大いなる力には何の責任も伴わなかった
以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「With Great Power Came No Responsibility」という記事を翻訳したものである。
GPT-4.5.icon「メタクソ化(Enshittification)」とは、プラットフォーム企業が初めは優れたサービスを提供してユーザを囲い込み、その後ユーザの利益を犠牲にして企業収益を最大化し、最終的にはプラットフォームを低品質なものに劣化させるプロセスである。
Googleを例にとると、初めは良質な検索を提供して市場を独占したが、その後、広告主やビジネス顧客を優遇して検索品質を意図的に劣化させた。現在のGoogle検索は広告とAI生成の無価値な情報で溢れ、ユーザを閉じ込めたまま利益だけを吸い上げている。
こうした「メタクソ化」は企業内部の「いじり回し(Twiddling)」によって実行されており、例えばギグエコノミーにおいて看護師の経済状況をリアルタイムで調べ、借金が多い看護師には低賃金の仕事を提示するというアルゴリズムによる賃金差別が行われている。これはデジタル化された世界でのみ可能な搾取手法だ。
こうした問題が蔓延する背景には、過去40年にわたり反トラスト法(競争法)が骨抜きにされ、独占が容認されてきたこと、規制当局が企業に捕獲され、規制が機能していないこと、さらにデジタルロック(DRM)を回避してサービスを改良することが法律で禁じられていることがある。
しかし、トランプ政権が通商協定を破壊したことで、「脱メタクソ化」の絶好の機会が訪れている。米国主導のIP法やDRMに縛られない相互運用可能なツールやサービスを各国が開発し、米国ビッグテックからユーザを解放できる可能性がある。
最終的な解決には、独占禁止法の強化、規制の再生、相互運用性の実現、そして労働者の連帯が必要である。特に労働者が団結して企業に抵抗することが、メタクソ化への有力な対抗手段になるだろう。
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ファクトチェックnishio.icon
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主張1: 「Googleが自社広告収益を増やすために、検索結果の品質を意図的に劣化させた」
この主張については、米国での反トラスト法廷闘争などから明らかになった内部資料や証言により、一定の裏付けが得られています。具体的には、Google内部の電子メールやドキュメントが公開され、検索結果の品質を下げても収益に大きな悪影響は出ないことを示す社内実験結果や、社内でユーザー体験向上より広告収益を優先する動きがあったことが示唆されています。
内部メールから読み取れる戦略: 2023~2024年に行われた米国司法省対Googleの独占禁止法訴訟(United States v. Google LLC)では、Google幹部間の電子メールが証拠として提示されました。その内容によれば、検索サービス部門と広告事業部門の間で、ユーザーにとってマイナスとなる成長施策(=検索体験を損なうような施策)を巡って対立していたことが明らかになっています。また、これらの内部やりとりから、検索結果の品質を意図的に下げてもユーザー離れや収益減少を招かないことが示唆され、「ユーザーに高品質な結果を提供したい派」と「収益最大化を優先したい派」の社内綱引きがあったことが確認されています。実際、公開されたメールには「Googleは検索結果を悪化させても収益を維持できる」旨の記述があり、検索クエリの増加が収益増につながる(ユーザーが何度も検索し直すほど広告に触れる機会が増える)ことを幹部らが認識していたことが窺えます。
経営判断と品質低下の傾向: さらに、2020年6月にはAlphabet(Googleの親会社)のCEOであるスンダー・ピチャイ氏が、従来は独立していた検索部門と広告部門の指揮系統を統合し、広告ビジネス責任者を検索部門のトップに据える人事を行いました。この決定は検索と広告の一体化を図るもので、ウォッチャーらはこれを「ユーザー最優先」から「収益最優先」への転換点と見ています。事実、米司法省の訴訟で担当判事は、Googleが検索広告の価格を徐々に引き上げる一方で広告主向けの検索クエリレポート情報を制限するなど品質を低下させていた点を重視し、同社が違法に独占維持を図った証左の一つと判断しました。これらは直接ユーザー向け検索結果の品質に関するものではありますが、プロダクト全体の品質より収益を優先する企業姿勢を裏付けるものです。
検証結果: 内部資料や法廷証言に照らすと、Googleが広告収益を増やすため意図的に検索品質を低下させたという主張には強い根拠が認められます。Google自身は公には認めていないものの、社内の分析やコミュニケーションからは、検索品質よりも収益を優先する戦略が存在したことが示唆されており、主張1は事実である可能性が高いと考えられます。
主張2: 「米国のギグワーカー(特に看護師)は、クレジットカード債務など個人の経済状況に応じてアルゴリズム的に賃金が調整される仕組みに置かれている(ShiftKeyなどによる)」
この主張に関しても、近年の研究報告や調査によって裏付けとなる証拠が示されています。看護師のギグワーク(オンデマンド派遣)プラットフォームであるShiftKeyや類似サービス(例えばShiftMedやCareRevなど)は、アルゴリズムを用いて看護師に提示する報酬額を動的に決定しています。研究者や専門家は、これらの賃金決定アルゴリズムが各労働者の個別事情に応じて変動する「ブラックボックス」であり、労働経済における新たな問題として指摘しています。
アルゴリズムによる個別賃金決定: 2024年12月に発表されたシンクタンク報告(Roosevelt Institute)では、ギグナース業界の賃金決定方式について詳細な調査が行われました。この報告によれば、オンデマンド看護師アプリでは同じ業務内容でも働き手ごとに異なる時給が提示されるケースがあることがわかりました。賃金が一律ではなく、各個人に合わせて変動するため、働き手からはアルゴリズムの算定基準が見えない「ブラックボックス賃金」となっています。法学者のヴィーナ・デュバル氏はこれを「アルゴリズムによる賃金差別 (algorithmic wage discrimination)」と呼び、同一の仕事に対して労働者ごとに異なる報酬を支払う手法だと説明しています。 考慮される個人データと経済状況: 問題となるのは、そうしたアルゴリズムが賃金決定に用いる労働者個人のデータです。前述のRoosevelt Instituteの調査報告では、ギグ看護プラットフォームは各看護師について以下のような情報を基に支払額を調整している可能性が指摘されています:
その看護師が以前に受け入れた最低賃金額(過去の仕事でどれだけ低い賃金を許容したか)
どの程度頻繁にシフトへ入札(応募)しているか(頻繁に仕事を求める人は収入に困っている可能性が高い)
クレジットカードの負債など、その人が抱える経済的負担や借入状況に関する情報
これらの要素を総合し、システム側が「この人は最低どの程度の賃金まで受け入れるか」「今どれほど切実に仕事が必要か」を推測し、それに見合った低めの賃金を提示している可能性があります。例えば、借金が多い人ほど足元を見られて提示賃金が低く抑えられる、といった事態です。実際、調査に参加した看護師からは「同じアプリで働く他の看護師と比べて自分の提示賃金が不当に低いのではないか」と感じる声もあったと報告されています。
競争入札による賃金低下圧力: こうしたアルゴリズム調整に加え、プラットフォーム上では労働者同士が報酬額で競争させられる仕組みも賃金の低下圧力となっています。例えばShiftKeyでは、看護師が開いているシフトに対して自ら希望する時給で入札(ビッド)する形式が採られており、人気のシフトほど低い金額を提示した人が選ばれやすくなります。さらに、一部のアプリではシフトへの入札そのものに手数料がかかるため、労働者は手数料を払ってでも仕事を得ようと低賃金を提示するという悪循環も指摘されています。これにより「賃金の下方競争(race to the bottom)」が生じ、経済的に逼迫した労働者ほど他者より安い賃金を受け入れざるを得なくなる状況が生まれています。要するに、アルゴリズムは労働者の経済状況を暗黙裡に把握し、それぞれギリギリ受け入れるであろう最低ラインを突く形で賃金を個別設定している可能性が高いのです。 制度的・法的な指摘: これらの実態に対し、労働研究者や政策立案者も注目し始めています。米国消費者金融保護局(CFPB)は2024年に発出したサーキュラーで、採用や雇用条件にAIやアルゴリズムが関与する際の問題点を警告し、その中で「アルゴリズムによる賃金差別」にも言及しました。これは主にギグ労働者だけでなく広く労働市場での個別最適化された賃金決定への懸念を示すものですが、背景にはUberやShiftKeyのようなプラットフォームでの事例が影響していると見られます。また、学術研究(例えばカリフォルニア大学サンフランシスコ校のデュバル教授の研究)でも、この問題は従来の「同一労働同一賃金」原則を逸脱し得る不公正な慣行として批判されています。
検証結果: 信頼できる調査報告や専門家の分析によれば、ギグワーカーの看護師が個々の経済状況に応じて賃金をアルゴリズム的に調整されているという主張は事実であると考えられます。企業側は公式にはこうしたアルゴリズムの詳細を公開していませんが、独立した研究者によるインタビュー調査や内部関係者の証言から、そのような個人データに基づく賃金最適化(労働者にとっては不利益な差別)が実際に行われている蓋然性が高いことが示されています。以上のことから、主張2も相応の根拠が確認でき、真実味の高い主張だと結論づけられます。 参考文献・情報源: 公開された裁判資料(米国司法省・テキサス州司法長官公開文書等)、Roosevelt Instituteの報告書、信頼性の高い報道(Open Markets Instituteによる解説記事やCommon Dreamsの記事)などを参照しました。各主張の検証には、学術専門家や政府機関による分析結果を優先的に用いています。