テクノロジーに宗教のように接するな
私たちの大半は、知っているからというだけの理由で特定のテクノロジーを崇める態度を取るようになってしまう。これは問題だ。自分が選んだものは可能な限り最高の選択だと考えたくなるのは自然の勢いであり、逆のことを言われると侮辱されたような気分になりがちなのだ。何が最高かについて、十分に情報を得た上で最高の判断を下せるほど、世に出ているすべてのテクノロジーを十分に知り尽くすことはおそらくできない。そこで、私たちは自分が知っているものを選び、それが一番いいんだと思い込む。人生は難し過ぎてそれ以外の生き方は選べないものだ。 しかし、このような行動様式は、人にもともと組み込まれている自然なものであるとともに、破壊的で限界を抱えたものでもある。自分の経験だけが根拠となっている信念に独善的にしがみつくと、同じ信念にしがみついている人々だけと結び付き、その他の人々を毛嫌いしがちだ。同じ考えが何度も繰り返し流通するコミュニティに自分を押し込めてしまうのである。私たちはそこで成長を止めてしまう。何しろ、答えはもう見つかっているのだから。