形態はフォーマットに従う:セミオートメーションと文化的プロフェッショナリズム
https://gyazo.com/26ffa42971ada64bc2237a864958a40d
『デザインにできないこと』シルビオ・ロルッソ
第五章
スマホの普及
誰もがデザインできるようになった
親指で
https://gyazo.com/449ef67f523144f5bd20e474076d9366
フィンガーメイド時代の芸術作品|布施琳太郎
スマートフォンによって人間の「手」は「指」へ縮小され、思考や芸術までもが指先中心になった
スクロール
タップ
ピンチイン・アウト
いいね
検索
指先のジェスチャーだけで世界を経験した気になれる
「指先の全能感」
人間のものづくりや思考の仕方そのものが変わった
そういう時代認識において「芸術」が「人間同士の親密さや思いやりを回復する」ことを考えたい、とする
ロルッソの論点とはズレる
→かつてのプロフェッショナルデザイナーは、ある種の「文化プロデューサー」にピボットすることで生き残ろうとしてきた
エイプリル・グレイマン、ズザーナ・リッコ、ルディ・ヴァンダーランズ
「最新のテクノロジーを社会的な意味に応じて解釈し、コミュニケーションツールとして使用する者」
「DTP革命がもたらした静的なプリセットに対し、AIのそれは動的な性質へと変容し、収集した新しい情報をもとに更新する。進化し続けるデフォルト主義なのである」p.185
自動化、システム、モダニズム
いびつさ、ブルータリズム、ポストモダニズム
自動化への(社会的な)欲望と
ブルシットジョブとしてのデザイン業務
面倒な変換作業
下絵のトレースや細かなレタッチ、フォーマットの統一、あるいはAI生成画像のレタッチ…
クラウドワークス、ランサーズ、ココナラ…
デフォルト主義と半自動化されたリモートワーカー
デフォルト主義…大量のクライアントを高速に処理していく
ワードプレステンプレート
デザインシステム
管理と自動化の融合する場所
組み立てが容易なものとしてのフラットデザイン
デザイナーの仕事?
デザインシステム側につくか、面倒な自動化されてない仕事をするか
最近、Claude Codeを使って、WebデザイナーがFigma→実装までしちゃう、みたいな話もちょこちょこ聞くようになった
どこまでがデザイナーの仕事なのか?問題はある
梶垣さん:バナー生成自動化(Web技術)を会社に導入
プログラマー
「プログラマー」は職業、「コーディングプログラマー」は労働力
プログラマは「神秘」がないから「文化プロデューサー」にならない?
コード読むのは「文系」か「アーティスト」だけになる?
https://gyazo.com/184b226d9169f723b1adb4ca8976a8b3 https://jp.linkedin.com/pulse/ai-creates-new-jobs-rise-vibe-code-cleanup-specialist-viorel-mirea-wjfze?tl=ja
デザイナーたちの報われない民主化
写植→DTP→Vibe Design
デスキリング(専門性の解体)
ウイルスのような「デザイン」
https://gyazo.com/ec85f71d1b15eef5ad0b325197b6c7d8
デザイン思考というものの伝播
共感、定義、アイデア、プロトタイプ、テストという5つの単純な柱
なんでもかんでも
デザイン思考…「イノベーションを管理すること」
「デザインは現代アートに近づきつつある」
「基本的には生産物なき芸術的生産」
nagasena.iconなるほどー
なんか、現代アート=シミュラークル的なものとして雑に捉えられてる?
あるいはそういうものか
じゃあすべてが現代アートじゃん、やったー
よくわかんない、を代表させられる、あるいは余剰を代表させられる現代アート
専門職としてのデザイナーのラッダイト的な反応
専門的であることの正当化あるいは、素人批判
それを解決する方法
「文化」と「知性」、「研究」と「知識」
文化の生成者としてのデザイナー
批評家?
優れた技術がもつ明白な「技術性」は、限られた期間だけ持続し、その後は影を潜める、というもの
当たり前になったものは、技術的なというより文化的な実践とみされる
コンピュータのアイコンのダブルクリック
ヴァナキュラーデザイン
ヴァナキュラーへの関心の復活
技術の民主化において専門性の解体が起きたデザイナーは今後どうすればいいのか?
役に立たなくなった特定の能力(たとえば技術的なもの)を、拡張された文化的な能力に置き換える
…「しかし人文主義的なアプローチは儲けにつながりそうにない…」