ルサンチマンの肯定
ドラッカーの知識社会は上司と部下の社会ではないのようなタイプの文章に対する反応
「ドラッカーはXと言っているのに、上司はnot Xでけしからん」
他人が正しくないことの根拠を書籍からチェリーピックをする
「力のあるAが正しくないので、力のない自分は正しい」
自分の無力の肯定
ルサンチマンの構図
書籍から得た知識を他人の批判に使うだけであって、行動の変容につながらない
ドラッカー自身は知識は行為によって証明されなければいけないって言ってるんだけどなぁ
そういうルサンチマンをこじらせた状態だと、いくら読書をして知識を集めても有益な使い方をしないから不毛
「この本には〜と書いてあった、その通りにしないあいつはけしからん」というパターンの繰り返し
それをやればやるほど、周囲の人の心は離れていく