『対話のレッスン 日本人のためのコミュニケーション術』
平田オリザ, 2015, 講談社
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新しい表現は、常に辺境からやってくる。文化の中枢にいる者は、その文化の本質が何であるかは、もはや分からない。辺境の住人は、中央の文化に憧れ、その本質をどうにかつかもうと努力する。 十七世紀、シェイクスピアの暮らしたイギリスは欧州の田舎だった。イプセンのノルウェイ、チェーホフのロシアは、十九世紀、欧州の辺境だった。
三五という歳については、逆のことも当然考える。芥川龍之介も正岡子規も、この歳で死んでいる。彼らのやり遂げた仕事を思い、いまの私のていたらくを考えると、なんだか目眩さえしてくるではないか。 死んだ子の歳を数えても仕方がないのと同様で、夭折した作家の歳を想って、自らの才能のなさを嘆くことほど愚かしいことはないのだが、これは文筆を生業とするものの性らしく、たとえば坂口安吾でさえも、以下のような文章を残している。 私はそのころラディゲの年齢を考えてほろ苦くなる習慣があった。ラディゲは二十三で死んでいる。私の年齢は何という無駄な年齢だろうと考える。
35歳
政治家の会見といえば、最近、どうもいただけないのが、三塚博大蔵大臣と、松下康雄日銀総裁(まぁ、この人は政治家ではないけど)である。この不景気のなか、二人は、極端に記者会見がへたなために、必要以上に国民の不安感をあおることになっている。 おそらく三塚氏あたりは、老練な政治家であるから、少なくとも「不特定多数」に向かって喋る「演説」は得意だろうし、またごく親しい派閥の内部での「会話」は、もっと得意なのだろうが、「特定多数」を相手にする「談話」となると、からきしいけない。原因は、官僚の書いた原稿を読みながら、最後にだけチョコチョコと顔を上げる点にある。これでは、聴衆の顔色をうかがっているようにしか見えない。
「談話」を成功させるコツは、ここにある。まず、少なくとも話し始める際には、対象を落ち着いて見据えること。
落ち着いて、周りを見る。
スピーチの上達に特効薬はない。
緊張に慣れ、確かな技術を蓄積していく以外に道はない。
だが、方言も生きた言葉である以上、社会の変化とともに、変わっていかなければならない。それを否定することは、結局、方言を古語辞典のなかに押し込めることになる。 いや、それどころか、この新しい人間関係から生まれる新しい方言は、私たちが探し求める「対話のための新しい日本語」のヒントになるやもしれぬ。東京のように、他者と他者がすれ違うだけの街ではなく、いま地方都市では、現代社会を反映した新しい出会いが(そしてもちろん摩擦が)、少しずつ生まれ始めている。ここから生まれる新しい方言の形に、私たちは未来を託そう。
だが私たちは、時代の大きな曲がり角にたって、価値観の転換を迫られている。表現の形態、表現という言葉の持つ意味も、時代とともに変わらざるを得ない。これからは、明確な情報の伝達よりも、曖昧な感情や気分や感性をいかに表現するかが重要になってくるだろう。知識や、小手先の話術ではなく、身体から出てくる微細で多様な表現が、すなわち全人格が、コミュニケーションの優劣を決定する要素となり手段となる。
家庭で、教室で、会社で、私たちは、どんどんと小さなサークルに囲い込まれ、そのなかでしか通じない記号のような言葉のみを使って生きるように習慣づけられている。一方で、社会は流動化の速度を増し、他者と接触する機会は増えていく。単語だけしか話さない子供たちは、やがて他者と出会い、語るべき言葉のない自分に愕然とすることだろう。
夏目漱石, 三四郎
滅びるね