ユーザにどんな機能が欲しいかと聞くのは筋が悪い
聞くのは悪くない。その通りに作るのは悪い
聞くのは悪くない
ユーザーにソリューションまで考えさせることもあります。参加型デザインとか言われるやつです。 参考程度には聞いてみるのはいいと思う。正直意外な答えがえられることってほとんどないけど、稀に思いつかなかった機能があったりすることもあるので。
その通りに作るのは悪い
ユーザの無能に帰着
ユーザは何が本当に必要かをわかっていない
自分にとって本当に必要なもの(こと)を自分で分かっている人は少ない
実はそれほど、それを欲しがってるわけでもない
もっとシンプルな解決方法を提案すると、それで充分です、と言うことになりがち。
ユーザは技術的コスト、プロダクト全体のバランスをわかってない
ユーザーは、何が可能で何が不可能なのか、何にどれだけコストがかかるのかを知らない
プロダクトとしては、言うことを聞こうとすると著しく機能のバランスを崩す
問題の全体像を見るきっかけには使えるが、逐一そのまんま解決すりゃいいというものではない
ここで『どんな機能が欲しいか』という個別のリクエストは、なにかの問題があることを示唆しているかもしれない。しかし、解決すべき問題を俯瞰してみたときには、その機能リクエストすなわち解決策が適切かどうか、また本当に解決すべき問題かどうかも、別の問題
ユーザは新規の解決策を思いつく力がない
ほとんどのユーザは発明力が無い
ユーザは知ってる知識の中から話をするので、そこに既存の解決手段が大抵あってそこを超えないといけない
多くの人は、的確に問題認識をしたり、その問題に対して解決法(=ほしい機能)を適切に思いつくほどの能力が無い
適切でない問いが答えを歪める
「どんな機能がほしいか」と聞かれたら、とりあえず質問に答えようといい加減なことを言ってしまう。
情熱を持てない
人から与えられた答え?アドバイス?的なものに旗振り役は情熱を持てない
より有益な情報を引き出せる質問のしかた
「欲しい機能」を直接聞くよりも「嫌だったエピソード」や「嬉しかったエピソード」から逆算した方が欲しい機能に近づけるんじゃないか
そもそも問いとソリューションを分けて考えるのが良い
問いとソリューションを分けておけば、ソリューションが適切でなくても問いは固定したままでソリューションだけを修正できる。そこを一緒に考えてしまうと問いの正しさから含めて考えなおさなければならない