NFTアートは芸術評価の場になり得るか。
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NFTアートは芸術評価の場になり得るか。“未完”のGenerativemasksとデジタルアート・コミュニティ: takawo 【前編】 | SUB-ROSA
ucnv なるほど。takawoさんは「みんな、デイリーコーディングやってみれば?」っていうスタンスですよね。そこで、デイリーコーディングってなんなんですか、というところを聞きたいんですが、単純に「毎日コードを書くこと」と、それとは別に「発表すること」がこの活動に付随していますよね。この2つの異なる行為がtakawoさんの言うデイリーコーディングだと考えて間違いないですか?
takawo そういうふうに見ることもできると思います。「コードをコミュニケーションのツールとして使う」という言い方でもいいのかもしれない。結果的に、僕は毎日コードを書いているけれど、そこは重要じゃないと思います。
ucnv 発表するほうに比重があるのでしょうか。
takawo 日常と行動を結びつけるというか、コードを書くことを特別なものとしないことを目指してやっているつもりです。コードの完成度にかかわらず、書くことで書き手に発見や気づきがあったり、書いたコード誰かと共有することで、ほかの誰かに発見があるかもしれない。
ucnv なるほど。では、この質問はあまりにも基本的で失礼に聞こえるかもしれないんですけど、コードを書く行為が日常になり、発見や気づきがあると、何が嬉しいんでしょうか? 自分が体験してきた達成感や喜び、驚きをほかの人にも感じてほしいと、そういう感じですか?
takawo そうですね。たぶん、僕が生粋のプログラマーではないから、そういうふうに思うんだと思います。最初からプログラミングができたら、たぶんこういう(デイリーコーディングのような)ことって考えないでしょう。
僕はずっと「できない側」だったんです。とくにクリエイティブコーディングとかジェネラティブアートになると何を書けばいいのか分からなかったし、目的がないとコードが書けなかった。チュートリアルはできるけど、チュートリアルの先に進めないというか。そんな悩みがあって、挫折を繰り返してたんです。
そんななかで──これは、自分の成功体験を伝えようとしてるだけと言えばそれまでなんですけど──ここ2年間ぐらいやってきた、書いたコードをシェアする、いわば「ソーシャルなコーディング」をとおして、短いコードをフォークしたり、誰かのコードを参照したりすることで、偶発的に発見や気づきが生まれてきたし、それが当たり前になっていった。こういう体験がもっと広まるといいなって、そう思っているから積極的に発信しているんだと思います。