ゴミを拾う
岩出先生から指摘されたことで、よく覚えているのは“ゴミ”だ。 「姫野、なんで落ちているそのゴミ、拾わないの?」
グラウンドの周りで、あるいはトレーニングルームで、あるいは寮で、何度そう尋ねられたかわからない。
もちろん自分たちが使うモノや場所は、きれいであることに超したことはないし、一般的な考えとして、ゴミが目に付いたなら拾うほうが“良い行い”だろう。
だが普通に考えて、落ちているゴミを拾おうが拾うまいが、それはラグビーとは関係ない。落ちていた紙くずを拾ったからといって、それで急激にパスが上手くなったりタックルが強くなったりするわけではない。 高校を出たばかりの僕には、そう思えて仕方がなかった。
そもそも正直面倒くさいし、拾えば手も汚れるから気が進まない。当然、大学に入るまで、僕はゴミなんか拾ったこともなかった。“監督に言われるから拾う”僕に、岩出先生は「なぜゴミを拾うことが大事なのか」というところからアプローチをしてくれた。
「ゴミを拾えない人間は、“そこにゴミが落ちている”と気づけない人間だ」
「そんな視野しかない選手が上手くなるわけがない」
「そんな気の利かないヤツの目の前に、ボールは絶対に転がってこない」
普段から視野が狭いのだから、グラウンドの中や試合中なんて、さらにもっと視野が狭くなる。そんな選手がチームメイトや相手の動き、変化に目配りも気配りもできるはずがない。動かずじっとしてるだけのゴミにすらアンテナが働かないようでは、試合中、チームのピンチやチャンスを察知して、自ら先んじて動くこともできない。
ゴミを拾うという、一見ラグビーとは無関係で単純な行為だけれど、そこには学びがあって得るものがある。岩出先生はそれを伝えてくれていたのだ。
ゴミを拾うということに意味や価値を見出せなければ、誰も本気で拾えない。ゴミ拾いだけではない。人は誰でも、どんなことでも、納得できなければ動くことはできない。
やらされたのでは、成長できない。
だからこそ岩出先生は、ゴミを拾うことに僕が意味や価値を見出して納得して自分から行動できるようになるまで、「なぜ」「どうして」からヒントを与え続けてくれた。