詩的な決済
世界は分割できる、と思っていた。
電子、原子、陽子、中性子。
それらは、確かに何かを構成しているようで、何も構成していないようでもあった。
最小単位まで分けたとき、世界は「粒子」になった。
それは触れても感じられないもので、でも誰かが「ここにある」と言えば、たしかにそこにあった。
そのころから、お金も“量子マネー”になった。
触れず、持たず、でも確実に何かを動かす。
ピッという音もない。ただ、見るだけで支払いが終わる。思うだけで換金される。
あるとき、コンビニのレジで、何もしていないのに商品が手元にきた。
「決済、済んでます」と言われた。
「なんで?」と訊くと、
「あなたのまなざしが、十分でした」と言われた。
詩的な決済方法とは、たぶん、そういうものなんだと思った。
「欲しい」と言わず、「くれ」とも言わず、でも確かに、受け取ってしまう瞬間。それを、“支払い”と呼ぶ世界。
それ以来、誰かと話すとき、心の中でレシートが出るようになった。
「ありがとう」には小銭が、
「ごめんね」にはクーポンが、
「好きかも」には、まだ未確定の残高が記録される。
支払いは、いつだって終わっていない。
受け取りも、完了していない。
たぶんこの世界のすべては、誰かの「まなざし」によって、ずっと、決済されつづけている。
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