コツコツ執筆できない
人生最初の書籍執筆をやってた時に書いた日記
この時は「将来的にフルマラソンを走れるようになりたい」と書いているが、14年経って今考えると、フルマラソンを走れるようになってはおらず…
「短距離走で成果の出るレースを選択して出場するようになったように思う」と書いてから違うと気づいた
レースに出場していない、誰も走っていない方向に走っている誰も走ってない道を走っている
Jython本執筆日記
自分にそもそも継続力がないのに、継続的にこつこつ書いていくタイプの人の真似をしようとしたのが間違いだったのではないだろうか。僕が今いきなりフルマラソンに出てベテランの後について走ろうとしたら、どうなるか。そういう状況だったのじゃないだろうか。 将来的にはフルマラソンを走れるようになりたいけど、とりあえず今は無理だ。そして体質は一朝一夕には変わらない。だから自分にあった方法で解決すべきだ。
つまり、コツコツ積み上げていくような書き方は今の僕には無理で、もっと野蛮なことをすべき。「野蛮なこと」とは、計算機を作れと言われてただ作っても面白くないので関数を定義できる関数電卓を作ったり、じゃんけんエージェントを作れと言われてランダムOKなルールではアルゴリズムを頑張っても優勝できない可能性があると考えてネタに走ってワンライナー化したり、昼過ぎの眠たくなる時間帯のセッションの頭で5分でJythonを語れと言われて目を覚まさせるためにフィボナッチをMIDIで可聴化したり、という感じのことだと思うんだ。そういう無茶なことをもう何件かやってそれを書けばいいんじゃないか?そして、そういう野蛮なものができてからそれのかみ砕いた解説を作ればいいんじゃないか? っていうかすでにハッシュでクラスの継承をエミュレートしたり、フィボナッチミュージックをファイルに出力したり、けっこう野蛮なことをやってるじゃん自分…