宴
前提…
まず「宴」と思想を整理する
・ディオニュソス…理性を壊す
- 陶酔・逸脱・理性崩壊
- トランス(一体化)
- エクスタシー(我を忘れる)
・プラトン(饗宴 / シンポシオン)…理性を高める
エロス(愛)=美のイデアを理性的に語り合う場
知的議論、対話の場所=シンポジウムとしての宴
精神の上昇の場(理性的に)
・カーニヴァル(バフチン)…社会を壊す
- 笑い、食、排泄、性
下半身のパーティー
- 王が道化になり、庶民が王のように振る舞う
一時的に身分・権威・規範がひっくり返る祝祭
・バタイユ…経済合理性を壊す(社会を安定させる)
- 過剰・浪費・非生産的消費としての装置
人間社会が持つ余剰エネルギーを「無駄に使う」装置
→これによって社会を安定させている(「若者」が安易に反乱を起こさないように…)
「無駄」が社会の秩序維持に転用される
理性を壊すのか、高めるのか、社会を壊すのか、安定させるのか?さて?しかしあまりに人間的だ…
「宴」という形式を捉えろ!
https://gyazo.com/8d321f8c1ee1f44b316f9f872b419edb
北北西キッズたちよ!
「祝祭だ!」と叫ぶのでもなく
「共同体の幻想にすぎない」のだと覚めるのでもなく
「ある無実の男が、
政府の機密を収めたマイクロフィルムを国外に密輸する計画を阻止しようと謎の組織のエージェントに追い回される」(wiki)ように! 「宴」という形式
おそらく何にも回収されず、何にでも回収される形式…
とうぜん、ヒッチコックの発明だろう?北北西キッズたちよ
※作中人物にとって重要でありドラマもそれをキーアイテムとして進行するが、物語の成立を目的とするならそれ自体が何であるかは重要ではなく代替可能ですらあるものを指す。(wiki)
宴をやる…
何かが重要らしいが、それが何かはどうでもいい(マクガフィン)
https://youtu.be/pDz10koTe3o?si=-VcRu3xHxtDl1rwg
宴はその形式において
ある大きなコミュニケーションだ
それは儀式と呼ばれるのかもしれないし
それは饗宴と呼ばれるのかもしれないし
それは過剰と呼ばれるのかもしれないし
ある形式が空転する
しかし
<やる>と呼ぶ
たとえば「そこに居ること」がなんらかのメッセージを持つときは「密な」コミュニケーション(福尾匠、『置き配的』)になる
これまでの<やる>ではそうだった
だが今日は<やる>の宴だ
宴は流動する
停滞する宴があるだろうか?
大広間は与えられた
人はやりつづける
人から人へ
やるを発生させつづける
動き続けることで何かが発生する形式としての宴へ
行為誘発型の<やる>をやる
<やってください>
・「これを触ってください」
・「これを読んでください」
・「この紙に何か書いてください」
・「ここに並んでください」
・「乾杯してください」
だが何のために「やってください」?
それが宴だ
それがマクガフィンだ
何のためにやるのかわからない
だがやる
何かが重要らしいが、それが何かはどうでもいい
<やる>の発生装置、<やる>の創造装置としての<やってください>(=宴)
そのとき、何のためにやるのかわからないが、後から「宴だったことになる」
<やってください>をやるために
ふつうに来たお客さんにいきなりいっても、やらない。
だから「みんなやっているからやる」雰囲気を作る
- <やる>者の集合時間をずらす
- 時間ズレでちょっとずつやってきて、最初の数分はお客さんに混じる
- <やってください>者が<やる>者に近寄る
- 「あの、、…これを読んでください。出来る限り長く。」
- 「あの、、…これで椅子をつくってください。出来る限り長く。」
- 「あの、、…この水を運んでください。出来る限り長く。」
- それを他のお客さんに聞かせる、見せる
- 慣れてきたお客さんに声をかける
- 「あの、、…これを膨らませてください。出来る限り多く。」
- 「あの、、…この紙に書いてください。出来る限り多く。」
やりやすさのために、お客さんには「道具」を渡す
たとえば「風船」「紙」「輪ゴム」「水」
すぐにやってくれないなら、近くにおいておく
モノの存在がメッセージを放つ
モノとの密なコミュニケーション
- もしあまりにも押しつけがましさを回避する方法としても
モノを置いておく、散りばめておく、というのでもいいのかもしれない
- 前提として、これは
「<やる>の宴です」「宴を<やる>」
ことを受付や入口で知らせておく
宴にはお客さんはいない、ということ。
しかし
"みんなに"「やってほしい」わけではないのか…?
ここは公民館じゃねえんだぞ
ここは公民館じゃねえんだぞ
ここは公民館じゃねえんだぞ
もう一度頭を冷やすために
「仕切ってる感グランプリ」を観よう
https://youtu.be/pDz10koTe3o?si=-VcRu3xHxtDl1rwg
ドラが鳴らされている
空虚な空間
https://gyazo.com/30465caac2ffa5ca6c0585f2fd6d0e7c
https://gyazo.com/c5cf9d1f49fc65572802db73db1ff80c
https://gyazo.com/e79c2c4d5d5c676e8d437a6a0064121c
さてさて
<やる>の交替
「宴」で
立ち位置や席がその時間中に変わるように、
<やる>ことを交換することで動く
<やる>者同士が動詞を交換する
- 椅子を作っていた<やる>が、水を運ぶ<やる>と交換する
交換になんらかの合図があってもいい
「ドラがなる」
→かなり演劇的か?わからない。
まあ一種の分かりやすさ。
バフチンのカーニバルではないが、「交替」する場としての「宴」として捉えることも可能だろう
そこには通奏低音として
何かが重要らしいが、それが何かはどうでもいい(マクガフィン)が響き渡る
<やる>者たちもだんだんと交替しつづけることによって、いま自分が何をやっているのか、何のためにやっているのか分からなくなる、しかしただその単純なプロセスの中にいつづけることができる。
…<やる>の宴