Cognitive control in media multitaskers
要約(簡潔版)
本研究は、多種のメディアを同時に扱う“ヘビー・マルチタスカー” (heavy media multitaskers; HMM) と、そうでない“ライト・マルチタスカー” (light media multitaskers; LMM) の認知制御能力を比較した。実験では、注意の切り替え、作業記憶への無関係情報の侵入防止(フィルタリング)、作業記憶の更新など、複数のタスクを課したところ、HMM 群は無関係な刺激(外界の雑情報や不要な記憶表象)を排除するのが苦手であり、タスク切り替えにもより時間がかかった。LMM 群は雑情報をうまく遮断し、必要な情報に集中できる傾向が見られた。この差は単なるIQやワーキングメモリ容量の違いでは説明できないため、メディア同時使用の習慣自体と認知制御能力との関連が示唆される。
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解説
1. 背景と目的
近年、同時に複数のメディアを使う行動(メディア・マルチタスキング)が増えている。
しかし人間の注意や作業記憶には限界があり、複数の情報源を同時処理するのは困難だとされてきた。
本研究では、慢性的に複数メディアを使う人(HMM)と、あまり同時使用しない人(LMM)の認知制御にどんな差があるかを調べた。
2. 実験と手法
まずメディア利用のアンケートから「メディア同時使用指数 (MMI)」を算出し、それが高い人を HMM、低い人を LMM と定義。
その後、フィルタリング課題やタスク切り替え課題などの認知テストを実施。
フィルタリング課題は「無関係な刺激をどの程度ブロックできるか」を見る。
タスク切り替え課題では「前のタスクセットをどの程度速やかに捨てて新しいタスクに移行できるか」を見る。
3. 主要な結果
HMM は余計な刺激に引きずられやすく、作業記憶に不要情報が入り込みやすい。
タスクを切り替える際にも、HMM は以前のタスクセットの影響を受け、切り替えに時間がかかりがち。
一方、LMM は無関係情報を比較的うまく遮断し、タスクへの集中を保つ傾向があった。
これらの差は知能やワーキングメモリ容量の差では説明できない。
4. 考察と意義
メディアを同時に扱う頻度の高さは、意図的な注意制御を弱めている可能性がある。
ただし本研究は相関関係を示すものであり、どちらが原因か(マルチタスキングが制御力低下を招くのか、もともと制御力が弱い人がマルチタスクを好むのか)は明確でない。
いずれにせよ、複数メディアを多用する習慣がある人は、不要情報を排除しにくく、作業効率が下がるリスクがあると示唆される。
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本研究から、日常的にメディアを多用する人ほど認知制御の乱れ(注意散漫やタスク切り替えの遅れ)が起きやすい可能性が示唆される。大量の情報に晒される現代社会では、メディアの使い方が注意制御能力に影響する点を留意することが重要だと考えられる。 -----
1: 「メディア」とは何を指しているか?
本研究では、以下のような幅広いメディア形態を含んでいます。
紙媒体(プリント)
テレビ
コンピューター上の動画(YouTubeなどオンライン映像)
音楽や、それ以外のオーディオ
ビデオゲームやコンピューターゲーム
電話や携帯電話での音声通話
インスタントメッセージ(IM)
SMS(ショートメッセージ)
Eメール
Webブラウジング
その他のPCアプリケーション(ワープロなど)
つまり、1人が同じ時間帯にこれらのメディアをどのくらい組み合わせて使っているかが「マルチタスキング指数(MMI)」として測定されています。
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2: 記憶への影響
研究結果によると、ヘビーマルチタスカー(HMM)は
外部環境の不要刺激をフィルタリングできず、作業記憶に余計な情報が入りやすい。
すでに記憶に入っている不要情報(以前のタスクや古い文字など)もうまく無視できない。
具体例として、Nバック課題(三つ前に出た文字と同じかどうかを判断)では、HMMの方が古い刺激に誤反応(「ターゲットだ」と思い込む)が多く、特に負荷が高まるにつれ無関係情報の干渉が大きくなることが示されました。結果的に作業記憶において「本来は関係のない」情報を排除する能力が低下し、効率的に記憶を使えなくなる傾向が見られたと言えます。
以下では、論文内に掲載されている図(Fig. 1、Fig. 2、Fig. 3)それぞれが何を示しているかを簡潔に解説します。
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https://gyazo.com/6eaa2ab3af42b048b86a072af4f2cffb
Fig. 1(フィルタリング課題)
(A) 上段は、フィルタリング課題の「1回の試行」のイメージ図。
最初に赤と青の長方形が並んだ画像が100ミリ秒表示される(赤が「対象」、青は「無視するべき刺激(ディストラクタ)」)。
続いて短時間の空白の後、もう一度同様の配置が表示される。
参加者は「赤の長方形の向きが変化したかどうか」を回答するよう指示される。
(B) 下段のグラフは、「赤の長方形(ターゲット)が2個のとき」における、ディストラクタの数(0, 2, 4, 6個)に対する成績の変化。
横軸はディストラクタの数、縦軸はパフォーマンス(作業記憶容量の指標K値など)。
HMM(ヘビーマルチタスカー)はディストラクタ数の増加とともに成績が落ち、LMM(ライトマルチタスカー)はほぼ影響を受けないことが示されている。
つまり、HMMは余計な情報をフィルタリングするのが苦手であることを示唆している。
https://gyazo.com/e48075cf4fdb1088cf29bd6331a76ce1
Fig. 2(AX-CPT課題:ディストラクタ有無の比較)
AX-CPT課題とは、「A」の文字がキュー(合図)として出た後に「X」が続いたら「YES」を、それ以外は「NO」を押す課題。
この図は「標準版(ディストラクタがない場合)」と「ディストラクタが挟まる場合」での反応時間を比較している。
グラフの縦軸は反応時間(遅いほど上)、横軸は「ディストラクタ無し」と「ディストラクタ有り」の条件。
ディストラクタ有りの条件で、HMMはLMMに比べて大きく反応が遅くなっている。
これはHMMが無関係な刺激を無視できず、脳内での処理が滞ることを表す。
https://gyazo.com/d41eb3aa7659af22fa7dc321c3d860b6
Fig. 3(2-back・3-back課題)
(A) はヒット率(正解率のうちターゲットを正しく「ターゲット」と答えた割合)。
(B) はフォールスアラーム率(本来ターゲットでない文字を「ターゲット」と間違えた割合)。
2-back(2つ前と同じ文字か判定)と3-back(3つ前と同じ文字か判定)の2種類があり、難度が上がる3-backでの比較が特に重要。
HMMとLMMでヒット率は大差ないが、HMMはフォールスアラームが多い(誤ってターゲットと判断してしまう)。
とくに3-backのように保持情報が増えると誤反応が顕著。
これはHMMが不要情報(すでに古くなった文字)をうまく抑制できず、作業記憶の干渉を受けやすいことを示す。
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これらの図から総合的に分かるのは、HMMは無関係情報をフィルタリングする力が弱く、作業記憶内に入ってくる不要情報を抑えきれないためにタスク効率が落ちる、という点です。一方、LMMはディストラクタの影響をあまり受けず、必要な情報への集中がしやすいことが示唆されています。