思考の結節点2018/8/29
KJ法の初出は何かご存知か
川喜田 二郎の「発想法」だと思っている人が多いが、最初に書籍に書かれたのは「パーティー学」である
だから最初に公開するときのタイトルなんて重要ではない
「コーディングを支える技術」でもよい
良いアイデアは周囲の人を刺激し、自分で成長を始める
パーティ学で紹介された手法が一人歩きした
手法に名前をつけていなかったのでKJ法と呼ばれることになった
なぜ手法に名前を付けないのか
事後的に「それを説明せよ」ということで「発想法」が書かれることになった
いきなり何もなしで「発想法」を書き始める人いないのでは
当人にとって常に未完成で試行錯誤の最中の技術
「今書いて」というリクエストによって、現時点でのスナップショットが撮影される
有限化
当人にとってはあたりまえのことは、「それはあたりまえではないので説明して」と言われなければ言語化されない
あたりまえの技術
アイデアは最初から完全な形で生まれるのではない
書籍は単独で生まれるものではない
スナップショットとして記録され商業的に流通することで注目を集めやすいこと
パーマリンクの概念が誕生するまで、書誌情報がパーマリンクとして使われていた
言及されうる存在
書籍の裏にそれが生み出されたきたネットワークがある
成長し、子を産む存在としてのアイデア
書籍が有限化の仕組みなら、その背景にある無限のネットワークに読者が接続できるように手助けするべきなのではないか
書籍が知識の結晶化によって生み出されたものなら、その背景になる流動化した知識へのアクセスが提供されるべきではないか
そのアクセスは、従来はアカデミアでの議論だとかの形で行われていた、記録に残りにくいだけ
電子化によって時間と場所を超える
思考の結節点とは
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