書物
ドゥルーズは、書物の問題はそれが機能するかどうかだと述べる。そのためには書物は自閉したものであってはならず、読者を通じて書物の外部にある社会機械と欲望する機械にプラグを接続し、思考を刺激するシグナルを交換、交流させるものでなければならない。 ドゥルーズは言う、「一冊の本は、はるかに複雑な外部の機械装置の内の小さな歯車にすぎない。そして書くということは、その他もろもろの流れの内の一つにすぎず、他の流れに対していかなる特権ももたない」
『千のプラトー』が受け継ぐのも、この外部に接続された書物という考え方である。ドゥルーズは、世界の内に書物を置き、書物のあらゆる点に欲望を環流させるのである。 (芳川泰久・堀千晶,2015,『ドゥルーズ・キーワード89 増補版』,せりか書房,pp.102-103)