自己イメージの一貫性
sticksalt2 勤勉なのに怠けぐせがある。優しいのに容赦なく人をけなす。社交的なのに何日も引きこもる。 このような両極端な行動は、極めて創造的な人の特徴として、繰り返し挙げられてきた。これはどうしてか?
ポイントは、自己イメージへの無頓着さだ。
自分で自分をどんな人だと思うか、という自己イメージは、誰しも自然に獲得し、常に更新されていく。皆に優しく接してきた人は、自分は優しい人だと思い、次も優しくする。
自己イメージは一貫している方が、自分も他人も心地よい。
しかし、この自己イメージは、同時に自分の行動を制限する。「自分のキャラに合わないことはしない」ということだ。
両極端な人は、この自己イメージへの意識が弱い。意識するのは目の前の目的や、その時の感情だ。だから、他人から見たらその人のイメージと矛盾することも、当たり前のようにする。
両極端な行動は、いくつかの利点がある。
まず分かりやすいのは、手段を選ばずに目的を達成できることだ。自己イメージではなく、目の前のことのみを意識することで、時には両極端に見える行動をし、目的が達成しやすくなる。
さらに、両極端であることで、経験の多様性が高まり、創造性やセンスが磨かれる点も重要だ。
経験の多様性とは、どれだけ多様なインプット、思考、感情、を経験するかである。自分の行動が変化すると、他人のリアクションも変わるし、見聞きする情報も変わるし、自分の感情でさえも変わる。これにより、全く異なる経験が得られる。
多重人格であれば、全くタイプの異なる人が経験するであろうことを、1人で経験できてしまう、ということだ。
経験の多様性が高まると、普通は組み合わさらない情報が組み合わさり、創造性が高まる。より多様な情報を統合できるので、良い仮説が立てられる。
ちなみに、多様な人が集まるよりも、1人の経験が多様な方が、より大成功する可能性が高まることが、限定的な文脈ではあるが、実証されている。(詳しくは「Superman or the fantastic four?」と論文検索)
1人の経験の多様性というのは、それほど重要だ。
両極端であることで、他人の期待を裏切り、人間関係が壊れることもあるし、そもそも自分が誰か分からなくなることもある。しかし、並外れた成果を上げることも事実だ。
自分のイメージと合わないことをする場面に出くわした時、自分のイメージを一貫させるのか否か、多角的に考えるのが良い。