実践体系と記号体系の二元論
(上野千鶴子:構造主義の冒険より)
人間の生きている世界を二つの相互に同型な位相に分ける二元論的方法。
これらは弁証論的構造をとっており、上部構造が下部構造を一方的に規定することはない。
同値:
マルクス主義の「実践の世界」と「観念の世界」
レヴィ=ストロースの「生きられた系」と「考えられた系」
吉田民人の「資源処理系」と「情報処理系」
実践体系では、機能主義的な法則が支配する。(手段と目的の適合性、手段的理性) 記号体系では、論理適合的な法則が支配する。
マックス・ウェーバーの「目的合理性」と「価値合理性」に等しい。
文化人類学では、元々未開人社会の分析を機能主義的な側面から見ていたが、レヴィ=ストロースの構造主義の台頭により、人間社会に論理適合的な法則を発見した。 一方、西欧化した近現代社会では目的合理性が優先され、記号的な意味を持っていた社会風習が失われていく。
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日本社会で「昭和」の古い慣習が「合理的でない」と言われるのは、これは単純に目的合理的な意味を持っていないという指摘である。実際、こうした慣習は価値合理的な意味を持っていることが多く、それは人間の精神的・社会的福祉に還元できる(機能主義の心理的・社会的還元説)。
ただ、情勢がダイナミックに急速で変化する情報社会において、目的合理性より価値合理性を追求する風習はそれ自体機能的であるとは言えない。超現代社会において生き残り繁栄するには、日本社会を目的合理化するべきである。