人は強いと思う。そのアイデアに繋がるどんな経験があったのか、そのときに何を感じたからこのアイデアに辿り着いたのか、そうしたバックグラウンドから生み出されたものって、少数の人に深く刺さると思うんです。課題がニッチで明確なので。 ――多くの人々に評価されるプロダクトよりも、少数の人々のニッチな課題を解決できるプロダクトのほうが良いプロダクトだということでしょうか。
「もちろん一概にそうとはいい切れませんが、僕はその方がおもしろいプロダクトになると思っています。たとえばAirbnbやUberは、『そんなの誰にも刺さらない』と思われていたものが少数の人に刺さって広まった例と言えるでしょう。ハーバード大学のモテたい人たちが始めたFacebookは、今や全世界で使われている。そうやって一部の人に『良い』と言われるモノを作ることを僕は応援したいですね」
――実際にプロジェクトを採択しアイデアを形に落とし込む過程で、鵜飼さんはどのようなアドバイスを心がけていますか?
「よく言うのは、具体的にどんな人に使ってほしいのか、ユーザーの顔を思い浮かべてほしいということです。たとえば『子どもに使うアプリ』よりも『小学5年生で日本に住んでいる子が使うアプリ』の方が、アイデアを煮詰めるための議論がしやすい。その子のアイデアを本当に評価するのはPMではなくユーザーなので、そのユーザーにとって最も良い形を届けるのはどうしたら良いか、という視点でサポートをしています」
――「ユーザーにとっての価値とは何か」を模索しながらのトライアンドエラーは、モノ作りには欠かせませんよね。他のPMの方々は採択においてどのような視点を大切にしているのでしょうか。
「本当に人それぞれで、応募の段階でプロトタイプまで出来ている人が欲しい、というPMもいれば、プログラミングスキルは未熟でもアイデアが面白い人が欲しい、というPMもいます。プログラミングスキルが無いからと言って応募を諦める必要は全くありませんが、『未踏ジュニアに応募するくらいやりたいことに対して、本人が行動を起こしているか』という点は見られているはずです。プログラミングスキルやプロトタイプなどは、気持ちが行動に表れているひとつの証。それくらいの熱量がある人を求めています」
――最後に、未踏ジュニアの未来の応募者たちにメッセージをお願いします。
「いま、作ってみたいモノややってみたいことがあるけれど、どうやって形にしたらいいかわからない、という人がたくさんいると思います。アイデアには必ず「ここがおもしろい」というポイントがあって、僕たちPMはそこを全力で伸ばして形にするお手伝いをします。『これをやれなかったら自分の人生は終わる!』くらいの気持ちを持っている人は、ぜひ挑戦してみてください」
<編集後記>
今後もIT技術はハイスピードで発展の一途を辿り、玉石混交のプロダクトやサービスが世界中で毎日大量に出回るだろう。変化の速いこの時代に、未踏ジュニアプロジェクトは仕事の本質である「良いモノを作る」ために必要なスキルと過程を学べる貴重な機会であると感じた。今後の日本において、未踏ジュニアのような自主自律を基礎とした教育の場、そして、仕事の本質を学ぶことができる場が増えていくことを願う。
この記事を書いた人
藤坂鹿
編集担当。作って食べることと犬がすき。