20221216労働経済論02
第三章 モラル・ハザード:応用編
線形契約
これまでは選択可能な努力水準を「する」か「しない」に限定して、どのような水準の努力を選択するべきなのかという問題や、その水準がどのような要因に影響を受けるのかという問題が議論できていない。このような問題を解決するために線形契約のモデルを使う。このモデルはモラルハザードへのアプローチは、具体的で扱いやすいものになり、契約理論の分析の射程を大きく広げることに貢献した。ここでは主体をプリンシパルーエージェントと呼ぶことにする。
リスク中立的なプリンシパルとリスク回避的orリスク中立的なエージェントの場合
エージェントが実現する利益
$ x=e+\epsilon
$ eはエージェントの努力
$ \epsilon(イプシロン)は努力とは別の収益に影響を与える不確実性
$ \to努力のほかに運が収益に関わる
$ \epsilonは$ -\inftyから$ \inftyまでの値をとる
期待値(Expected value)は$ E[\epsilon] =0 分散をE$ [\epsilon^2] $ = \sigma^2とすると
収益$ xの期待値$ E(x)は努力水準$ eとなる
線形契約
$ w=\alpha+\beta x
報酬の期待値は$ E[w] =\alpha+\beta e 報酬の分散は$ (w-E[w])^2=(\beta\epsilon)^2 の期待値のため
$ E(\beta \epsilon)^2=\beta^2E[\epsilon^2]=\beta^2\epsilon^2
となりここで報酬契約の傾き$ \betaは収益に対する依存度の程度を表しインセンティブの強度を測る測ることができる。報酬が$ wで努力費用が$ C(e)の時エージェントの利得が$ u(w-C(e))で与えられ、利得関係が$ u'>0, u''\leq0を満たすと仮定すると、$ u''<0ならばエージェントはリスク回避的だし、$ u''=0ならばエージェントはリスク中立的になる。
$ \to効用が0より低い場合エージェントはリスク回避的
0の場合エージェントはリスク中立的
リスクの評価
エージェントがリスク回避的であるならばエージェントがどのように不確実性を評価するのかという点を考慮しなければならない。
確率$ pで$ w=w_H円が当たり $ 1-pで$ w=w_L円が当たるくじの場合
期待効用は
$ E[u(w)]=pu(w_H)+(1-p)u(w_L) となり
確実同値額を$ CEとおくと
$ pu(w_H)+(1-p)u(w_L)=u(CE)となる。
またリスクプレミアム$ pは
$ E[w]-CE=pw_H+(1-p)w_L-CE=p
実際の数値例
https://gyazo.com/bee7c2b4cddd141fcf558ef2930dbde5
期待値 0.2$ \times10000+0.8$ \times2500=4000
https://gyazo.com/83e1b5857d5b04fabdc9810f822ffb4c
この考え方を線形契約に応用すると
期待効用は$ E[u(w-C(e)]=u(CE) となり
確実同値額は
$ E[u(w-C(e)]=u(CE) となる。
$ pをリスクプレミアをすると
$ CE=E[w]-C(e)-p
不確実性が連続で分布しているときはリスクの回避度と分散によってリスクプレミアムが決定される
$ \to p=\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2
エージェントのリスク回避度を$ r報酬$ wの分散を$ \beta^2\sigma^2表し、
リスク回避的$ \to効用関数の傾きがだんだん緩やかになる
$ rが大きいほどエージェントはリスク回避的
エージェントの期待効用の確実同値額による評価
$ CE=\alpha+\beta e-\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-C(e)
つまりエージェントの期待効用は、報酬の期待値から報酬の変動をリスクプレミアムで評価した時の努力の費用を差し引いたものとなる。リスク回避的なエージェントにとって報酬の不確実性はマイナスの効用になる。
努力が観察可能な場合
プリンシパルが努力を観察できるなら、特定の努力水準以外を選択したとき罰則を課すことによってインセンティブ制約がなくても任意の努力水準を強制できる。この場合、エージェントの効用は自分がコントロールできる努力のみに依存するのでリスクはない。インセンティブ制約を考慮する必要はないので、、プリンシパルの問題は参加制約のもとでの期待効用の最大化となる。参加制約はエージェントの期待効用が留保効用$ \bar{U}以上となることであるが、今は確実な受取額である$ CEで期待効用を評価している。したがって参加制約は$ CE\geq uとなり、$ \bar uはちょうど$ \bar Uと等しい効用をもたらす確実同値である。この$ \bar{u}は簡単化のために$ \bar{u}=0とする。ここでのプリンシパルの問題は、「収益の期待値ー報酬額の期待値」を参加制約の下で最大化するような報酬契約を作ることとなる。プリンシパルは契約$ (\alpha,\beta)のほかに観察可能な努力水準$ eも指定でき、努力の費用を$ C(e)=\frac{ce^2}{2}とすると次のようになる。
努力が観察可能な場合の線形契約のデザイン
$ \underset{\alpha,\beta, e}{max}E[x]-E[w]=e-(\alpha+\beta e)
$ \text{subject to} $ \alpha+\beta e -\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2}\geq0
参加制約が等号で成立していなければ、プリンシパルは報酬の固定部分$ \alphaが減額できてしまうから参加制約は等号になり
$ \alpha+\beta e=\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2}が成立する。
プリンシパルの目的関数に代入すると
$ \underset{\beta,e}{max}\lbrace e-\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2}\rbrace
つまり取引から生じる価値を確実同値額で評価した大きさを$ \betaとeという契約を選ぶことで最大化する問題と書き換えることができる。
この問題における最適な努力水準は$ e^*=\frac{1}{c}となる。また努力が観察可能な環境で$ \betaをプラスとすることはエージェントにリスクを負担させるマイナスの効果しかないので、そのコストを削減するために$ \beta^*=0が成立する。そして等号の参加制約から$ \alpha^*=\frac{1}{2c}が得られ、プリンシパルの期待利得は$ \Pi^*=\frac{1}{2c}となる。エージェントの努力が観察可能ならばエージェントの報酬は実質的に固定報酬となり、これは最適なリスク分担が達成できるファーストベスト(取引から生じる価値・余剰が最大化される取引のこと)となる。
努力が観察不可能なとき
プリンシパルがエージェントを観察できない時は、モラル・ハザードの問題が生じている。 このときエージェントの報酬は収益の実現値に依存するため、努力をしたにもかかわらず収益も報酬も低くなる場合があり、その逆も然りである。そのため、リスク回避的なエージェントは報酬がばらつくのでエージェントの期待効用を低下させてしまう。
重要なのは、報酬の基礎になっている収益が確率的に決まるため、努力のインセンティブを与えるために報酬は収益に連動させ$ \betaをプラスにする必要があるということ(業務連動報酬)、インセンティブの強度を測る$ \betaが増大すると、エージェントが負担するリスクも増大してしまうことである。
図$ 3.1を見て確認する
https://gyazo.com/56734db030589c9b9faf1207a762969f
努力水準$ eを固定し、運が良いケースを$ \bar{x},運が悪いケースを$ \underline{x}とする。
固定報酬に近い$ \beta=0.1の直線は運による収益の変動が報酬にほとんど影響を与えないことは明らかである。
$ \beta=0.6の大きい方は、収益の変動は大きく増減させエージェントのリスクも大きくなる。
報酬の変動幅がエージェントの期待効用に与える影響について、図$ 3.2確認する。
https://gyazo.com/0318c473558d57bf5de0001d9c85868a
努力水準$ eを固定し、運が良かったときの報酬を$ \bar{w},運が悪かったときの報酬を$ \underline{w}としてそれぞれ起こる確率は$ 50%とする。このとき報酬は$ w=\alpha+\beta eを中心に左右に振れることになる。
左図は$ \betaが小さく、右図は$ \betaが大きい。
報酬の変動($ \bar{w}と$ \underline{w}の差)が大きいとき、リスク・プレミアムが増大し期待効用が低下することがわかる。すなわち、より大きなインセンティブ(大きな$ \beta)を課すと、エージェントの期待効用はその分だけ低下する。その結果、プリンシパルは参加制約を満たすために、$ \alphaを増加させることでリスクによる期待効用の低下を補填しなければならなくなる。 最適な線形契約
エージェントの努力水準選択の問題を考える。
$ (\alpha,\beta)を所与して、
$ \alpha+\beta e-\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2}
を最大化する$ eを選択する。このときリスク・プレミアムはエージェントの期待利得を低下させるが、$ eの選択には影響しないことに注意する。 この解は$ e=\frac{\beta}{c}となる。解き方は以下の通りとなる。
$ f(e)=\alpha+\beta e-\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2} 最大値は$ f'(e)=0を満たす。
$ f'(e)=\beta-ce=0
$ \longleftrightarrow e=\frac{\beta}{c}
よってプリンシパルはインセンティブ強度$ \betaを決めることによって、間接的にエージェントの努力水準をコントロールすることができる。
線形契約のもとでのインセンティブ制約
線形契約$ w=\alpha+\beta xが与えられると、エージェントは、$ e=\frac{\beta}{c}を満たすように努力水準を決定する。変動給のレート(歩合レート)$ \beta増加すれば$ eも増加する。
プリンシパルは参加制約とインセンティブ制約のもとで期待効用を最大化する。
隠された行動のもとでの線形契約のデザイン
$ \underset{\alpha , \beta}{max}\ \ E[x]-E[w]=e-(\alpha+\beta e)
subject to $ \alpha+\beta e-\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2}\geq0,$ e=\frac{\beta}{c}
努力が観察可能な場合なときと同様に、プリンシパルは$ e-\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{ce^2}{2}を最大化するが、観察不可能なので、努力水準を直接指定することができない。よって、インセンティブ制約も考慮に入れて、インセンティブ制約を目的関数に代入し、プリンシパルの問題は、
$ \underset{\beta}{max}\ \ \frac{\beta}{c} -\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{\beta^2}{2c}
と表現することができる。これを最大化することで以下の結論を得る。
$ f(\beta)=\frac{\beta}{c} -\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{\beta^2}{2c}とおく。$ f'({\beta})=0のとき最大値をとる。
$ f'(\beta)=\frac{1}{c}-r\beta \sigma-\frac{\beta}{c}=0
$ \leftrightarrow \beta=\frac{1}{1+r\sigma^2c}
線形契約の特徴
$ (1)$ \beta^{**}=\frac{1}{1+r\sigma^2 c}>0が成立しインセンティブが付与される。
$ (2)$ e^{**}=\frac{1}{c}\ \ \frac{1}{1+r\sigma^2 c}(<e^*=\frac{1}{c})の水準の努力が実行されファースト・ベストの努力水準よりも小さい。 $ (3)$ \alpha^{**}は参加制約により決定され$ \alpha^{**}=\frac{(r\sigma^2-\frac{1}{c})\beta^{**2}}{2}となる。
$ (4)プリンシパルは期待効用は$ \Pi^{**}=\frac{1}{2c(1+r\sigma^2 c)}(<\Pi^*)となり、エージェントの努力が観察できないことでプリンシパルの期待効用も低下する。
プリンシパルの問題を図$ 3.3を確認する。
https://gyazo.com/e7138e63f7ffdd18e298eff615d36b54
$ \betaが定まると、エージェントは$ e=\frac{\beta}{c}の努力水準を選び、その費用は$ \frac{ce^2}{2}=\frac{\beta^2}{2c}であることに注意。
プリンシパルの目的関数は選ばれる努力を表す$ e=\frac{\beta}{c}からリスク・プレミアムの費用と努力の費用を合わせた$ \frac{r}{2}\beta^2\sigma^2+\frac{\beta^2}{2c}を引いたものとなる。 すなわち、$ \frac{\beta}{c} -\frac{r}{2}\beta^2\sigma^2-\frac{\beta^2}{2c}
右上がりの直線は選ばれる努力水準、すなわち期待収益である
エージェントがリスク中立的($ r=0)、あるいは不確実性が存在しないとき($ \sigma^2=0)のとき
リスク・プレミアムはゼロより、費用は$ \frac{\beta^2}{2c}である。このとき、プリンシパルの効用は$ \beta=1のときに最大となってエージェントは$ \frac{1}{c}を選択する。これはファースト・ベストの配分に一致する。 リスク回避度$ rまたは不確実性$ \sigma^2が増大するほど費用は上方にシフトし、最適なインセンティブ強度が低下することがわかる。これが線形契約における セカンド・ベストの配分である。 隠された行動のもとでは以下の性質がある
$ (1)エージェントがよりリスク回避的(より大きな$ r)ならばより弱いインセンティブ(より小さい$ \beta^{**})が与えられて、努力水準($ e^{**})とプリンシパルの期待効用も減少する。
$ (2)エージェントがリスク中立的($ r=0)ならばエージェントは全てのリスクを負担する$ 100%のインセンティブ($ \beta^{**}=1)が与えられ、残余請求者となる。このときのプリンシパルの効用は一定の$ \frac{1}{2c}となり、これはエージェントの努力が観察可能な場合の期待効用に一致する。($ e^*=e^{**})
$ (3)リスクの程度が増加($ \sigma^2が増加)すると、エージェントが直面するリスクを減らすために弱いインセンティブ(小さい$ \beta^{**})が与えられ、努力水準($ e^{**})とプリンシパルの効用も低下する。
$ (4)エージェントの生産性が低下(費用$ cの増加)すれば、与えられるインセンティブは弱くなり($ \beta^{**}が低下)、努力水準($ e^{**})も下がる。
モニタリングによって行動と収益との間の不確実性を解消することができるならば、プリンシパルはより強いインセンティブを与えることができることに注意。
つまりモニタリングと業績に連動した報酬契約はモラル・ハザードを解消する手段でなく、むしろ補完的である。 2,最適な評価指標の選び方
モラルハザード問題におけるエージェンシーコストはエージェントが直面する不確実性の程度により決まる
不確実性の程度が大きい場合
→エージェントが直面するリスクを軽減するために、インセンティブの強度を弱めなければいけない
不確実性の程度が小さい場合
→リスク負担はあまり問題にならないので、より効率的なインセンティブを与えることができる
もし費用をかけずに不確実性を低下させることができれば、必ずプリンシパルの利益を増大させられる
線形契約のモデルが、この関係性を最も明確に示すことができる
線形契約 $ w=α+βx
エージェントが直面する不確実性は確率変数$ \epsilonによって捉えられている
この不確実性をさらに二つの独立した要素に分解できるとする
$ \epsilon=$ \epsilon_A+$ \epsilon_B
それぞれの期待値はゼロ、分散はそれぞれ E[$ \epsilon^2_A]=$ \sigma^2_A ,E[$ \epsilon^2_B]=$ \sigma^2_Bとする
例
$ \epsilon_Aが降水量の影響、$ \epsilon_Bがそれ以外の不確実性を示す
→ただし降水量の影響は立証可能で契約に書くことができる。
$ \epsilon_Aを追加的な情報として、線形契約に加えると
$ w=α+β(x-ε_A)
このとき、努力水準$ eのもとでエージェントが受け取る報酬とその期待値の差は、
$ w-E[w]=α+β(e+ε_B)-α-β_e=βε_B
であり、降水量の影響$ ε_Aが取り除かれていることがわかる
独立であると想定したので
$ \sigma^2=$ \sigma^2_A+$ \sigma^2_Bが成り立つ
よって
$ \sigma^2_A>0であれば降水量の影響を取り入れることで、エージェントが直面するリスクが軽減でき、より高い努力水準を引き出すことが可能
モラルハザードが起きる環境でエージェントが直面するリスクは、エージェントの行動を所与としたときの報酬のばらつき
エージェントの選択した行動と報酬が全く連動しないのならインセンティブを与えることはできない
→プリンシパルの立場から言うと、観察できる指標からどれだけ正確にエージェントの隠された行動を推測できるかという問題に置き換えられる
つまり、エージェントの行動についての推測を改善する情報こそが、契約に反映させるべき情報といえる
この結果をインフォーマティブネス原理という
→ある評価指標がエージェントの行動について追加的な情報を与えるのであれば、それを用いてより効率的なリスク分担ができる
この原則が意味するのは、適切な契約には適切に設定された評価指標の存在が不可欠で、その評価指標の価値はエージェントの隠された行動に関する情報量によって決まるということ
これは現実のインセンティブ設計において重要な役割を果たす
→適切な評価指標は、必ずしもエージェントが直接コントロールできる要因である必要はないし、
プリンシパルの利益に直結するものである必要もない
3 ,マルチタスク問題
「インセンティブ契約がもたらす弊害について」
この弊害はエージェントが複数の業務を任されている状況で顕著に現れる
例:カフェのストアマネージャー
重要な業務
売上アップ→売り上げとして数字が出るため観察可能
働きやすい環境構築→努力を測る指標がないため観察不可能
これまでは・・・純粋な量的問題
→成果を上げるためにどれだけ努力するか
現実では・・・一面的な尺度では測れないたくさんの常務がある
→限られた時間や資源をどの業務にどれだけ配分するか
目に見えやすい面だけを評価すると、目につきにくい面がおろそかになる
つまり、エージェントが複数の業務に従事する状況で、その一部の業務にていてだけインセンティブを与えることでエージェントの努力配分に歪みが生じるということ。
→マルチタスク問題
「努力配分のモデル」
エージェントは2種類の業務$ j=1,2に従事、努力水準を$ e1,e2とする
努力と時間をどのように配分するか
成果と便益は分けて考える
→成果:業務単体、便益:業務の組み合わせ
各業務$ j (j=1,2)の成果を$ y_jと表し、
$ y_j=e_j+ε_j で与えられるとする。
$ εは期待値ゼロ、分散$ σ_j^2の確率変数、$ ε1と$ ε2は独立
エージェントの留保効用はゼロ
努力の費用$ C(e_1,e_2)
費用は努力の総量$ e_1+e_2に依存する
$ C(e1,e2)=0 if$ \bar{e}$ \ge$ e_1+$ e_2
$ C(e1,e2)=c({e_1}+{e_2}-\bar{e})^2/2c if $ e1+e2>$ \bar{e}
→図3.4
https://gyazo.com/37854cf15804bfefd185071998d12fa4
→エージェントは直接的なインセンティブが与えられない状況でも$ \bar{e}までは努力する
次に長期の便益を考える。
→2つの業務は補完的で、最終的に生み出される便益は
$ B(e_1,e_2)=λ(e_1+e_2)+(1-λ)e_1e_2
によって与えられるとする
λは0と1の間の値で、業務間の独立性(補完性)を表す
$ λ=1→それぞれの業務の成果は独立
λが小さくなる→補完性の重要度が増し、バランスの取れた配分が必要。
「成果の観察可能性とインセンティブ」
仮定
→2つの業務は、長期的便益のためには有用だが、成果の見やすさに差がある
プリンシパル
→$ e_1は成果を客観的に立証可能、$ e_2は立証不可
線形契約は
→$ w=α+βy_1
$ β>0なら、エージェントは業務2に努力を割くインセンティブはなくなり、$ e_2=0が選択される
→努力費用は $ C(e_1,0)=\frac{c(e_1-\bar{e})^2}{2} となり、
→エージェントは$ \alpha+\beta e_1-\frac{c(e_1-e)^2}{2}を最大化するように$ e_1を選ぶ
→エージェントの努力水準は$ e_1=\frac{β}{C}+\bar{e}となる
→業務1にインセンティブを与える
→エージェントにとって業務2の相対的な価値が減少
→極端な努力配分が選ばれる
$ λが十分に大きく、業務間の補完性が小さいならば、$ β>0として、業務1にインセンティブを与えることが最適
業務間の補完性が増すと、最適な契約は質的な意味で大きく形を変える
$ λ=0とすると、このとき$ β>0ならば、業務2についての努力水準はゼロとなるので便益も0となる
一方で、$ β=0ならばエージェントは$ e_1+e_2$ \le$ \bar{e}
→プリンシパルは固定報酬契約を提示することで、
$ B(\frac{\bar{e}}{2},\frac{\bar{e}}{2})=$ λ\bar{e}+(1-λ)\frac{\bar{e}^2}{4}>0
の便益を得ることができる
負のインセンティブ($ β<0)を与えることが望ましくないことも明らか
→$ β=0という成果に連動しない固定報酬が最適となることがわかる
「成果主義が機能しない理由」
複数の業務の成果の見えやすさが異なる可能性がある状況
→インセンティブを成果の見えやすい業務にのみ与える
→非効率な努力の代替
→資源配分に歪み、全体としての生産性や効率性の低下
マルチタスクの問題が現れやすいのは、「質」と「量」のトレードオフが行われるとき
質と量→相反
例:製造業、保険会社、ガソリンスタンド、プロ野球選手、サッカー選手
製造業
従業員
「たくさん作る」
「丁寧に作る」 という、トレードオフな二つの業務を求められる。
生産量はすぐにわかるが、品質はすぐにわからないことが多い。
→ノルマなどにより、生産量に強いインセンティブを与えると、丁寧に品質の良いものを作るインセンティブが損なわれる
製品の価値が品質に強く依存している場合は、このようなインセンティブ体系は粗悪品を大量に生むこととなる
⇒生産量のノルマを弱めた方が望ましい
4,内発的動機
経済学者 外発的動機=インセンティブ
心理学者 内発的動機=道徳心、義務感、好奇心など
「外的なインセンティブにより内発的動機が失われるケース」
メカニズムのひとつとして、ある行動をとる理由が公共心や道徳心のシグナリングにある場合
ボランティア活動をすることで周囲に道徳心をアピールしたい人がいる。
→ボランティア活動をすることによって金銭的報酬が支払われるとする
→報酬目当ての人が増える
その事実が社会貢献としてのボランティア活動のシグナリングを弱める
→また、この場合、額が十分でなければ、ボランティア活動に参加する人の量は減る?
他にも、ある行動をとる動機が道徳心や良心の呵責にある場合、外的なインセンティブにより内発的動機が失われる可能性
ある社会のルールを守るという規範があるとき、これから逸脱することに対して我々は心理的なコストを感じる
この時、その行動に対して罰金などの措置があると、逆にその罰金を支払うことが免罪符となってしまう
→良心の呵責というモチベーションが失われてしまう
第4章 組織の中のモラルハザード
P89 STORY
競争させることの意味
あなたは、こだわりのコーヒー、心地よい空間、そしてホスピタtoリティを組み合わせた喫茶店をいくつか経営している。
それぞれの店舗は着実に受け入れられており、上記に記載されている組み合わせたコンセプトは正しい事が裏付けられる。
なかでも、総合的なホスピタリティが大切である。よって、スタッフの接客サービスの向上が鍵となる
しかし、スタッフの接客態度を評価するのは困難。なぜ?
客観的で整合的な評価基準を設けるのが困難
その基準が顧客満足度の向上に寄与するかも不明
したがって、顧客アンケートの結果を利用した方が良いかもしれない。
→接客態度が重要なのは顧客の満足度を高めるためであるので、顧客から直接聞き出す方が正確で早い。
あなたは、これまでも顧客アンケートは集めており、各スタッフの評価も把握。
しかし顧客アンケートの結果には問題があった。→スタッフの平均的な評価が店舗ごとに大きく異なる。なぜ?
住宅街の広めの店舗はゆったりとしたスペースがあり、顧客の数も多くない。→サービスも十分に行き届く。
繁華街の店舗は混雑。→サービスが十分に行き届くのが困難。よって居心地が良くなく、スタッフへの評価も厳しい。
しかし、店舗の立地や広さは個人の責任ではない。
→顧客に事情を勘案してもらう訳にはいかず、その時に感じたことをそのまま書く。
評価が不公平にぶれると、スタッフに余分のリスクを負わせることとなる。
スタッフもどこの店舗に配属されるのか不安。さらに評価を不当に感じ、やる気を低下させてしまう可能性がある。
したがって、評価に関するノイズを、公平性が保たれるように修正することが必要。
注目すべき事→似た環境のスタッフたちは似た要因の影響を受けやすい事実。
顧客の評価の厳しさが店舗ごとに異なっても、同じ店舗内で比較すればノイズの影響を排除することが可能。
具体例
最優秀スタッフ賞を設ける
→各店舗で最高評価を獲得したスタッフを表彰。
つまり、店舗の仲間たちの中で競争させて相対的に評価すればよい。
これまではエージェントが一人のケースを考察してきた。しかし、企業に代表される組織にはエージェントにあたる従業員は
多数存在する。
エージェントの数が増えると契約を設計する自由度は確実に増える。
例)相対評価の導入
しかし、その一方でエージェントが複数存在することでエージェント間の相互作用という新たな問題も生じる。
→これらは、エージェントが1人のときには考える余地がない問題。
絶対評価と相対評価、どちらが良いのか?チーム内での協力を阻む要因とは何か?どんな対策が必要か?
→第4章で検討を行う。
1相対評価P91~
複数エージェントの評価
第3章より、仕事の難易度は報酬を与えるうえで非常に重要な指標。
例)気象条件やライバル他社の動向の影響などで市場需要がたまたま低かった場合、エージェントの努力とは無関係に収益は低くなる。
こうした状況で、エージェントに失敗の責任を負わせることは、エージェントに不要なリスク負担を強いるだけで、エージェントに対する効果は期待できない。
しかし、逆に考えると、もし「成果の達成しやすさ」を明示的に計測できれば、その情報は積極的に評価指標として利用するべきといえる。
だが、「成果の達成のしやすさ」を事前に契約に書き込める程度に厳密かつ客観的に定義することは、現実問題として
容易ではない。
しかし、もし同じような環境にある複数のエージェントが存在すれば、個々のエージェントのパフォーマンスが成果の達成しやすさに関してなんらかの情報をもたらしてくるかもしれない。
このことは、複数のエージェントが存在する状況では、それぞれのパフォーマンスを比較評価することで、より効率的なリスク分担が実現できる可能性を示唆する。
同じような環境にいる者同士を比較する相対評価は、日常生活でも頻繁に観察できる手法である。
具体例
営業職→その月に一番高い売上を達成した者にボーナスを与える。また、ポストの数には限りがあるので、そもそも企業での出世競争は同僚との相対的な競争。
教育の現場→成績を平均点に依存させ相対的な評価を行う。入試も合格定員があるので必然的に相対的に評価をする。
これらに共通しているのは、個人の評価が他人のパフォーマンスという(降水量と同様)その個人のコントロールの及ばない要因に強く依存している。
そして、相対評価という評価手法は、すべての参加者におおよそ等しく影響を与える攪乱要因を排除し、より効率的なリスク分担を可能とする仕組みとして理解可能。
P92
複数エージェントのモラル・ハザード
2人のエージェントが存在する状況を想定。各エージェントを$ i=1,2 で表し、エージェント$ iの成果$ x_iが
$ x_i=e_i+η+ε_iが与えられるとする。
$ e_i:エージェント$ iが選択した努力水準
$ η:両者に共通の不確実性
$ ε_i:エージェント$ i固有の不確実性
よって上記の式の意味は(成果)=(個人の努力水準)+(共通の不確実性)+(個人の不確実性)
$ ηと$ ε_iは期待値がゼロ。分散がそれぞれ$ σ_η^2と$ σ_ε^2によって与えられる。
また、$ ηと$ ε_iは独立で、さらに$ ε_1と$ ε_2も独立とする。
この定式化で重要な点は、$ ηが2人のエージェントに等しく影響を与える共通のショックになっているという点。
以下では$ e_iを個人の不確実性。$ ηを共通の不確実性と呼ぶ。
では、プリンシパルはエージェント1の報酬をどのように設計すればよいか?
$ ηは共通なので、エージェント1の成果を評価する際に、エージェント2の成果という追加の情報を用いることができる。
よって、プリンシパルは次のような線形契約を提示することができる。
複数エージェントの線形契約:$ w_1=α+βx_1+γx_2
もし、$ γ=0ならば、報酬は自身の成果のみに依存する絶対評価。
プリンシパルはいつでも$ γ=0とできるので、エージェント2の成果にも依存させる相対評価の導入はプリンシパルの効用を(弱い意味で)必ず改善する。
$ γが正の値or負の値のどちらをとるのかに着目。
結論→最適な報酬契約では$ γは必ず負の値をとる。
いまの環境では、各エージェントは共通の不確実性に直面している。
もし、各エージェントの報酬が個人の成果のみに依存するなら、報酬も大きく変動する可能性もある。
あるいは、共通の不確実性の分散$ σ_η^2が非常に大きいなら、インセンティブの強度は弱まり、努力を引き出すことは困難になっていく。
しかし、相対評価を利用すれば各エージェントが直面する不確実性を軽減することができる。
重要なこと→共通の不確実性の影響は、エージェントたちの成果を常に同じ方向に動かすという事実。
エージェントたちの成果の差は
$ x_1-x_2=e_1-e_2+ε_1-ε_2 となる
(成果の差)=(個人の努力水準の差)+(個人の不確実性の差)
これは共通の不確実性$ ηの影響を受けない。
→成果の差は、エージェントたちの努力の差について、共通の不確実性とは独立の情報を与えてくれる。
この情報を利用することで、エージェントが直面するリスクを低減し、より効率的なリスク分担が可能となる。
定義4.1 相対評価によるリスクの低減
エージェント間の相対評価を利用すると共通のリスクの影響を軽減することができ、より効率的なリスク分担が可能となる。
こうした理屈は相対評価が導入されるさまざまな局面にあてはめることが可能。
例1)入学試験の結果
試験の結果が受験生個人の絶対的な点数のみ依存していれば、合否の結果はその年の試験の難易度となる。
→受験生の努力とはまったく無関係な要因に左右
例2)プロゴルファーの賞金
賞金が絶対的なスコアにのみ依存していれば、コースの難易度や気候条件が重要となる。
→ゴルファーの実力や努力とは無関係の要因によって賞金が変動。
いずれの場合も、エージェントは過剰なリスク負担を強いられており、結局のところ全体の効率性を低下させる要因となる。
一方、試験の難易度や気候条件を明示化に数値化して、合否判定や賞金額に反映させるのはほとんど不可能。
似たような環境で複数のエージェントが競合する状況で、相対評価は共通の不確実性を排除し、より効率的なリスク分担を達成するための簡便かつ効果的な評価手法として理解することができる。相対評価が評価システムに組み込まれている本当の理由は、競争することそれ自体だけではなく、比較することによって生み出される情報にもあるという理解は重要。
2序列トーナメント
相対評価の特殊な形態
序列=順位と捉えられる
順位情報のみに応じて報酬を決定する評価方法
→順位という「粗い」情報のみに依存する(一般的な相対評価契約より劣るかもしれない)
ex. 出世競争、受験競争、プロスポーツ(全員が一斉に競争するもの)
【定義4.2 序列トーナメント】
同僚との競争に勝ち、昇進すると報酬も増加する昇進競争がその例だ。
なぜトーナメントが現実に採用されているのか?
(1)評価の容易さ:成果を順位づけることは、絶対評価よりも遥かに簡単
ex)テストの成績にとって上位$ 10%はS評価など
(2)自己拘束性:報酬の総額は常に一定であること
ex)競馬や競輪 優勝は2億円、2位は8000万、3位は5000万など
ー-------------------
序列トーナメントの仕組みと機能
2人のエージェントが存在$ i=1,2
$ x:成果,$ e_i:努力,$ \varepsilon_i:不確実性
各エージェントは同時に努力水準$ e_iを選択
$ x_i=e_i+\varepsilon_i
※$ \varepsilon_iは
平均$ E[\varepsilon_i]=0 ,分散$ E [\varepsilon^2]=\sigma^2 は正規分布に従い、$ \varepsilon_1と$ \varepsilon_2は独立とする
https://scrapbox.io/files/62d505082164f5001d7d5a65.png
https://scrapbox.io/files/62d504c8dc706300230ada95.png
なぜ平均が0になるのか?
→正規分布から、そのように決められる
分散とは、観察されたデータのばらつきを示す指標
データの数を$ n、それぞれのデータを$ x_{i}、また平均を$ \bar{x}としたとき
$ \sigma^{2}=\frac{1}{n}\sum_{i=1}^{n}(x_{i}-\bar{x})^{2} で表される
確率的な要素を表現する際に、釣鐘状のグラフ(ベルカーブ)を想定する
https://gyazo.com/dc22687376dd7dce4443606b1cf3bbc5
横軸は確率変数、縦軸は確率密度
$ \sigmaが大きいほど分布の山がなだらかになる
プリンシパルが順位情報のみに応じて報酬を決定する場合
エージェント1の報酬$ w_1とエージェント2の報酬$ w_2
https://scrapbox.io/files/62c15715e32fc200237b4a47.png
→報酬は成果の水準に依存せずに、報酬契約は$ (W,L)という2つの変数によって記述できる
=$ x自体の大きさではなく、相手と比べて大きいかどうか
各エージェントが
努力する($ e_i=1)or努力しない($ e_i=0)を選択
努力する場合、費用として$ cがかかる
報酬が$ w_iであるときのエージェント$ iの効用
$ u_i = \begin{cases} u(w_i)-ce_i&e_i=1 努力する\\ u(w_i)&e_i=0 努力しない \end{cases}となる
https://scrapbox.io/files/62b8e800e4d0c7001d31b3f9.png
どのような状況だとエージェント1が勝者となるのか?
$ w_1 = \begin{cases} W& x_1>x_2\\ L&x_2>x_1 \end{cases}
$ w_2 = \begin{cases} W&x_2>x_1\\ L&x_1>x_2 \end{cases}
より成果が高いエージェントを「勝者」とする
二人の努力の組み合わせを$ (e_1,e_2)と表記
$ x_1>x_2 \ \ \Leftrightarrow\ e_1+\varepsilon_1>e_2+\varepsilon_2 \ \ \Leftrightarrow \ e_1-e_2>\varepsilon_2-\varepsilon_1 が成立する場合
(個人の努力水準の差)>(個人の不確実性の差)
→勝者は努力と運によって決まる
なぜ?
$ (e_1,e_2)=(1,0)でも$ \varepsilon_2-\varepsilon_1>1だと、エージェント2が勝者となるから
ー-------------------
エージェント1が勝者となる確率
$ P(e_1-e_2>\varepsilon_2-\varepsilon_1)\equiv G(e_1-e_2)
なぜ=ではなく≡なのか?
→定義しているだけ
累積分布関数で$ G表されている
累積分布関数とは
「確率変数$ Xがある値$ x以下$ (X \leq x)の値となる確率」を表す関数
$ F(x)=P(X\leq x)=\sum_{X\leq x}P(x)
https://scrapbox.io/files/62d506848083690023293815.png
今回の場合
$ \varepsilon_2-\varepsilon_1がある値$ x$ (e_1-e_2)を下回る確率が$ G(x)
エージェント1が勝者となる確率
$ xの増加関数
正規分布の性質より$ \varepsilon_2-\varepsilon_1は
平均$ E [\varepsilon_2-\varepsilon_1]=0 ,分散$ [(\varepsilon_2-\varepsilon_1)^2]=2\sigma^2 となる
なぜ平均が0になるのか?
→正規分布から、そのように決められる
分散はどの様に出しているのか?
$ 2\sigma^{2}=\frac{1}{n}\sum_{i=1}^{n}(x_{i}-\bar{x})^{2}=
$ G(0)=0.5と任意の$ xについて$ G(-x)=1-G(x)が成り立つ
$ G(-x)=1-G(x)→エージェント1が敗者となる確率=エージェント2が勝者となる確率
正規分布は平均を中心に左右対称に分布するため
ー-------------------
$ \varepsilon_2-\varepsilon_1がある値$ x$ (e_1-e_2)を下回る確率$ G(e_1-e_2)
$ e_1=e_2ならば$ G(0)=0.5
一方で自分だけ努力した($ (e_1,e_2)=(1,0))ときは確率$ G(1)=0.5+pでエージェント1は勝利
同様に自分だけがサボった($ (e_1,e_2)=(0,1))ときは確率$ G(-1)=0.5-pでエージェント1は勝利
これはエージェント2においても同様である。
https://scrapbox.io/files/62c1a71c5d10770020d4e5b1.png
エージェントの努力のインセンティブは$ pによって決まる
もし、$ pがゼロに近いと努力が順位に与える影響は小さくなる
エージェントの努力のインセンティブは低下する
分布Gの分散が大きくなると$ G(-1)=0.5-pは大きくなる
$ e_1=e_2ならば$ G(0)=0.5
すなわちエージェントは等しい確率で$ WとLを得る
費用に注意し、契約$ (W,L)が定まると表4.1のような標準型ゲームにまとめることができる
https://scrapbox.io/files/62c1a8fa4063b3001fa5ba0e.png
ライバルが努力している場合の各エージェントのインセンティブ契約は、
$ 0.5[u(W)+u(L)]-c\geq(0.5-p)u(W)+(0.5+p)u(L)
整理すると、
$ p[u(W)-u(L)]\geq c $ \cdots(4.2)
また、エージェントがともに努力をする場合の参加制約は
$ 0.5[u(W)+u(L)]-c\geq 0 $ \cdots(4.3)
※ただし留保効用は0である
ー-------------------
最適なトーナメント・デザイン
各エージェントが努力する均衡は、(4.2)(4.3)の式を満たす必要がある
等号が成り立つので、求める最適な契約$ (W^*,L^*)は
4.2より$ p[u(W)-u(L)]\geq c $ \Leftrightarrow u(W)-u(L)=\frac{c}{p}
4.3より$ 0.5[u(W)+u(L)]-c\geq 0 $ \Leftrightarrow u(W)+u(L)=\frac{c}{2}
以上より、$ u(W^*)=\frac{1+2p}{2p}c , u(L^*)=\frac{-1+2p}{2p}cとなる。
これより、不確実性の影響が増大し$ pが0に近づくと、努力を引き出すために$ u(W^*)-u(L^*)を大きくする必要がある。一方で最適契約は参加制約を満たすので、$ u(W^*)+u(L^*)= c ( \frac{1+2p}{2p}+ \frac{-1+2p}{2p} )=2cが常に成り立つ
エージェントがリスク回避的のとき、同じ期待効用を達成するためには、
$ L^*が減少すると、$ W^*をより大きくする必要があるため、
報酬の格差が大きくなるとプリンシパルの負担が増大してしまう
このときの期待効用は図4.2で示す。
https://scrapbox.io/files/62b8e8f23df307001d8efadd.png
参加制約は$ pに依存しない
$ pが減少する(不確実性が高まる)につれて、$ u(W^*)は増加し、$ u(L^*)は減少する
【定義4.3 トーナメントでの報酬格差】
報酬が順位に基づくトーナメントの場合、不確実性が大きくなると、報酬の格差も増加する。
ー-------------------
相対評価とハンディキャップ
トーナメントの前提:エージェントたちが同質的で生産性に大きな格差がない
エージェント間での非対称性がインセンティブに与える影響
エージェントの成果$ x_i=a_i+e_i+\varepsilon_i
※共通の不確実性$ \etaを導入してもよい
$ a_iは$ iの生産性のパラメーター
$ x:成果,$ e_i:努力,$ \varepsilon_i:不確実性(pp.95と同様に)
条件:$ a_1=0\ ,\ a_2=a>0
→エージェント2の方が生産性が高い
エージェント2がサボっている$ e_2=0の場合
エージェント1 が勝者となる確率は、
$ x_1>x_2 \Leftrightarrow e_1+\varepsilon_1+a_1>e_2+\varepsilon_2+a_2
$ \Leftrightarrow e_1+\varepsilon_1+0>0+\varepsilon_2+a
$ \Leftrightarrow e_1-a>\varepsilon_2-\varepsilon_1 より
$ P(e_1-a\geq\varepsilon_2-\varepsilon_1)=G(e_1-a)
インセンティブ制約は、
$ G(1-a)u(W)+[1-G(1-a)]u(L)-c \geq G(-a)u(W)+[1-G(-a)]u(L)
$ \Leftrightarrow[G(1-a)-G(-a)][u(W)-u(L)]\geq c
エージェント1の努力インセンティブは$ G(1-a)-G(-a)で決定される
図4.3では、網掛け部分の面積にあたる
https://scrapbox.io/files/62b8e94de4d0c7001d31bc93.png
$ aが大きくなると面積が小さくなる
→エージェント1 は努力しても意味がないと思うようになる
→エージェント2がサボっても努力しない
⇩エージェント2に悪影響を及ぼす
エージェント1が努力しない$ e_1=0場合
エージェント2が勝者となる確率は、
$ x_1>x_2 \Leftrightarrow e_1+\varepsilon_1+a_1>e_2+\varepsilon_2+a_2
$ \Leftrightarrow 0+\varepsilon_1+0>e_2+\varepsilon_2+a
$ \Leftrightarrow e_2+a>\varepsilon_1-\varepsilon_2 より
$ P(e_2+a\geq\varepsilon_1-\varepsilon_2)=G(e_2+a)
インセンティブ制約は、
$ G(1+a)u(W)+[1-G(1+a)]u(L)-c\geq G(a)u(W)+[1-G(a)]u(L)
$ \Leftrightarrow[G(1+a)-G(a)][u(W)-u(L)]\geq c
→先ほどと同様に、エージェント2も努力のインセンティブを失ってしまう
→相手が弱いと、強い立場の方はやる気をなくす
以上より、重要な点は以下の通りとなる
相対評価の問題点
弱い立場はどうせ勝てないと思って、やる気をなくす(相手がサボっても)
強い立場はどうやっても負けないくらい相手が弱いとやる気をなくす
そのため、相対評価で評価するとき
エージェントは同じ土俵に立っているということを配慮する
ハンディキャップ制を設けて同じ程度に勝者が決まる環境を整えることが有効
今回のケース:エージェント2は$ x_2-x_1>aの場合のみ勝者になるようにする
【定義4.4 ハンディキャップの必要性】
エージェントの立場に大きな格差がある場合、トーナメントを導入してもインセンティブを与えられないことがある。その場合はハンディキャップ制により互いが同程度に勝者となる環境を整えることが有効だ。
しかし、ハンディキャップは長期的に見るとマイナスの側面もある
生産性を高めると、将来的に不利な競争条件を強いられる
費用をかけて生産性を高めるインセンティブが抑制される
エージェントがわざと生産性が低いように装う(本人にしか生産性がわからない)
少ない努力で競争をするエージェントが生まれてしまうという
ー-------------------
競争とインセンティブ
相対評価はメリットも多いが競争させることから生じる問題点も存在する
①エージェント間の結託の可能性
ex.トーナメント・モデル
均衡で両エージェントがともに努力したとすれば、それぞれが勝者となる確率は$ \frac {1}2
では、エージェントたちが事前に話し合い、ともに努力しないことを約束したら?
→それぞれが勝者となる確率は$ \frac {1}2、結果として期待報酬額にはいっさい影響を与えない
ところが、努力しないならば、努力費用を負担する必要がない
よって、エージェントたちはそうした約束が実行可能ならば、効用を確実に改善することができる
結託の可能性が大きな脅威となるのは、
エージェントたちの関係が長期的で
相互に行動の監視が容易な場合
では、反対に 脅威にならない時 はどんな時か?
大学の講義
大学の大教室の講義で相対評価を導入しても、
受講生同士の監視は困難であり長期的な関係もないので、こうした結託を維持するのは、ほぼ不可能
外回りの営業
長期的な関係にあるかもしれないが、互いの行動を逐一チェックするのは困難
よってサボることを強制するのは容易ではない
それに対して、結託の条件が満たされやすく
相対評価の導入が意に反する結果をもたらす時 があるのはどんな時か?
工場の作業現場
工場の作業現場などでは相互監視が可能で関係も比較的長い
→結託の条件が満たされやすく、関係に反する結果をもたらす可能性がある
個人のレベルでは常に「抜け駆け」をしてライバルを出し抜くインセンティブがある
→結託の可能性がただちに相対評価の効果に影響を与えるわけではない
→相対評価を導入する際に結託の可能性を考慮することは大切
②エージェント間での助け合いのインセンティブを著しく削ぐ
これまでに検討したモデルでは、他のエージェントを「助ける」という選択肢は考慮していない
しかし、 助け合い が求められる状況は組織内では頻繁に起こりうる
忙しい同僚の穴を一時的に埋める
業績を改善するために有益な情報を共有する などが含まれる
競争原理が強く働く現場ではこうした行動は抑制される傾向にある
相対評価のモデル:他人の成果は報酬に負の影響($ γ<0)を与える
助け合いが重要な状況:他人の成果が報酬に正の影響を与えるような報酬契約(チーム契約、$ γ>0)が最適となる可能性がある
競争させることから生じる問題点
①エージェント間の結託の可能性
個人のレベルでは常に「抜け駆け」をしてライバルを出し抜くインセンティブがある
→結託の可能性がただちに相対評価の効果に影響を与えるわけではない
→相対評価を導入する際に結託の可能性を考慮することは大切
②エージェント間での助け合いのインセンティブを著しく削ぐ
競争原理が強く働く現場ではこうした行動は抑制される傾向にある
相対評価のモデル:他人の成果は報酬に負の影響を与える
助け合いが重要な状況:他人の成果が報酬に正の影響を与えるような報酬契約が最適となる可能性がある
<参考資料>
累積分布関数とは?
分散
正規分布
3相対評価と妨害工作林凌央.icon藤後光輝.icon
考えたい状況
https://gyazo.com/e96ed541f3ccf5b8f7c9f4b7674c4c74
スポーツチームのレギュラー争い
複数の候補者が一つだけあるレギュラーポジションを得るために努力する
競争に負けると控え選手になる
この競争は相対評価であり、ライバルの中で1番になれば良い
どうすれば競争に勝てるか?
自分が努力して成果を上げる
他のプレイヤーの足を引っ張る
👆この2つが同じ効果をもたらす
他にも具体例はたくさんある(はず)
オリンピックの代表選手選び
政治家の選挙
企業の昇進競争
疑問点
どんな人は努力して、どんな人は他人の足を引っ張るのか?
足を引っ張るのをやめさせるためには、どんな報酬制度が必要か?
相対評価を考える。このとき競争相手同士は互いに助け合うインセンティブを持たない。反対に、組織に内で足を引っ張りあう妨害工作に発展する恐れがある。 https://gyazo.com/ec007d68b72224da856f6e6b73c4a761
妨害工作のあるトーナメント・モデル
トーナメントモデルを拡張し、妨害工作の可能性を導入する。
2人のエージェントが存在する。
各エージェント$ i=1,2は自分の成果を上げる努力$ e_{i}と他人の成果を下げる妨害工作$ s_{i}を同時に選ぶ。(ここで$ eはeffort、また$ sはsabotageの頭文字をとっている)
簡単化のため、エージェントの選択肢を以下の3つに限定する。
自分の成果を上げる努力のみをする。$ (e_i=1,s_i=0)
他人の成果を下げる妨害工作のみをする。$ (e_i=0,s_i=1)
何もしない。$ (e_i=s_i=0)
エージェント1と2が選択した$ (e_{1},s_{1})と$ (e_{2},s_{2})の下での二人の成果$ x_iは、
$ x_{1}=a_{1}(e_{1}-s_{2})+\varepsilon_{1}
$ x_{2}=a_{2}(e_{2}-s_{1})+\varepsilon_{2}
$ ε_iは不確実性を表し、期待値ゼロ、分散$ σ²の同一の分布から独立に選ばれる確率変数
$ a_iはエージェント$ iの生産性を表現しその値は全員が観察できる
以下では$ a_{1}=1,a_{2}=2とし、エージェント2のほうが生産性が高いとする。
成果が高いエージェントは$ u(W)を受け取り、負けた方は$ u(L)を受け取る
ただし$ u(W)>u(L)
エージェントは努力をすれば$ c、妨害工作を行えば$ (1+λ)cの費用を負担する
妨害工作の費用には、心理的費用や妨害工作が発覚した時に受ける罰則の費用も含まれており$ λ>0が成り立つと想定する。
エージェント1の問題
エージェント1が競争に勝つことができるのは、
$ (e_{1}-s_{2})+\varepsilon_{1}>2(e_{2}-s_{1})+\varepsilon_{2}
が成り立つとき
→これを書き換えると、
$ 2(e_{2}-s_{1})-(e_{1}-s_{2})<\varepsilon_{1}-\varepsilon_{2}
努力と妨害の効果<運の要素
例:A1もA2も努力した場合($ e_{1}=e_{2}=1, s_{1}=s_{2}=0のとき)
上の式は、$ (1-0)-2(1-0)>\varepsilon_{2}-\varepsilon_{1}
$ \Leftrightarrow -1>\varepsilon_{2}-\varepsilon_{1}\Leftrightarrow \varepsilon_{1}-\varepsilon_{2}>1
A1は努力の面ではA2に1だけ負けている。それでもA1が勝つのは、運の要素$ \varepsilon_{1}, \varepsilon_{2}で逆転したとき
下の図では、$ \varepsilon_{2}がゼロのとき、A1が勝つのは$ \varepsilon_{1}が1より大きいときということを示している
https://gyazo.com/3abee6f1230e7db4fb6c2347f483d74b
($ e_{1}, s_{1}, e_{2}, s_{2}を前提としたとき)エージェント1が勝つ確率は、
$ P \left[(e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1})>\varepsilon_{2}-\varepsilon_{1}\right]
ここで$ \varepsilon_{1}と$ \varepsilon_{2}が正規分布なら、$ \varepsilon_{2}-\varepsilon_{1}も正規分布になる(要確認)
$ P \left[(e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1})>\varepsilon_{2}-\varepsilon_{1}\right]
を図解すると、$ (e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1})が大きければ、A1が勝つ確率が大きいということ
https://gyazo.com/ed030cfc4608a0a119148f3d70ab9d35
密度関数を累積分布関数に書き換えると、
$ G((e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1}))
これは、密度関数を積分したものであり、確率変数$ \varepsilon_{2}-\varepsilon_{1}が$ (e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1})以下になる確率のこと。
https://gyazo.com/4146af805107a4001346afd31f4b8bce
この($ e_{1}, s_{1}, e_{2}, s_{2}を前提としたときの)A1の勝つ確率の式$ G((e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1}))を確認すると、
自分の努力$ e_{1}は$ +、相手の妨害$ s_{2}は$ -の効果を持つ。
また相手の努力$ e_{2}は2倍の大きさで$ -の効果、そして自分の妨害$ x_{1}は2倍の$ +の効果がある。
妨害工作のインセンティブ
生産性の高いエージェント2の視点から、勝つ確率を考える。
$ G(2(e_{2}-s_{1})-(e_{1}-s_{2}))
ここでA2の視点からは、
努力すると、効果は2でコストは$ c
妨害すると、効果は1でコストは$ (1+\lambda)c
なので、努力することは効果が大きくコストが小さい
→生産性が高い人は、努力・妨害・何もしないの3択なら、妨害するインセンティブはない。
次に生産性が低いエージェント1の視点から考える。A1が勝者となる確率は
$ G((e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1}))
A1の視点からは、
努力すると、効果は1でコストは$ c
妨害すると、効果は2でコストは$ (1+\lambda)c
妨害行為は、コストも高いが効果が高い。よって妨害行為を行うインセンティブをよく考える必要がある。
具体例:A2が努力を選んでいる($ e_{2}=1, s_{2}=0)とき、A1は努力するか妨害するか?
努力すると、$ G((e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1}))=G(1-0-2(1-0))=G(-1)<0.5
妨害すると、$ G((e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1}))=G(0-0-2(1-1))=G(0)=0.5
https://gyazo.com/5274b87d514ecc89c3700e834a77e8b8
それでは、A2が努力している($ e_{2}=1 )のときに、A1も努力するための条件を知りたい
そのためには、努力する$ \geq妨害すると、努力する$ \geq何もしないの二つの条件が成立している必要がある
A1が、妨害ではなく努力するを選ぶ条件
$ G(-1)u(W)+(1-G(-1))u(L)-c\geq 0.5u(W)+0.5u(L)-(1+\lambda)c
これは努力して(相対的に)低い確率で勝つケース(ただし費用は安い)のほうが、妨害して等確率で勝つが費用が高いケースよりも期待利得が大きいことを意味している
この式を書き換えると
$ \frac{\lambda c}{0.5-G(-1)}\geq u(W)-u(L) ーーー(1)
注意点:これまでに登場したインセンティブ制約などでは、$ u(W)と$ u(L)の差が十分に大きいことが必要であった。これに対して、足を引っ張らないためには、勝ち負けでの効用の差が小さいことが必要になっている。妨害行為の追加費用($ \lambda c)の大きさを前提としたとき、勝ち負けの差が大きければ、より妨害のメリットが大きくなってしまうから。
A1が、何もしないではなく努力するを選ぶ条件
A2が努力していて、A1が何もしないときの勝つ確率は
$ G((e_{1}-s_{2})-2(e_{2}-s_{1}))=G(0-0-2(1-0))=G(-2)
よって、A1が努力するためには
$ G(-1)u(W)+(1-G(-1))u(L)-c\geq (G(-2))u(W)+(1-G(-2))u(L)
が必要。
書き換えると
$ u(W)-u(L)\geq \frac{c}{G(-1)-G(-2)} ーーー(2)
注意点:こちらの条件は、勝ち負けで十分に差があることを求めている。
妨害工作を防ぐ契約
妨害工作は非生産的な活動であり、様々な負の外部性効果を生み出す。
例えば、妨害工作が起こると、企業内の人材選抜にノイズが入り優秀な従業員が選ばれなくなる
👆そもそも昇進競争はより良い従業員を選抜する装置でもあるから
今回のケースでは、A1が妨害、A2が努力すると、勝利確率は0.5ずつ
能力の高いひとのやる気が失われるなどもある
以下では、妨害工作が起こらない制度設計について考える。
そのためには上の(1)式と(2)式が両立する必要がある。
(1)式は、A1にとって妨害より努力、また(2)式は、何もしないより努力が良い条件だった
$ \frac{\lambda c}{0.5-G(-1)}\geq u(W)-u(L)\geq \frac{c}{G(-1)-G(-2)} ーーー(3)
つまり、$ \frac{\lambda c}{0.5-G(-1)}\geq \frac{c}{G(-1)-G(-2)}
になっていれば、そのとき適切に$ u(W)と$ u(L)を設定できる。
書き換えると、
$ \lambda \geq \frac{0.5-G(-1)}{G(-1)-G(-2)}
であり、妨害の追加コスト$ \lambdaが十分に大きければ、妨害なしの制度設計が可能。ここで右辺は1よりも大きい。
https://gyazo.com/5274b87d514ecc89c3700e834a77e8b8
分かったこと
妨害の追加コスト$ \lambdaが十分に大きければ、(3)を満たすように報酬を決めれば良い
反対に$ \lambdaが小さいときには、A1に努力を選ばせることができない
妨害されるくらいなら、何もしないを選ばせたほうが良い
そのためには$ u(W)と$ u(L)の差を十分に小さくする必要がある
どのような状況で妨害工作がより問題になるのか?
(1) 妨害工作の追加費用が小さいとき
$ \lambdaが小さいと、妨害コストが小さいので、A1に努力させるのを諦めて、妨害されるくらいなら何もしないでもらう
(2) 生産性格差
ここでは2と固定した生産性の格差が大きいとき、努力するよりも足を引っ張る。競争に参加するエージェントがより異質な時に妨害工作の可能性が深刻になる。よってグループ分けするなら、能力が近い人同士を競わせるべき。
(3) 外部との競争
外部との競争が強ければ、内部で足を引っ張り合う余裕はなくなる。共通の敵を外に作ろう。足の引っ張り合いをすると、$ u(W)や$ u(L)がまったく貰えないなら、妨害は起こりにくくなる。一方で、組織の中ですべてが決まるような閉じた世界では妨害工作の可能性がより顕著になる。
4チーム生産
ここまでは、個人の行動に関するモラル・ハザード問題に焦点を当てた
しかし、現実社会ではチーム生産が一般的である
チーム生産の環境では新たな問題が生まれる
成果が全体に共有されることによる、他者の努力へ「タダ乗りする(フリーライド問題)」
これはリスク分担とインセンティブのトレードオフとは異なるインセンティブ問題
以下の順でみていく
パートナーシップ問題の最適
パートナーシップの非効率性
パートナーシップ問題の解消法
パートナーシップ問題
想定する状況
2人のエージェント$ i=1,2による共同作業
各エージェントの成果は個別に観察することはできない
→チーム全体の成果のみが観察できる
プリンシパルは存在せず、エージェントのみで活動する
設定
エージェントは努力の水準$ a_iを同時に決定する
努力の費用は$ c(a_i)={c}\frac{a_{i}^{2}}{2}(ただし$ cは正の定数)
不確実性はなく、成果$ yは努力の合計$ y=a_{1}+a_{2}
成果$ yの配分方法は、
エージェント$ iのシェアを$ \theta_{i}として、常に$ \theta_{1}+\theta_{2}=1が成り立つ
(予算バランス制約=外から持って来れないし、捨てることもできない)
これより、エージェント$ iの効用は
$ u_{i}=成果-努力費用=\theta_{i}(a_{1}+a_{2})-{c}\frac{{a_{i}}^2}{2}
チーム全体の総余剰を最大にするファースト・ベスト(FB)の努力水準
→シェアを考慮しない、単純な総余剰の最大化
$ \max_{a_{1},a_{2}} a_{1}+a_{2}-{c}\frac{ {a_{1}}^2}{2}-{c}\frac{ {a_{2}}^2}{2}
エージェント1の努力選択とエージェント2の努力選択は独立の問題なので
$ \max_{a_{1}} a_{1}-{c}\frac{ {a_{1}}^2}{2} , \max_{a_{2}} a_{2}-{c}\frac{ {a_{2}}^2}{2}それぞれを求める
$ \left[a_{1}-\frac{c {a_{1}}^2}{2}\right]'=0 より、最適な努力水準は$ a_1^*=\frac{1 }{c}
また$ a_1^*=a_2^*=\frac{1 }{c} より、実現する成果は$ y^*=a_1^*+a_2^*=\frac{2}{c}
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過去のノートより
https://gyazo.com/edb9cebf96cbddeee72a7d6816a4124a
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パートナーシップの非効率性
上記の総余剰が最大化されている状態はチーム生産で実現可能なのか?
配分ルール$ \theta_{1}, \theta_{2}を前提とすると
各エージェント$ iは$ \theta_{i}(a_{1}+a_{2})-{c}\frac{{a_{i}}^2}{2}を最大化するように$ a_{i}を選択する
個人の最適な努力水準を$ {a_{i}}^{**}とすると
エージェント1は$ \left[\theta_{1}a_{1}+\theta_{1}a_{2}-{c}\frac{{a_{1}}^{2}}{2}\right]'=0 より、選択される努力水準は$ \theta_{1}=ca_{1}\Leftrightarrow {a_{1}}^{**}=\frac{\theta_{1}}{c}
また、努力の合計$ y=a_{1}+a_{2}より
成果$ y^{**}は$ y^{**}={a_{1}}^{**}+{a_{2}}^{**}=\frac{\theta_{1}+\theta_{2}}{c}=\frac{1}{c}が常に成り立つ
→これは、ファースト・ベスト$ y^*=a_1^*+a_2^*=\frac{2}{c}の半分となっている
$ \Leftrightarrow努力の合計が半分になっている
$ \Leftrightarrowチーム生産の場合、効率的な水準よりも努力が過少になる
このような結果になる理由
自分が費用を負担して成果に貢献しても、その一部を他のエージェントに取られてしまう
→努力のタダ乗り問題の発生
上記の問題を解消することは不可能
〈定義4.6 パートナーシップとただ乗り〉
チーム生産で成果を共有するパートナーシップでは、成果をエージェントすべて分け合う状況では、選ばれる努力水準はただ乗りの問題により必ず過少となる。
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過去のノートより
https://gyazo.com/6ca73ff71878871cc0de869082dc86d4
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予算バランス制約とプリンシパルの役割
教科書では、「効率性を達成するルールが存在しないという強い結論が成り立つためには、もう1つの決定的な要因が存在する。それは予算バランス制約だ」と書かれている
つまり、予算バランス制約を満たさなくて良いのであれば
ファースト・ベストでの効率性を達成することができる
予算バランス制約が果たす役割を見るために、生産量$ yに依存した配分ルールを考える
成果が$ yの時のエージェント$ iのシェアを$ \theta_{i}(y)とする
すべての$ yについて$ \theta_{1}(y)+\theta_{2}(y)\leq 1
上記の配分ルールは
不等号で事後的に成果を捨てることを許容している
→予算バランス制約が守られないかもしれないことを意味する
具体的にファースト・ベストの成果$ y^*=\frac{2}{c}が
達成→その成果は等分に分ける
未達成→全ての成果は没収される 場合を考える
このときの配分ルールは
$ \theta_{i}(y)=\frac{1}{2} if $ y\geq \frac2{c}
$ \theta_{i}(y)=0 if $ y<\frac2{c} であるとする
例えば、エージェント2が$ a_2=\frac1{c}を選択し
エージェント1が$ a_1\geq\frac1{c}を選択すれば
期待効用は$ u_{i}=\theta_{i}(a_{1}+a_{2})-{c}\frac{{a_{i}}^2}{2}=\frac1{2}(\frac1{c}+a_1)-c\frac{a_1^2}{2}となる
教科書p.112の「期待効用はシェアが固定の場合と同じで」の意味が分からない
教科書p.112-9行目は$ a_i\geq1/cで、12行目は$ a_1<1/cなのか?
https://scrapbox.io/files/632806d10422ac00216d927f.png
一方で、エージェント1が$ a_1\leq\frac1{c}を選択すれば
期待効用はゼロとなる
つまり、どちらか一方でも$ {a_{i}}^{*}=\frac1{c}未満の努力を選ぶと収入がゼロになってしまう
→ファースト・ベストの努力水準$ a_1^*=a_2^*=\frac{1 }{c} を取ることが最善となる
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過去ノートより
https://gyazo.com/4a7a0b768321a8955e407937eb0ad2d8
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この配分のルールの重要な点
チームの成果が目標に達しなかった場合は、グループ全体に罰則が課される団体責任
成果を捨てるという事後的に誰も得しないルールを守ることは難しい
成果を事後的に放棄することにコミットできればOK
第三者の介入があるとコミットできる
プリンシパルの存在
モニタリングではなく、罰則の強制する
企業の存在
パートナーシップではなく、階層的な構造を持つ組織形態にする