最早呪いに近く、それは祈りに近い
恋なんて- 羊文学
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「呪う」の対義語は「祝う」?
1 神仏に請い願うこと。祈祷 (きとう) 。祈願。「―を捧げる」
2 能の働事 (はたらきごと) の一。山伏や僧(ワキ)が鬼女(シテ)を降伏するさまを演じるもの。小鼓 (こつづみ) ・大鼓 (おおつづみ) ・太鼓・笛で奏する。「道成寺」「葵上」などにみられる。祈働 (いのりはたらき) 。
3 狂言の型の一。山伏が印を結び、数珠 (じゅず) をもんで祈るもの。
反復するものはだいたい祈り
反復するものはだいたい祈り
反復、続ける、ルーティーン、🙏
今年は今日までで712回乳を搾って、240回くらい人工授精をして、57回分娩があった。祈りだ。生まれたり死んだり売ったりした。来年で乳搾るのも20年目。米を20年作っても20回しか収穫できないけど、牛乳は14600回収穫できる。技術を・経営判断のセンスを磨こう。磨かれてなければいけない。みんなの記事読んでてちょいちょい言及されてるけど、延べで・積算でベスト、はホント真なりだね。続けられる限り続けよう。ログを残そう。積み上げよう。淡々と。祈るように。
―キリスト教系の学校に通っていたという話もありましたが、モエカさんにとっての「祈り」とはどんな感覚なのでしょうか?
塩塚:「祈り」は私にとってかなり身近なものですね。キリスト教には「主の祈り」というものがあって、学校のみんなそれを暗記していて、自分ではどうしようもないことに出会ったときに、自分よりもっと大きなものの力を信じて、それを唱えるんです。 嫌なことがあると、「これも神様の計画だ」って私は思うようにしてて……なんか宣教みたいですけど(笑)、でも本当にそう思うというか、それによって諦めがつくというか。 ―ポジティブな諦めの感覚っていうのは、「許し」の話にも通じますね。
塩塚:諦めるのは「その人がダメだから」とか「弱いから」じゃない。どうにもならないときは誰にでもあって、そういうときは自分より大きいものの力を頼ってもよくて……だから、「祈り」って、一旦休憩みたいな気持ちっていうか。何かに立ち向かわなくちゃいけないときってあると思うんですけど、そのために一旦立ち止まるってことかもしれない。
これは「自分のための祈り」ですけど、「自分以外の誰かのための祈り」になると、他人の幸せを想ったり、愛を再確認する瞬間でもあると思います。私は別に「誰かのために」って生きているわけじゃないけど、ライブをしてるときには、「ライブが終わって、みんなが会場から出て、明日からも幸せに生きていってほしいな」って思うんです。だから、私にとって自分のための祈りは「休憩」で、人のための祈りは「愛」なんです。 祈り ≒ 一旦休憩みたいな気持ち