適切な複雑さの感覚
t_wada 「この問題の解決策がここまで大げさになるのはおかしい」という直感がコーディングエージェントのオーバーエンジニアリング傾向に対するブレーキになっているのだけど、この直感を教えるのがなかなか難しい
nishio この感覚には共感するが、一方で「こんなに複雑なコードはおかしい」と言って過度に抽象化したver.2を作り始めて、結局現実社会の複雑さを再発見してそれを反映させるために複雑なコードになってしまう事例もしばしば聞くわけで、人間が適切な感覚を持ってることはレアなのではという気がするなー
複雑な世界を複雑なまま理解する
複雑な世界を単純化
制約の形状を調べるの行き当たりばったり回避で複雑化することもあるが、現実自体が複雑であることもある
nishio これ初めて解説するんだけど僕のAIに対する指示にはこう書いてるな: "事前の工具化はN=3まで待つ。やり取りの形に依存する道具は単一事例で固めない。
N=1で確定させると後発事例で寄せ直しになる。設計案は「観察続行+たたき台を残す」に留める。ただし、仮説と明確に枠付けるならN=1でも言語化してよい。早すぎる断定を防ぐもので、早すぎる表現を禁じるものではない。境界は「確信か仮説か」「道具か言語化か」の二軸。"
nishio "Write Everything Twice"と同じ思想で、何件か事例が観測されてからでなければ正しい設計はできないのだからN=1で実装を始めるな、という方向性になっている。