『サッカーと地政学』
https://gyazo.com/91f98e6650828b282a16187b84548c2e
著者:木崎伸也
「セレソン」の名で知られるブラジル代表は国のブランドそのものを押し上げ、カタールやサウジアラビアはイメージアップと石油依存脱却のためにサッカーに膨大な資金を投じている。かつてスペインでは独裁者フランコがバルセロナを抑え込み、フランスでは移民二世たちの成功が国家の自信に変わり、ドイツでは敗北が教育改革や育成方法の改革を生んだ。
特別展示「日本とブラジルの120年」 III 笠戸丸と初期移民
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/da/page25_000152.html
日伯修好通商航海条約締結後、東洋移民会社、日本移民会社などの移民会社がサンパウロ州との移民契約に臨みましたが、コーヒーの価格暴落などにより関係者の警戒心が高まり、いずれも結実しませんでした。最初にブラジル移民を実現させたのは、水野龍(みずの・りょう)の設立した皇国殖民合資会社でした。水野もまた杉村公使の報告書を読み、ブラジル移民実施の機が熟しつつあるのを感じていました。水野は実地調査のため単身渡伯し、サンパウロ州と契約を結んで日本移民送出に至りました。水野自身も乗船した第一回移民船笠戸丸は、781名の移民を乗せて1908(明治41)年4月28日に神戸を出航し、同年6月18日にサントスに到着しました。
FIFAの加盟協会(211)は国連の加盟国(193)より多く、W杯の視聴者数は世界人口の60%を超える(世界人口82億人。2022年カタールW杯の視聴者数50億人)。
FIFAワールドカップ2026では3カ国開催
アメリカ、メキシコ、カナダ
FIFAワールドカップ2030では6カ国開催
FIFAには、W杯を開催したら、同じ大陸で12年間は開催できないというルールがある。
例えば、アジアで開催したら2大会はアジアで開催できない。
サッカーの普及と公平性のため
スペイン・ポルトガル・モロッコ vs ウルグアイ・アルゼンチン・チリという対立構造
第一回開催国のウルグアイ。記念すべき100年大会は、ルーツのウルグアイであるべきだと主張。
3+3カ国開催というウルトラCの折衷案
サウジビジョン2030
https://ja.wikipedia.org/wiki/サウジビジョン2030
サウジアラビアのオイルへの依存度を減らし、多様化するための戦略的枠組み。経済、健康、教育、インフラ、レクリエーション、観光などの公共サービス部門を開発する
ビジョン2030の下でeスポーツワールドカップ、AFCアジアカップ2027、2030年国際博覧会、2034 FIFAワールドカップなどが同国に誘致されている。また、2030年までにスポーツ産業を非石油部門GDPの2.5%に拡大し、民間投資比率を25%に引き上げる目標もサウジアラビアのスポーツ省によって提示されている
FIFAワールドカップ2034はサウジアラビアで開催
https://ja.wikipedia.org/wiki/2034_FIFAワールドカップ
サウジアラビア皇太子兼首相であるムハンマド・ビン・サルマーンのビジョンに沿って、2016年4月25日にサウジアラビア政府によって初めて発表。
スポーツへの投資を国家戦略の中枢に置いた。
プロレス、ゴルフ、サッカー
自国のサッカーリーグも大革命
国内4大クラブ(アル・ヒラル、アル・ナスル、アル・イテハド、アル・アハリ)のオーナーになり、クリスティアーノ・ロナウドやネイマールを呼び寄せた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ムハンマド・ビン・サルマーン
https://gyazo.com/614eb2ac3246c7b940b6e9d50e4d3c88
サウジアラビア
表現の自由の抑圧や、同性愛が容認されていないなど、人権意識で世界から非難の声
サウジアラビア政府に対しての負のイメージ
スポーツを使って浄化しようとしているのでは?
スポーツウォッシング
https://ja.wikipedia.org/wiki/スポーツウォッシング
スポーツウォッシング(sportswashing)は特定の個人・団体・国家がスポーツを利用して、自身のイメージを向上や問題の隠蔽を図る行為。
国際的に、スポーツウォッシングは国のソフトパワーの一部とみなされてきた1234。また国際的に、スポーツウォッシングは人権侵害や汚職スキャンダルなどから注意を逸らすために使われてきたと考えられている5。スポーツウォッシングという用語が最初に使われたのは、アゼルバイジャンが同国のバクーで2015年に開催したヨーロッパ競技大会でとされている6。
スポーツウォッシングの特徴として、国際大会の招致だけでなく、大会を開催するインフラ整備のために、大会の組織委員会などは多額の費用が必要となることであり、2022年FIFAワールドカップに向けてワールドカップ史上最も小国の開催国となったカタールは、準備のために豪華な宿泊施設、拡張された交通網、スタジアムに約2,200億ドルを投資した7。2021年3月、人権団体グラント・リバティは、サウジアラビアがスポーツウォッシングのために15億ドル費やしたと主張している
ジョアン・アヴェランジェ
FIFAの7代会長
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョアン・アヴェランジェ
国際サッカー連盟(FIFA)の第7代会長を1974年から1998年まで務める
ゼップ・ブラッター
FIFAの8代会長
https://ja.wikipedia.org/wiki/ゼップ・ブラッター
1998年から2015年まで務める
FIFAの汚職事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/2015年FIFA汚職事件
FIFAの巨額汚職、2億ドルの不正資金疑惑でブラッター会長が退陣…W杯狂騒曲
https://www.yomiuri.co.jp/sports/soccer/worldcup/20221007-OYT1T50184/
国際サッカー連盟(FIFA)の巨額汚職事件に、米国司法当局が捜査のメスを入れたのは、2015年のことだった。複数のFIFA副会長、ホンジュラスの元大統領、グアテマラの憲法裁判所裁判官らが、組織的不正の罪などで次々と起訴され、賄賂など不正資金の総額は2億ドル、当時のレートで約245億円とされた。ゼップ・ブラッター氏が会長退陣に追い込まれ、FIFA幹部の顔ぶれは一新された。
当局が発表した訴追資料などによると、被告らは20年以上にわたり、国際大会の放映権やマーケティング権を獲得する見返りとして、スポーツマーケティング会社などから繰り返し、多額の賄賂を受け取っていた。2010年W杯の招致活動では、開催地に決まった南アフリカの政府関係者から当時のFIFA副会長へ、FIFA理事会の投票で南アを支持する見返りに賄賂が渡っていたとされた。
第3章 ナショナルチームと地政学
スペイン🇪🇸
スペインは1936年から1975年まで、元軍人のフランシスコ・フランコによる独裁が続いた過去を持つ。その間、カタルーニャ地方やバスク地方では自治権が剝奪され、文化的な弾圧を受け続けた。 たとえばカタルーニャ地方ではスペイン語とフランス語の影響を受けたカタルーニャ語を使用しているが、フランコ政権はその使用を禁止する。 そんな中で、唯一カタルーニャ語の使用が許されていた場所がスタジアムだった。FCバルセロナの試合では、カタルーニャ語のチャントを歌うことができた。そのため、バルサは次第に「カタルーニャ文化の象徴」となっていく。 一方、首都マドリードにあるレアル・マドリーは、フランコ政権から手厚い庇護を受ける存在だった。アルゼンチン出身のアルフレッド・ディ・ステファノの移籍をめぐる騒動は、その象徴的な例である。
スペイン代表では、バルサの選手とレアルの選手がひとつになれない問題が続いていた。
ルイス・アラゴネスが改革を決断
https://ja.wikipedia.org/wiki/ルイス・アラゴネス
フランス🇫🇷
移民が多い
17世紀から20世紀にかけて、フランスはイギリスに次ぐ植民地大国だった。北アフリカのアルジェリア、モロッコ、チュニジア、西アフリカのセネガル、マリ、コートジボワール、カリブ海のグアドループやマルティニーク、さらに東南アジアのベトナム、カンボジア、ラオスまで、世界各地に植民地を持っていた。
第二次世界大戦後、労働力不足により、旧植民地から多くの人々がフランスに渡った。
フランスの国籍制度、出生地主義
親の国籍を問わず出生した場所が自国内であれば国籍を付与するという決定方法
https://ja.wikipedia.org/wiki/出生地主義
多様な人材プール、平等な育成環境、社会的ハングリーさ。これらの掛け合わせが、フランスの強さにつながっている。
ドイツ🇩🇪
2000年代前半、ドイツサッカーの大改革。そのプロジェクトの中心がミヒャエル・スキッベ?!
ブンデスリーガ全クラブに育成組織の設置
若手に経験を積ませるために、U19, U17のリーグを新設
各国の育成システムを研究し、ドイツ用に取り入れる
移民系の子どもたちに門戸を開く
1990年の東西統一後、ドイツは外国人法を改正し、帰化を容易にした。その結果、移民2世、3世がドイツ国籍を取得し、代表チームへ入る流れが生まれていく。
本田圭佑
「みんながビビっているのを見ると、じゃあ俺が先にコケてやるっていう気持ちが湧いてくるんですよ。怪我をしたことがないやつをカッコいいと思わない。痛みを知らないやつをカッコいいと思わない。誰もやっていない失敗をしたいんです。失敗は新しいことを学ぶ絶好の機会なんですから。僕の自慢は誰よりも失敗を多くしていることです」
中国🇨🇳
サッカーを国策にしていた。
習近平
不動産バブルの崩壊
経営ができなくなり、数々のチームが解散。2020年以降で、約40のプロサッカークラブが消滅した。