鐵器時代
ここで注意すべきは、鐵鑛石は熔けなくても鐵に變へることができることである。一酸化炭素 CO が鐵と結合してゐる酸素を奪って二酸化炭素 CO2 となり、鐵鑛石は金屬鐵になる。この化學反應に必要な温度は 400~800℃程度で、温度が低ければ、固體のまま還元されて酸素を失った孔だらけの海綿狀の鐵になり、温度が高ければ、粘いあめ狀の塊になる。これは炭素分の少ない鍊鐵といはれるものであり、一般には 1500℃以上にならないと熔けないが、熔けなくても鐵ができるのである。
ただしこれは不純物を含んでゐるので、硬いものの上で赤熱のまま打ち叩いて不純物を絞り出し、鐵原子どうしをくっつけなほさねばならない。これが「鍛へる」といふ操作である。この操作をすることで純粹な鐵にすることができる。さらにこれを炭に包んで熱して炭素分を加へて鍛へて鋼にすることができる。
純銅 Cu は 1000℃以上の温度でなければ熔けない。また純銅は柔らかくて道具にならない。ところが錫 Sn を混ぜると融點が下がり 700~900℃で熔け、しかも硬くなって道具の材料になる。一方純鐵 Fe は 1500℃以上でなければ熔けない。炭素を含有した最も融點の低い銑鐵でも融點は 1200℃程度である。そのため歷史上青銅器文明が鐵器文明に先行して發達したと言はれてゐる。
しかし、鐵は青銅の場合よりもさらに低い温度で鐵鑛石から鐵に固體のままで變へることができ、これを鍛へれば使用できる鐵ができる。つまり鐵はその融點から想像されるよりも、遙かにやすやすと製造できた。また銅や錫の礦石の產地は地球上で偏在してをり、廣範な交易の發達が必要であったのと比較して鐵鑛石は何處にでもあった。そのため冶金學的には青銅に先行して鐵が用ゐられた可能性がある。