公開PKMが読者ケアのせいでover-linkを産む
Karwi.icon
公開性が読者ケアを生む
純粋に private な PKM なら、読者は未来の自分だけで、自分は 用語「KJ法」 の文脈を共有している。だから「リンクしないと分からない」不安は生まれない。公開が、文脈ゼロの見知らぬ他者を読者集合に注入する。その他者が任意のページに cold 着地しうるからこそ「リンクしないと置き去りになる」が実在の不安になる。
つまり over-link は 個人ツールに埋め込まれた、公開読者への譲歩だ。前回「人は親切で over-link する」と言ったが、その親切の宛先がここで確定する —— 共有文脈を持たない公開ストレンジャー。
二つの読者が逆のリンク密度を要求する
著者(PKM 機能): sparse・felt-sense・意図リンク(L61)。地形を知っているので密リンクはノイズ。
公開ストレンジャー: 密な説明リンク(か説明への到達手段)。地形が無いので。
Cosense の公開はすでに semi-liveだ —— 公開プロジェクトでもリンクは辿れて全文検索が効く。だから Cosense 上で nishio が公開読者のために [KJ法] を貼る本能は部分的に合理的だった(読者は実際に辿れ、検索できる)。問題は、Cosense から Markdown LLM-wiki へ移って静的公開すると、over-link が守っていた公開読者体験を逆に劣化させること
nishio.icon
親切さから一般的でない用語にリンクをつけてしまうが、Cosenseのリンクが双方向であるがために「頻繁に言及される一般的でない用語」にbacklinkが蓄積していってしまう
これなら「この用語は一般には伝わりにくいよな」という1回の判断で、全ての出現が「親切」になる