アウトソーシング・パフォーマンス
Outsourcing Performance
クレア・ビショップの『人工地獄』
“Images in mind, bodies in space”
https://www.bundeskunsthalle.de/en/walther
Franz Erhard Walther
Gestures and actions become an essential part of the work.
Franz Erhard Walther(1939–)
1939年フルダ生まれ。2017年ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞受賞。彫刻と絵画の古典的理解を超えた「作品概念の根本的刷新」を、ヨーロッパ戦後美術における最重要人物の一人として牽引してきた。
https://gyazo.com/42f0f28e446da5d58fb53b676d4e410e
https://www.hausderkunst.de/en/eintauchen/franz-erhard-walther
おもろーー
1960年代初頭、ミニマリズムの文脈の中で、彼は観客を「行為者」として作品に含めるという新しい作品概念を定式化した。その代表作《第一作品セット(1. Werksatz)》(1963–1969)は58点の「活性化可能な要素」から成る伝説的な作品群で、「実行される行為そのものが作品の形式」であるという考えを具体化した。
素材としての布と身体
綿布・紙・鉄など日常的な素材を用いてミニマル的な幾何形態を作るが、彼の彫刻は「開いた状態」「閉じた状態」「休止中」「使用中」という複数の「作品状態(Werkzustände)」を持つ。指定された人数が特定の行為——立つ、歩く、積む、折る——を実行することで、オブジェクトは活性化される。つまり作品は「鑑賞される美術品」と「相互作用的な行為の場」という二重性を持つ。
ボイスとの対比
ボイスが素材に意味を「充填」しようとしたのに対し、Waltherはそうした意味の充填が常に社会的な使用に基づくことを示した。自己の主観性や身体そのものを主要素材にする誘惑には決して乗らなかった。
La Monnaie Vivante との接続点
クロソウスキーの「身体=通貨」論と、Waltherの「身体が作品を完成させる」という実践は、身体を媒体・交換素材として経済的に再定義するという思考において明確に共鳴する。
クロソウスキー:欲望のファンタスムが経済的交換の基底にある
Walther:作品の価値・完成は使用者(身体)の行為によってのみ生成される
Waltherは「Werkverantwortung(作品への責任)」という概念を展開し、活性化プロセスに関わる者は誰もが作品の展開を維持する責任を持つ——つまり作品の責任はアーティストとユーザーが共有すると述べた。
https://www.artforum.com/features/caroline-lillian-schopp-on-the-art-of-franz-erhard-walther-237553/
Berlin Biennale , 2010
La Monnaie Vivante
http://thisistomorrow.info/articles/the-living-currency-after-pierre-klossowski-staged-by-pierre-bal-blanc
観客はプロセスの「行為者」となり、滞在時間を自ら決める——1時間でも、丸一日でも、翌日再来場してもよい。
「これらは物質的オブジェクトにも行為のドキュメンテーションにも還元できない作品だ」
「展覧会」でも「パフォーマンス」でも「演劇」でもない何か
Interpassivity
https://en.wikipedia.org/wiki/Interpassivity?wprov=sfla1
https://gyazo.com/1fb6c32932db8e4a224ee7ce2fab65e1
Pierre Bal-Blanc, Go-Go Dancing Platform
https://flash---art.com/article/episode-iii-speech-of-an-object/
さいこうです