20221216労働経済論
石田・玉田(2020)『情報とインセンティブの経済学』有斐閣
標準的なテキストとして最近よく使われているもの
序章(情報・インセンティブ・契約)
1,情報とインセンティブ
インセンティブの重要性
人や企業といった経済に登場する主体をある行動へと誘う要因。
意思決定の背後にある動機や理由。
ex)「お金が欲しい」、「人と繋がりたい」、「出世したい」、「モテたい」等
なぜ、インセンティブが重要なのか?
→ 自己利益を追求したいというインセンティブで市場経済が発展するから
では、インセンティブを制限した場合は?
一部の国々が計画経済を行う(=政府が経済活動をコントロールする)
人々のインセンティブに基づく自由な意思決定が制限される
→ 深刻な停滞をもたらし失敗
つまり、インセンティブによる自由な意思決定が経済を発展させるためには必要
実際に、自己利益の追求を大切にする市場経済は社会に価値を多くもたらす
経済学の考え方
人や企業はインセンティブに反応し、それに従って行動する
経済活動の分析では「それが得になるから」というインセンティブを中心にする
インセンティブが誘うダークサイド
「それが得になるから」というインセンティブが人や企業をダークサイドへ導くことがある
=自己利益を追求することによって社会に悪影響を及ぼすということ
〈ダークサイドの3つのケース〉
ケース1) 銀行は社会インフラの1つなので、破綻しないように政府が保護している。
その結果、 銀行の融資先の選択がいい加減になり巨額の不良債権を抱え経営が悪化した。
理由:救済されるなら融資先のリスク等を気にせず融資→自己利益の追及
結果:経営破綻に陥り金融危機の恐れ
ケース2)産地をごまかした食材を消費者に高級食材として高値で販売した。
理由:高級食材と偽って売れれば供給者は得→自己利益の追求
結果:消費者側に疑心暗鬼が生まれ買い控えが起こる。
ケース3)大手メーカーに部品を納入している下町のメーカーは、約束していたはずの取引価格の
突然の引き下げを通達され、それを飲まざるをえなくなり経営が苦しくなった。
理由:価格を下げたほうが仕入れ費を安く済ませられる→自己利益の追求
結果:下町メーカーは今後の取引に慎重になる
3つの例に共通するのは、自己利益追求のインセンティブの尊重
これは必要だが、ダークサイドに堕ちる可能性もある
非対称情報とコミットメント
インセンティブが経済主体をダークサイドに導いてしまう理由
非対称情報の問題
コミットメント
Ⅰ,非対称情報の問題
ケース1
銀行の行動を日常的に観察でき、適切な評価ができれば、いい加減な経営は起きない
しかし、上記のようなことは不可能
銀行が選択した見えない行動(隠された行動)により適切な行動が選ばれなくなってしまう
ケース2
消費者は食材の産地や新鮮さを完全に知ることはできない
上記のように財・サービスの品質がわからない問題(隠された知識)により、
消費者は品質の区別ができなくなり、買い控え行動が起こる
Ⅱ,コミットメントの問題
ケース3
本来の取り決めから大手メーカーは立場を利用して部品を買いたたく恐れがある
そのため下町メーカーは疑心暗鬼になってしまい(潜在的には利益があるはずの)取引が抑制されてしまう
2,経済学の挑戦
契約理論とは
主に以下の二つのことを分析する。
(1)自己利益を追求するインセンティブに導かれてダークサイドに墜ちてしまうかもしれない理由を明らかにすること
(2)インセンティブがダークサイドに導くことがない契約や制度のあり方を明らかにすること
※「制度を憎んで人を憎まず」→自己利益の追求は悪いことではない。ダークサイドに堕ちてしまう原因は制度にある。
それが特になるため多少後ろめたいことでも実行してしまうのが人間である。
例/プロ選手の成績に応じてボーナスが支給される仕組み。年功序列による年を重ねれば出世や報酬アップなど。
「契約や制度をうまくデザインすること」が契約理論のチャレンジ
ノーベル経済学賞の受賞者たち
https://scrapbox.io/files/639bc2a7b87b6b001ef6f7eb.png
これから学ぶこと
第1部:モラル・ハザードの問題
隠された行動により適切な行動が選ばれなくなってしまう
第2部:アドバース・セレクションの問題
隠された知識または情報の非対称性により、商品やサービスを逆に淘汰してしまう
第3部:コミットメントの欠如の問題
前もって定めた約束事を確実に実行すること
第1章 期待効用理論とリスク分担
序論
この章で考える問題
・リスクがある状況で意思決定をどのように行うか
・リスクを伴う選択を実行する人としない人が存在する理由
・ビジネスのリスクを分担する事のメリット
・どのような人がより多くのリスクを負担できるか
上記の問題を分かりやすくするために、一つのたとえ話をする。
STORY『これからカフェを開業する話』
主人公は、
喫茶店を営んでいる。
ヨーロッパのようなお洒落で明るいカフェを日本で展開したいという夢がある。
アイデアのみが存在していて、出店するための資金が存在していない。
Q.資金を調達するためにはどうすればよいか?
A.自己資金や公的な起業支援を除けば、銀行からの融資か、投資家から出資をしてもらう。
しかし、日本でこのようなカフェが確実に成功するとは言えない。銀行はスタートアップへの融資が積極的ではなく、今のように小規模な時では、負債が大きな縛りとなってしまう。
ここで、簡単に銀行からの融資と、投資家からの投資の違いを簡単にまとめる。
銀行の融資
・資金の返済は、金利が付き、返済には義務がある。
→事業に失敗しても返済の義務が生じる。信用がなくなり、返済できなくなった時点で倒産の可能性が著しく高くなる。
投資家からの出資
・資金の返済は、出資自体が投資家の責任で行われるため、失敗しても返済の義務はない。
・投資家が株主になったとき、経営に介入され、起業家は事実上の雇われ経営者になる。
・出資してくれる投資家がいなければ資金が調達できない。
・経営者が、返済の義務がないため、経営に真面目にやってくれない可能性がある。(モラルハザード) 出資の大きなメリットは、失敗しても投資家の損失を埋め合わせる必要がないため、スタートアップのリスクを減らすことが出来る。
1. リスクと期待効用
資金調達とリスク分担
ビジネスは、
資金が必要。
リスクがつきもので必ずしも成功するとは限らない。
上記2つの事実から、ビジネスは必ず成功するわけではないため、資金提供をしてもらうためには、それなりの根拠が必要であることがわかる。
スタートアップが必ず成功するなら、誰もが我先にと資金提供してくれるので、資金調達に苦労しない。
→そのため、スタートアップに資金を円滑に提供する仕組みが必要。
ここで、改めて資金調達方法を確認すると、自己資金や公的な起業支援を除けば、銀行からの融資か、投資家から出資をしてもらうという方法がある。
融資の場合
起業家は金利を上乗せして負債を返済しなければならない。
失敗すれば、企業は倒産する。
起業家は信用を失い、返済の義務も負い続ける。(破産に追い込まれるなど、大きなダメージを被る可能性)
起業家にはリスクが大きい。
投資家からの出資の場合
株主となった投資家は利益を配当として受け取り、株価が上昇すればキャピタル・ゲイン(値上がり益)を得る。
失敗すれば、投資家は大きな損失を被るが、そのリスクは承知のうえの出資である。
起業家は投資家に資金を返済する必要はない。
大きな違いの1つは、融資には返済義務が生じるのに対し、出資には返済義務が生じないことにある。
つまり、スタートアップのリスクを起業家と投資家で分担する仕組み
投資家は株主として企業の所有者になり所有と経営は分離される。
そして、起業家は株主に雇われた経営者として経営に専念できる。
投資家は経営に介入するかもしれないし、起業家は経営者の地位を追われることもあるが、リスクを分担されるメリットは大きい。
株主と経営者のモデル
https://gyazo.com/d0a4ced89ff453c6fa4fa5fa9a272a09
投資家は起業家への出資により株式を取得し株主として関与する。
そして、自社株を持たないならば、起業家は経営者として実際にビジネスを営むことになる。
つまり、起業家は経営者に、投資家は株主となり、株主ー経営者の関係が成立する。(図1.1)
https://gyazo.com/ff714b2c3347530f603e60e280dd40d7
ビジネスはリスクに溢れているので、経営者が努力しても必ず成功するとは限らない。
ここで、
成功する確率 $ p(probability)
失敗する確率 $ 1-p
成功すれば収益 $ x_S(success) ($ x_S>x_F) ビジネスの成功はより大きな収益をもたらす。
失敗すれば収益 $ x_F(failure)
収益が発生した時、経営者は実現した収益から報酬の大きさが決まる。
$ x_Sが実現した時の報酬 $ w_S (経営者は実現した収益一部を
$ x_Fが実現したときの報酬 $ w_F 報酬として受け取る。)
しかし、効用は収益のみで決定されるわけではなく、労働時間など、業務にかかる労力を考慮しなければならない。
努力の費用 $ d(damage) ($ d>0)
効用関数(報酬からの満足) $ u(w)(utility function)
$ u(w)は効用関数と呼ばれ、経営者がwの報酬を得た時の満足を関数として表現したものであり、報酬が増えると経営者の効用も増加する。
経営者の効用 $ u(w)-d (期待効用と努力の費用に分けることが可能)
とする。
このように、業務に応じて変化する報酬を業績連動報酬という。(図1.2)
期待効用の考え方
経営者の報酬は不確実な収益の実現値に依存するので、経営者の効用もまた不確実。
不確実性のもとでの効用は、各報酬からの効用の期待値で評価する。
『定義1.1 期待効用』
経営者が$ pの確率で、$ w_Sの報酬を得られ、
$ 1-pの確率で、$ w_Fの報酬が得られる時、
リスクがある状況での経営者の報酬からの期待効用は、$ pu(w_S)+(1-p)u(w_F)となる。
不確実な報酬のもとで、経営者は期待効用を最大化するように行動している。
2. リスクに対する態度 (p.19~)
※「リスク」とは経済学では、危険という意味ではなく、結果にばらつきがあるということである。
ここで、期待効用の考え方が有効であることを確認するために、仮想的な賭けを考える。
その賭けでは、
参加者は1枚のコインを少なくとも1回は投げ、賞金は次のように決まる。
1回目:表ならば200円を受け取り完了。裏ならば2回目に進む。
2回目:表ならば400円を受け取り完了。裏ならば3回目に進む。
3回目:表ならば800円を受け取り完了。裏ならば4回目に進む。
4回目:表ならば1600円を受け取り完了。裏ならば5回目に進む。
5回目:表ならば3200円を受け取り完了。裏ならば6回目に進む。
6回目:表ならば6400円を受け取り完了。裏ならば7回目に進む。
:
では、この賭けに参加するためにいくら支払えるだろうか?
5000円支払えるだろうか?
おそらく多くの人は5000円を支払うことにためらうだろう。
なぜなら、賞金が5000円を超えるためには、コイントスを6回以上続ける必要があり、
コイントスが5回目までに終了する確率は$ \frac{31}{32}=0.96875となり、およそ$ 97\%である。
では、この賭けの賞金の期待値はいくらだろうか?
計算してみると
$ \frac{1}{2}200+\frac{1}{4}400+\frac{1}{8}800+\frac{1}{16}1600+\frac{1}{32}3200+\frac{1}{64}6400+.....
$ =100+100+100+100+100+100+.....=∞
となる。 つまり、無限大になる。
期待値で計算すると、たとえ参加費が1億でも、賭けに参加することは理にかなっている。
もし、「賞金の期待値」だけに興味があったら、
どんなに大きな参加費でも参加するべきだが、実際には、5000円でも支払う人は稀である。
この逆説を解消する方法は?
人々は期待賞金獲得額そのものではなく、賞金から得られる効用の期待値である期待効用を最大化すると考える。
特に、人々はたとえ賞金獲得額の期待値がかなり大きいとしても、
大きな確率でごくわずかの賞金が得られ、小さい確率で巨額の賞金が得られるようなリスクを許容しようとは考えない。
つまり、人々はリスクを回避したいと想定することが妥当であるということだ。
リスクを回避したい経営者
ここで、話を経営者報酬に戻してリスクに対する態度について考察する。
業務連動報酬を想定した場合、業績が良い場合には高い報酬を得られそうである。
おそらく$ W_{S}>W_{F}という関係が成立する。
少し極端な話だが、
$ W_{S}=2000(万円)、$ W_{F}=0(万円)という成功契約を考える。
また、$ p=\frac{1}{2}の確率でビジネスは成功し、$ 1-p=\frac{1}{2}の確率で失敗すると想定する。
すると、報酬の期待値は$ 1000(万円)となる。
では、$ (W_{S}\cdot W_{F})=(2000 \cdot 0)のような業績連動報酬と、ビジネスの成否に関わらず、
確実に報酬の期待値$ \bar{W}=1000を得るような固定報酬とでは、どちらを経営者は好むのだろうか。
個人としても家庭を持つものとしても、生活の安定は大きな関心事である。
たいていは不安定な報酬よりも安定的な報酬の方が好ましい。
つまり、$ u(1000)>\frac{1}{2}u(2000)+\frac{1}{2}u(0)という関係が成立しそうである。
サンクト・ペテルブルクの逆説でも確認したように、リスクを回避したいというわけだ。
この関係を認めるならば、$ 1000よりも少ない、例えば$ 800という金額を確実に受け入れるならば、
$ u(800)=\frac{1}{2}u(2000)+\frac{1}{2}u(0)が成立すると想定できる。
ここで、図1.3を見て説明を進める。
https://gyazo.com/a1c7a769cf82c9e4f497c389b92bc72c
これらが成功するためには、効用関数$ u(w)の傾き$ u'(w)は$ wが増えるにつれて緩やかになっていき、
グラフが上に向かって凸になっている必要がある。( $ u''(w)<0 )
このような関数は強い凹関数と呼ばれる。
経営者にとって、不確実な報酬$ (W_{S},W_{F})=(2000,0)と確実な固定報酬800はどちらも期待効用は同じ(=無差別)だ。
この$ 800は確実同値額(certainty equivalent)と呼ばれ、
業務に連動した不確実な報酬を確実な固定報酬で評価しなおしたものである。
そして、不確実な報酬の期待値$ 1000と確実同値額の$ 800の差額である$ 200はリスクプレミアムと呼ばれる。
経営者は不確実な報酬を避けるために、期待報酬額が$ 200だけ減少することを許容出来るということになる。
議論を一般化する。
https://gyazo.com/f426b9eb6c811e132a03396a4c5bf76f
経営者は確率$ pで$ Wsを受け取り、確立$ 1-pで$ Wfを受け取る。
そして、報酬の期待値は$ \overline{W}=PWs+(1-P)Wfとなる。
図1.4では、図1.3と同じく経営者の効用関数$ u(w)が強い凹関数となっている。
この時、
$ u(\overline{w})>pu(Ws)+(1-p)u(Wf) が成立し、
不確実な報酬$ (Ws,Wf)よりも、報酬の期待値$ \overline{w}を確実に得ることを経営者は望む。
そして、$ \overline{w}よりも小さい額である$ CEについて、
$ u(CE)=pu(Ws)+(1-p)u(Wf) が成立する。
この$ CEが確実同値額である。
またリスク・プレミアムは$ p=\overline{w}-CEとなる。
不確実な報酬よりもその期待値を確実に得る方が良いという経営者はリスクを嫌い、確実な報酬を好む。
そのようなリスクに対する態度はリスク回避的という。
実際、経営者も含めて多くの個人はリスク回避的だと考えられる。
例)
保険に加入する人は多いが、それはリスク・プレミアムの相当する額まで保険料を支払っても
リスクを回避したいと考えるからである。
リスク中立的な場合
もし、経営者が不確実であろうと、確定的であろうと得られる報酬の期待値のみに関心があるとすればどうなるだろうか。
先程の例に戻れば、確率$ \frac{1}{2}で$ 2000、確率$ \frac{1}{2}で$ 0を得るような報酬契約と、
その期待値1000を確実に得ることとが無差別となる場合だ。
このような状況は図1.5のようにあらわすことが出来る。
https://gyazo.com/9e0261f821792ce4e92560544121b322
この時、効用関数は$ u(w)=(w)のような直線のグラフとして描かれる。
不確実な報酬契約とその期待値を確実に得ることを同等に評価する場合、
そのようなリスクに対する態度はリスク中立的という。
リスク中立的ならば、不確実性の存在には関心がなく、ただの報酬の期待値が高いことを好む。CE(確実同値額)が期待値を下回った場合、リスク中立的はCEを取ることを好まない。
では、株主はどうだろうか?
株主となるような投資家は、資金を様々な投資先にも分散投資するようなポートフォリオを組んでいると考えられる。
その結果リスクも分散され、比較的リスクを許容できるようになる。
実際、金融危機のような経済全体に影響する大きなショックが起きない限り、
すべての投資先から損失を被るような状況は想定しづらい。
プラスもあればマイナスもある。
ただ、トータルでプラスであれば問題ないため、株主はリスク中立的であると考えられる。
リスク愛好的な態度
報酬の期待値を確実に得ることよりも、不確実な報酬契約の方が良いという経営者は確実な報酬を嫌い、リスクを好む。
このようなリスクに対する態度はリスク愛好家と呼ぶ。
効用関数の形状は、リスク回避的な場合とは逆にグラフが下に向かって凸になり、
強い凸関数である必要がある。$ (u''(w)<0)。
リスク愛好的な態度は通常ほとんど議論されない。
人はほとんど安定を好むため、リスクを受けいれるとしても、その理由は大きな期待値を見積もっていることにある。
故に、リスク愛好的な態度はリスク中立的な態度として考えてもよい。
よって、これからの議論にはリスク愛好的な人は登場しない。
リスク愛好的な態度も現実の人々の意思決定を考察するうえで重要であることを示している。
リスクに対する態度
https://gyazo.com/828877e3715f098a1f8658d13f6239cf
人々にリスクがある状況を許容させたり、リスクを伴う選択を実行させるには、リスク回避の程度を減らす必要がある。
株主のように選択肢を多用に出来れば、リスクを減らすことも可能だが誰にでも出来ることではない。
けれども、リスクを適切に共有することでリスクの許容が可能になり、経済に新たな価値をもたらすことが出来る。
---ここから個人的なメモ 引用する場合は削除してくださいトミタ マサヒロ.icon---
じゃんけんで勝てば20億もらえ、負ければ1円ももらえない賭けがある。ただし、この賭けを放棄した場合、10億確実にもらえる。
リスク回避的→賭けを放棄する一択。それどころか賭けを放棄した時、8億に減らしてくれてもいい。基本的な人や経営者に多い。
リスク中立的→賭けをする。株主などに多い。
第2章 モラル・ハザード:基礎編
STORY
他人に頼むことは難しい…
カフェ・チェーン→豊富な資金が必要
繁華街に店舗を持つ
洒落た内装
高性能のカフェ・マシーン
資金が足りないので投資家たちからできるだけ多く出資してもらいたい。
投資家(株主)が抱える不安
本当に適切に経営されているか→営業をサボってカフェで休息
私的な目的で浪費していないか→経営者が会社の資金を私的流用
無謀な投資をしていないか→危険な投資先に投資し、破綻した投資銀行が金融危機を引き起こす
誰かに働いてもらうことは難しく、いつも適切に働いてくれるとは限らない。
自己利益のみを追求した行動が他人や社会にダメージを与えることはよくある。
⇒これらの選択が行われる理由と防ぐための方法を考える。
1.モラル・ハザードとは
プリンシパルとエージェントの関係
1つのビジネスには多様な利害関係者が登場し、様々な取引が生じる。
https://gyazo.com/5fd309d31f1685ca66db547e6e6dfea4
投資家:経営者に資金提供してビジネスを実現してもらう
カフェ経営者:店長らに店舗の運営をしてもらう
患者:医者に病気や怪我の治療や健康管理を依頼する
預金者:銀行にお金を預けて資金の貸付先を探してもらう
フランチャイザー:加盟店に店舗の経営を依頼する
国民:政治家に国家の運営を委託する
事件の当事者:法的対応を弁護士に依頼する
一人の人が全ての営みを自らで行うことは非効率である。
また、医療や法的業務など専門化されたスキルが必要なものもある。
これらは、共通する枠組みを持っている。
⇒一方の主体がもう一方の主体に何らかの依頼を行うという関係
依頼する主体をプリンシパル(依頼人)、依頼される主体をエージェント(代理人)という。
エージェンシー問題
エージェントたちがいつも適切に行動するとは限らない。(冒頭のSTORYで紹介)
これらの共通点→エージェントが自己利益を追求し、適切と考えられる行動が選ばれていない点
Q.モラル・ハザードが起きるのはどんなとき?
A.エージェントの利害がプリンシパルの利害と一致しないとき
株主:株主利益を大きくしたい ⇔ 経営者:利益を度外視しても企業規模を大きくしたい
経営者:従業員に懸命に働いてほしい ⇔ 従業員:できるだけ楽をしたい
患者:必要な治療のみ受けたい ⇔ 医者:不必要な治療を施してでも診察報酬を稼ぎたい
国民:政治家に国民全体の豊かな生活を実現してほしい ⇔ 政治家:ロビイスト(議員や公務員)を優遇したい
これらの状況は、エージェントはプリンシパルと異なる目的を持っており、利害が必ずしも一致しない。
⇒エージェントが自発的に選ぶ行動は、プリンシパルにとって望ましいものではない
非対称情報と隠された行動
プリンシパルがエージェントの行動を観察できれば、それをコントロールすることも可能。
しかし、プリンシパルは観察することはできない。
経営者が適切な経営を行っていれば高い報酬を払い、不適切であればクビにする
⇒株主がいつも観察することはできない
医者が適切な治療を行っていれば治療を続け、不適切であれば医者を変える
⇒医療行為が適切かどうかを患者が判断するのは困難
よって、プリンシパルとエージェントの間には行動を観察できるかどうかについての非対称情報の問題があり、
情報が非対称であるので、エージェントの行動はプリンシパルにとっては隠された行動となる。
モラル・ハザードが起きるとき←行動選択についての情報が非対称なため、安心して任せられないという問題
モラル・ハザードが起きるのは、エージェンシー問題と隠された行動が重なるときだ。
エージェント:自身が選択した行動が観察されない→自己利益を追求する行動をする
プリンシパルとエージェントの利害は一致しない→エージェントの自己利益の追求はプリンシパルに損害をもたらす
Q.モラル・ハザードにどのように対処したらよい?
A.エージェンシー問題を念頭に置いて、適切な契約や制度をデザインする
【不適切な例】
給与が営業成績に依存しない固定給→営業マンに努力させることができない
給与が働いた時間にのみ依存する→効率性を無視して長時間働くようになる
破綻した金融機関を政府が救済する→金融機関が危険な行動を選択しがちになる
医療行為を行うごとに報酬が出る診察報酬制度→医師が過剰医療をしてしまう
人は与えられた適切な契約や制度の中で自身の目的に沿って行動するので、
エージェンシー問題を念頭に置いて、適切な契約や制度をデザインすることが重要である。
P.42 2 株主と経営者の間のモラルハザード
1章で出てきた株主と経営者のモデルを使用していく。
おさらい
投資家$ \to 起業家に出資をする
起業家$ \to 投資家からの投資で企業を経営
しかし問題が生じる
株主と経営者の利害が一致しない
株主には経営者の行動を観察できない
経営者が成功すれば$ X_{S}の収益で、失敗すれば$ X_Fの収益となる。(1章での復習)
当然$ X_{S}>X_{F}となる
(理由:儲かる為に起業したのだから当然より多くお金は欲しい)
ここで成功か失敗かは経営者の努力にかかっている。
努力=利益を出来るだけ上げるための行動
この経営者の努力に対して
$ e_Hを高い努力とし$ e_Lを低い努力(つまりサボり)という事にする
ここで$ e_Hを選ぶ経営者は$ d>0の費用がかかる。
(理由:努力すれば会社を大きくするのに趣味の時間等を削らないといけないから。)
反対に$ e_Lを選ぶ費用は$ 0になる。
(自分の好きな時間が削られてないから)
ここでモラルハザードの仮定をまとめる
株主:経営者の業績や収益は観察できる。努力は観察できない
経営者:$ e_Hを選べば100%成功するとも限らないし、$ e_Lを選べば100%失敗とはならない
(理由:ビジネスには常にリスクが伴っており努力したから成功するとはならないから)
このリスクを元にして幾つか仮定を立てる。
$ e_Hを選べば確率$ P_Hでビジネスは成功し$ 1- P_Hの確率で失敗する。
$ e_Lの確率を選べば$ P_Lでビジネスは成功し$ 1-P_Lの確率で失敗する。
$ 1> P_H > P_Lが成立し、実現した業績は努力の選択の不確実なシグナルである。
ここで言えるのは、高い努力を選べば当然成功する確率は上がるので$ P_Hを経営者が選ぶ可能性が高いという点だ。
しかし業績から経営者の努力水準を断定する事は出来ない。それはリスクがあるからである。
ここで株主をリスク中立的、経営者をリスク回避的とする。
利害の対立
期待値の公式 $ 事象の起こる確率\times 結果を当てはまると
$ e_Hの期待値 $ P_HX_S+(1-P_H)X_F
$ e_Lの期待値 $ P_LX_S+(1-P_L)X_F
$ X_{S}> X_{F}と$ P_{H}> P_{L}から
$ P_HX_S+(1-P_H)X_F>P_LX_S+(1-P_L)X_F
という関係になる。
これは収益の期待値からすると高い努力$ e_Hの方が良いという事になる。
ここで努力の費用である$ d>0を入れたとしても
$ P_HX_S+(1-P_H)X_F-d>P_LX_S+(1-P_L)X_F
となり結果として高い努力を取った方が良いと仮定する。
ここで利害の不一致に関してだが、もし経営者が一定報酬$ wを受け取ると
$ u(w)-d<u(w)となるので経営者は低い努力$ e_Lを選ぶ。
(理由:わざわざ一定数報酬を貰えるのに努力する理由がないから)
株主は、経営者に高い努力$ e_Hを選んでほしいため、利害の対立が存在していることがわかる。
社会的観点からも経営者にはなるべく高い努力$ e_Hを取ってほしい。
インセンティブを与えるには?
では経営者に$ e_Hを取ってもらうにはどうすれば良いか?
経営者の目的を株主に近づける。
経営者の行動等を観察する事
これにより株主は経営者の会社運営の方法を見る事が出来る。
例
監査
マニュアル作成や研修制度
しかし、この例のような事も予算や時間の都合等で必ずしも行えるとは限らない。
②経営者の目的を株主に近づける事
これは経営者にいかに$ e_Hを選んでもらうかである。
その為にも一番良いのは、経営者にやる気をもって貰う事である。
ただ単純にやる気に頼るは難しい。
また終身雇用も一つの手である。
この方法を用いればモラルハザードを無くせるだろう。
Column ❷ー2
ストック・オプションとは行使価格と呼ばれ事前に決められた価格の自社株を買う事が出来る権利の事。
結果、経営者の目的が株主に近づく。
隠された行動のもとでの報酬契約のデザイン
経営者や従業員にどのようにしてインセンティブを与えるか。
ここからは第1章の部分を用いていく
第1章でも書いてあるように実現した業績は確認可能なので報酬を依存させられる。
よって$ x_{S}が実現した時の報酬を$ w_{S}、$ x_{F}が実現した時の報酬を$ w_Fとする。
第1章と同じ様に株主が契約のデザインを行い提示し、経営者は賛同か拒否を出来る場合流れはこうなる。
https://gyazo.com/bd19aa63c84861f347970db4bfa08343
①株主が契約を作って経営者に見せる。
②経営者がどっちか選ぶ。
③受諾したら経営者は成功させる為の努力をする。
④成功か失敗か分かる。
⑤契約内容の報酬を得る。
ここで1章の違いというのが経営者が工夫という努力をする点である。
ではここでモラルハザードに対処する為に、株主の契約内容について考慮する点がある。
経営者が報酬契約を受諾する
経営者が高い努力$ e_Hを自発的に選ぶようにする。
一つ目(上の段)は1章でも扱った参加制約である。ここで経営者が頷けるような期待効用を持ってくる事が必須であり、 これは経営者が株主との契約を切った時に得られる効用(つまり留保効用)より大きくなければならないので
$ p_Hu(w_S)+(1-p_H)u(w_F)-d\geq{\bar U}
が成立する事が条件である。
二つ目(下の段)は新しい条件である。これは、経営者が$ e_Hの方を選択する事が得である事が必要になる。
ここで$ e_Hを選ぶと経営者の期待効用は$ p_Hu(w_{S})+(1-p_H)u(w_F)-dである。
反対に低い努力である$ e_Lを選ぶと努力の費用が無くなるが成功確率が$ p_Lに下がってしまう。
そして期待効用は、$ p_Lu(w_{S})+(1-p_L)u(w_F)となる
(これは、努力しなければ費用はかからないけど、成功しない確率が高くなっているから。)
以上の事から条件を出すと、
$ p_Hu(w_{S})+(1-p_H)u(w_F)-d\geq p_Lu(w_{S})+(1-p_L)u(w_F)
この上の条件がインセンティブ制約である。
この条件は、契約理論においては最も重要で株主と経営者の考え方の違いを無くしやすくして、インセンティブを与える条件である。
また、インセンティブ制約は
$ (p_H-p_L)(u(w_{S})-u(w_F))\geq dと書き換えも可能である。
ここで
$ p_H-p_Lと$ dはそれぞれプラス
効用$ u(w)は報酬が増えれば増えるほど増加する
なので$ w_{S}と$ w_Fの差が十分に大きい業績連動報酬を用いる事で自然と高い努力を選ぶようになる。
しかしそこまで上手くいくモノでもなく、$ w_S-w_Fを大きく出来ない条件が、
リスク分担の問題
有限責任の問題
この2つが関わってくる為である。
第2章で考える問題
なぜ適切に働いてもらうことは難しいのか。
→エージェント問題と隠された行動が重なり、モラルハザードが発生するため。
適切に働いてもらうためにはどのように報酬を与えればよいのか。
→参加制約とインセンティブ制約を満たす報酬。
リスク分担とインセンティブづけのトレードオフ
〇経営者の行動が観察できる場合
隠された行動がないため情報に偏りがない(情報の非対称性がないことを指す)
株主が経営者にリスクを負わせることなく高い努力を選ばせるためには?
→経営者が低い努力に相当する行為をすると罰則を与える
*この場合、経営者は高い努力$ eHを選ぶはず($ eLが選択されることはない)
例、コンビニエンスストアの仕事を2人体制で行っている。1人が自分、もう1人が店長
条件:バイトは時給制なので、業務を怠ったとしても報酬に差が出ることはない
バイト:店長がいないのであれば、サボっていても誰かに見つかる訳ではない。ゆえに業務をどのように行うかを考えるのではなく、どの様にバイトの時間を楽に過ごすかを考える。
しかし、店長が監視している場合→サボることはできない。
この時の罰則→シフトに入れない、解雇
よって、まじめに業務を行う$ e_Hを選ぶ
では株主に当てはめた時の問題は?
株主の期待効用(株主が貰えるお金、利益)と参加制約(経営者が満足して、会社を辞めない程度の給料)のもとで最大化するように報酬契約をデザインすることが目的
ここで経営者と株主の関係の間で考慮すべきことはリスク分担
リスク回避的な経営者に、無駄なリスクを負わせると期待報酬額を上昇させるので、株主が貰えるお金(収益から経営者の報酬額を引いたもの)が少なくなる。
リスク中立的な株主は固定報酬にすればリスクプレミアム分の報酬の期待値を減らせる
リスク中立的な株主がすべてのリスクを負担する固定報酬契約がベスト。このような取引から生じる価値(余剰)が最大化される取引のあり方を* ファースト・ベストという。 〇経営者の行動が観察できない場合
経営者の努力水準が隠された行動である場合(株主と経営者の間において情報の非対称性がある)
株主は監視を四六時中できる訳ではないため、$ e_Lを選択する可能性が出てくる
最適なリスク分担とインセンティブの付与は同時に達成できない(eHを選ばせるには株主だけではなく、経営者にも最適なリスク分担をしてもらう)➡リスク分担とインセンティブの間には* トレードオフが存在する。 *トレードオフとは、一方を得るためにはもう一方を諦めざるを得ない状況のこと
参加制約は経営者が会社の経営に参加してくれる効用、満足度
インセンティブ制約は業績連動報酬のこと
隠された行動のもとでの株主の問題は次のようになる
https://scrapbox.io/files/639bc3b3b5855e001efccc26.png
「画像の式の解説」
株主の利得(収益ー経営者の報酬)の最大化問題
経営者が株主との報酬契約を拒否し、得ることの出来る効用(留保効用)よりも報酬契約によって得ることの出来る効用が高いと考える、かつ業績連動報酬で高い努力をさせる方がお得だと思わせる(インセンティブ制約)
期待収益$ P_HXs+(1-P_H)X_Fは一定
株主の関心▶経営者の期待報酬額$ \barw=P_HW_S+(1-P_H)W_Fを小さくすること(得られた利益から経営者に支払うべき報酬を引いた差額が株主の利益となるため。)
https://scrapbox.io/files/639bc3af0602f2001ef97b05.png
「この図の説明」
・インセンティブ制約を満たすのはIC曲線より下側の領域(黄色の部分)
・参加制約を満たすのはPC曲線よりも上側の領域(水色の部分)
・どちらも満たすのは色の濃い部分
IC線の導出
$ p_Hu(ws)+(1-p_H)u(wf)-d>=p_Lu(ws)+(1-p_L)u(wp) (インセンティブ制約)
→$ u(ws)=\frac{d}{p_H-p_L}+u(wf)
Q.報酬契約を決める
A点…緑色の領域にA点はあるため、参加制約とインセンティブ制約どちらも満たす
しかし、A点において参加制約とインセンティブ制約が不等号で満たされている。
まずは参加制約を等号で満たすためA点→B点に移動させる
B点…A点よりもインセンティブ制約を満たしやすい
参加制約だけ等号になる(A点より$ w_Fは減少)
期待報酬額が減り、株主の効用が高い
しかし、
高い報酬と低い報酬の時の差が激しい
経営者にとってのリスクが大きすぎることを意味する
→経営者は失敗した時に得ることになる報酬が少ないことは嫌がる。経営者はリスク回避的であるため、受け取る期待報酬額を減らし(これは株主の期待効用の増加)リスクを減らす。B点→C点へ移動する
C点...参加制約とインセンティブ制約どちらも満たす
B点→C点に移動(B点より$ w_Sは減少、$ w_fは上昇)$ w_sと$ w_fの乖離幅が減少(45度線に近い)
参加制約とインセンティブ制約は等号となる(交点)
$ C点は$ (P_H-P_L)(U(W_S)-U(W_F)=d= \bar U
このC点からわかる事して、ファーストベストとして選択される最適なリスク・シェアリングの点に最も近い点でありながら、参加制約とインセンティブ制約を同時に等号で満たすモラルはザードのもとでの最適な契約の点であることを示す。
$ モラル・ハザードのもとでも最適契約
$ u(ws**)=\overline{U}+\frac{(1-p_L)d}{p_H-p_L}, u(wf**)=\overline{U}+\frac{p_Ld}{p_H-p_L}
〇セカンド・ベストの報酬契約
<<モラル・ハザードのもとでの最適契約の特徴>>
1.$ Ws**>Wf** が成立する
成功時報酬が失敗時報酬を上回る→業績連動報酬によりインセンティブを与える
2.dが増加すると$ Ws**とWf**の差額が増加する
→利害の対立の程度が大きくなると、より強いインセンティブを与える必要があるということ
3.$ pH-pLが減少すると$ ws** とwf**の差額が増加する
→$ X_Sが実現することに対して$ eHの影響が小さくなると、より強いインセンティブを与えなければ経営者が$ eLを選ぶようになってしまうということ。
<例>
高い収益になる確率$ P_H90%と低い収益になる確率$ P_Lになる10%だと努力したほうがいいと経営者は思う。しかし、高い収益になる確率$ P_H50%と低い収益$ P_Lになる50%だと無理に努力しても疲れるだけだからと経営者は思いサボる可能性がある。それでも$ eH選ばせるためには強いインセンティブが必要とされる。
4.株主の期待効用は隠された行動により低下する
隠された行動により最適なリスク分担は諦める場合、株主は経営者にリスクを負わせる必要がある。固定報酬契約と比較した際に、参加制約を満たすには、経営者にリスクを負わせた分だけ期待報酬額を引き上げる必要となる。
しかしより強いインセンティブを経営者に与えるための追加的費用(エージェンシー・コスト)が必要になる。このエージェンシー・コストがとても大きい場合には株主は、経営者にeHを選択させることを諦める可能性がある。
エージェンシー・コスト
モラル・ハザードのもとで、エージェント(ここでは経営者)にインセンティブを与えるためにプリンシバル(ここでは株主)が負担するコストのことを指す。リスク分担とインセンティブがトレードオフの関係にあるため、エージェントにインセンティブを与える際に最適なリスク分担を諦めることで生じる。
モラル・ハザードの問題がない場合、固定報酬契約を結ぶことで最適なリスク分担を実現できる。(ファーストベスト)しかしモラル・ハザードが生じている状況において最適なリスク分担は実現不可能であり、インセンティブ制約という制約の追加が求められる。ゆえにモラル・ハザードのもとで優れた報酬契約は追加的な制約のもとでの策である。
このように、最も優れている訳ではないが置かれた状況下において最適な契約はセカンド・ベストと呼ばれる。次善しか実現できない。
セカンド・ベスト
追加的な制約のために、ファーストベストを実現できない状況での最適な取引のこと。モラル・ハザードのもとではリスク分担とインセンティブのトレードオフを考慮した報酬契約を指す。
4.リスク中立的な経営者と有限責任の問題
最強のインセンティブづけ
経営者がリスク回避的ならば、報酬契約はリスク分担とインセンティブのトレードオフ
経営者がリスク中立的ならば、リスク分担は考慮せず、インセンティブの問題のみを考えることができる
その場合、効用は$ u(w)=wとすることができ、株主の問題は、
https://i.gyazo.com/d8455791eadeb5f4af7e43736579f479.png
この取引において$ e_{H}を選択するとき、$ p_{H}x_{S}+(1-p_{H})x_{F}-d(期待収益から経営者の費用を引いた取引価値)
経営者が契約せず関係が崩れると、経営者は$ \bar{U}が得られ、株主は何も得られない。
→取引の純利益(余剰)の期待値$ Vは、$ V=p_{H}x_{S}+(1-p_{H})x_{F}-d-\bar{U}となる
参加制約が等号で成立する報酬契約を考えると、$ p_{H}w_{S}+(1-p_{H})w_{F}=d+\bar{U}を満たす。
株主の利益は、$ p_{H}(x_{S}-w_{S})+(1-p_{H})(x_{F}-w_{F})=p_{H}x_{S}+(1-p_{H})x_{F}-d-\bar{U}=V
→株主は純利益を全て得ることができる。
株主がビジネスの成否に関係なく、常に$ Vを得る場合を考える。
経営者への報酬は、$ w_{S}*=x_{S}-V, $ w_{F}*=x_{F}-V
この契約で、
$ e_{H}を選ぶと$ p_{H}x_{S}+(1-p_{H})x_{F}-d-V
$ e_{L}を選ぶと$ p_{L}x_{S}+(1-p_{L})x_{F}-V
もともと$ p_{H}x_{S}+(1-p_{H})x_{F}-d> p_{L}x_{S}+(1-p_{L})x_{F}を想定していたので、インセンティブ制約を満たす
経営者が$ e_{H}を選んだ時の期待効用は$ \bar{U}と一致 → 参加制約を満たす
→この契約では、株主は取引から生まれる純利益すべて確保したうえで、経営者に$ e_{H}を選ばせることができる
強いインセンティブを与えるには
株主が業績に関係なく一定額を確保するなら、経営者は残りの部分を受け取る残余請求者となる
→経営者が業績のすべてのリスクを負うことを意味し、経営者の目的は株主の目的と一致する(100%のインセンティブ)
例として、事業者が特許技術を使用することを考える
定額の特許使用料を毎月支払うのみで、事業者は使用料以外のすべての収益を手にする残余請求者
所有者(プリンシパル)は特許使用による開発発展、使用料収入を望む
事業者(エージェント)は使用料以外の開発失敗のリスクなどすべてを引き受けながら収益の最大化を目指す
エージェントにリスクを負担させることでインセンティブを与え、プリンシパルの利害と一致させる
しかし、リスクのエージェントへの移転は万能ではない
例えば、患者(プリンシパル)と医者(エージェント)の関係で、健康リスクを医者が全て引き受けるというのは不可能
また、強いインセンティブを与えることができない理由として、エージェントにマイナスの報酬を要求できない有限責任がある
有限責任のもとでの契約
収益から賃料などの一定額を支払うと赤字に陥ることがある
しかし、会社が赤字といって経営者や従業員の報酬がマイナスになることは制度上できない
報酬をマイナスにするような契約が強制できないなら、常に0以上でなくてはならない有限責任制約がある
https://i.gyazo.com/cda546d8956e0e04907399e1a9da68f9.png
株主の問題は、
https://i.gyazo.com/03982e26af0109e0f8167cda69621a43.png
https://i.gyazo.com/5f39924f3c23d69e89ce1b0362e88821.png
IC線:インセンティブ制約
$ p_{H}w_{s}+(1-p_{H})w_{f}-d≥p_{L}w_{s}+(1-p_{L})w_{f} インセンティブ制約を等号で満たす $ (w_{s},w_{f})を示す 具体的には$ w_{f}=w_{s}-d/(p_{H}-p_{L})によって与えられる
有限責任制約のもとで株主の利益の最大化するには、 $ w_{f}=0であり、インセンティブ制約を満たす最小の$ w_{s}
→$ (w_{s},w_{f})= ( \frac{d}{p_H-p_L},0)(点A)
点Aが株主の利益を最大化する点として選択される理由として、得られる報酬が負の値になることはあり得ないからである。(貰える給料が今月−30万円です。と言われることは現実社会で考えてもあり得ない)
PC線:参加制約$ p_{H}w_{s}+(1-p_{H})w_{f}-d≥\bar{U}を等号で満たす$ (w_{s},w_{f})を示す
$ w_f=\frac{-p_Hw_s}{(1-p_H)}+\frac{d}{(1-p_H)}+\frac{\overline{U}}{(1-p_H)} によって与えられる
*PC線上では,株主は純利益(V)をすべて確保できる
$ w_{f}=0
→$ (w_{s},w_{f})=(\frac{d+\bar{U}}{p_{H}},0)...点$ Bと点$ B'のケース
▷$ \bar{U}が小さい場合◁
点$ Bは点$ Aの左側にあるためインセンティブ制約を満たさない
有限責任→参加制約とインセンティブ制約を同時に等号で満たすことは不可能
インセンティブ制約を満たす範囲での最適な報酬契約 点$ A
$ (w_{s}**,w_{F}**)=(d/p_{H}-p_{l},0)
留保効用が小さければ、さほど大きな報酬でなくても経営者は契約にサインする
しかし、 有限責任→経営者にインセンティブを与えるためには留保効用を超える上乗せ(レント)が必要
→エージェンシーコストとなる
リスク中立的であってもプラスの報酬を増やすことでしかインセンティブを与えることができない。
▷$ Ūが大きい場合◁
点$ B'は$ Ūが大きい場合を想定
点$ B'は点$ Aの右側
→インセンティブ制約と参加制約を同時に満たす
➡経営者は自発的に$ e_{H}を選ぶ
留保効用が大きい場合参加制約の報酬はある程度大きな報酬となるためその報酬を得ることが経営者にとってのインセンティブとなる➡エージェンシー・コストは発生しない(有限責任の下でも)