ポジションを埋める学びとリソースに基づく学び
2022-02-02
ポジションを埋める学びとリソースに基づく学びがある。
ポジションを埋める学びは、位置取り。
外の環境が何を学ぶかを決める。
かつて「日本人だから神道を学んで既存の哲学と結合したらいいのでは」と言われた。
僕の日本語話者であることに起因する現在のポジションに起因して、日本独自のものを学んで世界に発信することに戦略上の優位がある。つまり世界の他の国の人がそれをやる場合に比べて仕入れコストが安いので、競争優位が生まれる、という話。
僕はこのロジックは頭で理解したが、楽しくなさそうだったからやらなかった。
リソースに基づく学びは、現時点で持っているリソースによって何を学ぶかを決める。持っているものが少ない人にとっては「何に興味を感じるか」がリソース。興味は学びを加速する要因。内発的動機で学ぶものが決まる。学びたいものを学ぶ
僕はこちらを選択して生きてきた。
興味ベースで学んだことが、事後的に、西田幾多郎だとか、野中郁次郎だとか、千利休の守破離だとかにつながって、日本の文脈に接続されてきた。
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