なぜYes/Noで答えなかったのか?
この回答はすごいとおもった/villagepump/基素.icon
「Scrapboxはブログなのか?」という問いは/villagepump/基素.iconなら「Yes/No」で答えようとしてしまう
ブログとは何だったのか、何を目的として何が課題だったのかをまとめてその文脈の中の未来は何かということ発展したのがすごい
「なぜ自分はこの質問にYes/Noで答えなかったのか?」という謎が発生した/villagepump/nishio.icon
すでに先回りして考えていたからのように見えた/villagepump/inajob.icon
「この話題、面白そうだな」とメモした上で、しばらく経ってからようやく回答が出てきたので主観的には「すでに持ってたから出した」という感じはしない/villagepump/nishio.icon
Scrapboxは何なのか?みたいな広い問いを以前自問自答していた?
Closedな質問にOpenに答えるのは的を得ていれば「いい答え!」って感じるのはわかる
(なんかクレバーってよそよそしい言い方を選んだ?)
「AですかBですか」という質問にいつでも使えるハンマー「バランスが重要」w/villagepump/nishio.icon うーん、なんか掘るともうちょっと面白いものが出そうな気がするなぁ
「XとYの使い分けどうしてる?」「ここでいうYって何?」「XはYなのか?」という流れだったよね
Yの概念が曖昧なときに「XはYか?」って問は「Yを広い意味にとればYes、狭い意味にとればNo」ってなると思うのでYesかNoかの回答にあんまり意味がないと感じたのかな… Yes/No風の質問に対して、オープンな議論の場があった場合、YesやNoだけ答えても議論にならない
「Aっていう条件だったらYesだ」「まあAって条件ならYesだね」となってる
Aって条件でYesであることにどの程度の意味があるのか