20221007労働経済学
『日本の労働市場』第5章「高齢者雇用の現状と政策課題」
1 はじめに
高齢者の就業を促進する必要性→現在では、60歳以上に定年を設定する必要がある→65歳までの継続雇用を会社に求める→70歳まで、働き続ける場を提供することを努力義務とする
年金の支給を減らしたい=高齢化に伴う社会保障制度の維持
人手不足対策→高齢化に伴う労働力確保
2000年代に、年金支給開始年齢の引き上げや在職老齢年金制度の変更
労働供給を促す方法での年金制度改革が行われた
本章では、2000年代以降の時期について、基本データと先行研究を概観する。
2 60才以上の就業率・就業者数の推移
2.1 60歳代前半の動向
2000年代に入って、高齢者雇用をめぐる状況が変化した。
2001年から、年金支給開始年齢の65歳への段階的引き上げ
2006年には、改正高年齢者雇用安定法による企業への継続雇用措置の導入義務付け
最も影響を受けるのは、60歳代前半の男性
就業者数と就業率の推移
https://gyazo.com/db66e80ebe0203274250a26735048cf4
2006年から2007年にかけて就業率が急上昇する
高年齢者雇用安定法の影響
団塊の世代が60歳になり、技能継承などの観点からの継続雇用が行われた
現場では「2007年問題」が指摘されていた→会社が頼み込んで継続雇用した
2012年から就業者数が減っている
団塊の世代が65歳になったことが理由
流石に働き続けるよりもリタイアしたい人が増えた
現場では「2012年問題」と言われ、体力的にも精神的にもまだまだ活躍できる高齢者に対しては、企業が継続雇用を申し込んだ経緯もある
女性についてはどうか
就業率は一貫して上昇している
50歳代までフルタイムの正社員である女性が少なかったため、政策変更の影響を受けにくい
https://gyazo.com/f233108494ca7562ae2af8f24dbf7465
2.2 65歳以上の動向
https://gyazo.com/6ffc18b1b89900e6ea9a89a22fc4f2c4
65歳から69歳まで
2000年代は男性は横ばい、女性はやや上昇傾向
2012年以降は速いペースで上昇
2006年に改正された高年齢者雇用安定法の対象者が65歳になり、その後も働き続けているから
https://gyazo.com/863f572d2bc4246cbcaa8f4a90fe28bd
70歳以上
就業率は横ばい
なぜ70歳以上については、他の年代とは異なり、上昇していないのか?
安藤至大.icon考えてみよう!
Case1
70歳代が100万人いて、50万人働いている
80歳代が100万人いて、全員働いていない
このとき就業率は?25%
Case2
70歳代が100万人いて、60万人働いている
80歳代が100万人いて、全員働いていない
90歳代が100万人いて、全員働いていない
このとき就業率は?20%
考えられる理由
70歳以上としているので、80歳以上や90歳以上の高齢者が増加している効果(分母が増える)←教科書の説明
例えば70歳から74歳などと区切れば、年齢階層内の就業率は上昇傾向にあるはず
2006年の高年齢者雇用安定法の対象者が70歳以上になるのは、2016年以降なので、このグラフに現れていない
本当にそうか確認してみよう→確かに、2017年以降は、70歳以上の就業率は上がっている→制度変更からその効果が統計に現れるまでには時間的な遅れが発生する点に注意しよう
https://gyazo.com/0d040d16d4ed9f244ca2857958411ef1
参考:就業率等のより新しい数値は?
3 年金と雇用の接続問題
3.1 厚生年金支給開始年齢の引き上げ
それまで60歳だった厚生年金・共済年金の支給開始年齢が2001年から段階的に引き上げられた
2021年までに65歳からになる
国民年金は最初から65歳が支給開始年齢
https://gyazo.com/cc7cf81a0989ea878cf875f889c74843
3.2 高年齢者雇用安定法の改正
高年齢者雇用安定法
高年齢者の雇用安定、定年退職者などの就業機会の確保・雇用促進が目的
1971年に制定され、その後に何度も改正されてきた(最近の改正法は2021年4月施行)
雇用確保措置(65歳までの雇用確保を企業に求めている)
定年引き上げ、継続雇用措置、定年廃止の3種類のうちの少なくとも一つを採用
定年は、法律で60歳以上に設定する必要がある。多くの企業では60歳を定年としている。これを65歳などに引き上げる
定年という仕組みを辞めてしまい、働ける限りは働いてもらう(→年齢を理由として仕事をやめてもらうことができないので、企業側は労働者が仕事をこなす能力を失ったことを立証したり、当人を説得するなどの手間暇が追加で発生することになる)
定年は従来(例えば60歳)のままで、その後は新たに別契約として雇用を継続する(=継続雇用制度の導入)
8割の企業が定年は60歳を維持して継続雇用制度を採用している
2013年4月施行の改正により、希望者全員を対象とすることが義務になった
ただし労働条件については規定がないので、従来とは異なる仕事に就いてもらうことや大幅な賃金の引き下げも可能
例えば、トヨタ自動車では、これまで積極的に継続雇用をしていた技術者など以外は、清掃や緑化の仕事に低賃金で就くこと要請するなど、法制度の求める最低基準しか提示していない
3.3 60歳代前半男性の就業率に与えた影響
現在の高齢者では、60歳定年まで正社員として働き続けた女性が少ないことから、男性に注目する
年金支給開始年齢の引き上げの効果
年金を貰えない年齢の人は、就業状態にかかわらず、年金支給額の分だけ収入減
実証分析
定額部分の支給開始年齢の引き上げ
石井・黒沢(2009)「高年齢者就業実態調査」を用いて、定額部分の支給開始が2歳引き上げられることで就業率が約3%上昇したという結果(定性的には増えることは予想できるが、定量的に示している点が重要)
報酬比例部分の支給開始年齢の引き上げ
金額が大きいことから労働供給に与える効果も大きくなることが予想される
山本(2008)「慶應義塾家計パネル調査」を用いて、2006年4月の改正以降で60歳から62歳時点での就業率が有意に上昇したという結果
Kondo and Shigeoka (2017) 「労働力調査」を用いて、対象の前後1年を比較することで、統計的に有意な雇用就業率の上昇を示している。また効果は大企業のみに偏っている。中小企業は、以前から60歳で退職する割合が低かったから
安藤至大.icon教科書の記述を前提に、何か研究テーマになるアイディアがないか考えてみよう。例えば、産業別に、効果の違いはあるのか?どんな産業では、高齢者の就業率がより大きく増加し、どんな産業では増加の程度が低いのか?
安藤至大.icon予想として、知的労働や体力面で負担が大きい仕事は、高齢者の継続雇用は難しいはず。これに対して軽作業が中心の仕事に高齢者は移動しているのではないか? 例えば、最近は、集合住宅(いわゆるアパートやマンション)の管理・清掃の仕事に就いている高齢者は多くみられる。
安藤至大.icon例えば、大学教員はどうか? 日本大学の場合、定年の年齢は65歳になっている。そのあとは研究業績の評価を受けた上で、1年ごとの契約更新で、70歳まで働くことができる仕組みが採用されている。しかしこれは学生にとって良いことか?
3.4 若年層への影響
高年齢者雇用安定法により、大企業を中心に60歳代前半の就業率を増加させる効果
一方で、若年層の雇用機会が奪われる可能性も指摘されている(代替的)
しかし高年齢者が働き続けることで、若者の雇用が増える効果もあるかもしれない
2007年問題や2012年問題に注目が集まっていた時期には、教育指導役になることができる高齢者がいなければ若者も雇われなかったという意味で、補完性があるかもしれない
高齢者の雇用維持が若年者の雇用に与える影響を実証的に示すのは難しい
継続雇用措置の義務化自体は企業にとって外生のイベント
60歳に達した従業員数と新規採用数が正確にわかるパネル・データがあれば、DIDの手法により厳密な検証ができるはず
$ \log Y_{it}=\alpha \log X_{it}\times after_{t}+\beta \log X_{it}+\theta_{i}+\tau_{t}+\varepsilon_{it}
ここで$ Y_{it}は企業$ iの$ t年の新規採用数
$ X_{it}は60歳に達した従業員数
$ after_{t}は2006年以降を示すダミー変数
$ \theta_{i}は企業の固定効果
$ \tau_{t}は年効果
ここで係数$ \betaは、法改正前に60歳に到達した従業員が$ 1\%増えたときに新規採用数が何$ \%変化するか
$ \alphaは法改正により、それがどれだけ変化したのかを表す
$ \alphaが有意にマイナスであれば、継続雇用措置の義務化により新規採用が抑制されたと言える
しかしこの分析を可能にするデータがない
間接的な検証しかできず、分析により結論に違いがある
Kondo (2006) 「雇用動向調査」から大規模事業所のパネル・データを構築
年齢別の従業員数が5歳刻みでしかわからない
60歳に到達した従業員数の代わりに、50歳代後半の従業員数を用いた
継続雇用措置の義務化が若年のフルタイム雇用を抑制するような効果は見られなかった
永野(2014)「雇用動向調査」の事業所票のミクロデータをクロスセクション・データとして用いた
雇用を増やす企業では、若者から増やす傾向がある
2009年に雇用確保措置の影響で60歳代の雇用が増えているが20歳代の雇用は減っていない
太田(2012)「雇用動向調査」の産業レベルの集計データ
55歳以上に占める60歳以上の比率が若年労働者数に占める新規採用の比率に与える影響が、2006以降のみ有意に負になる
継続雇用措置の義務化が若年の新卒採用を抑制した可能性がある
ただし若年に影響を与えるのは男性の比率であり、女性ではない
新卒だけではなく転職入職も含むと、女性は有意だが男性は有意ではない
安藤至大.icon高年齢者と若年者の労働力が補完的か代替的か、または無関係かが重要。これを簡単な理論モデルで表すことができるか?
安藤至大.iconまだ議論に決着がついていない。どのような調査をすれば、高年齢者の雇用継続政策が若者の雇用に悪影響があったのかなかったのかを結論づけられるか?
課題
データの不足から、高齢者の雇用促進策が若年層の雇用に与える影響はわからないというのが現状
なぜアンケート調査を行わないのか?
アンケート調査をするとしたら、企業経営者や人事担当者に対して「あなたの会社では、高年齢者の雇用が義務化されたら若者の採用を増やしますか、減らしますか?」または「増やしましたか、減らしましたか?」と質問する
なぜこれでは不適当か。経済学研究におけるアンケート調査の位置づけを調べる
顕示選好の考え方より、実際に何を選んだのかを通じて人々の好みを知ろうとすることが一般的だった
アンケート調査を補助的に活用するとしたら、誰に何を聞けば良いのか
経営者に、実際に若者の雇用を増やしたか減らしたか、また理由を聞く
継続雇用になった高年齢者に、あなたの仕事は定年前と変わったのかをきく
あなたは若者の指導をしているのかをきく
4 在職老齢年金制度と労働供給
4.1 在職老齢年金制度とは
年金支給開始年齢に達した後も就業し、一定の収入を得ている場合に、年金を減額して支給する制度
1965年にこの制度ができるまでは、在職中は年金の支払いがなかった
この制度により、在職していても年金がもらえるようになった
ただし現時点では、働いていると年金を減らされてしまう制度と捉えることになる
安藤至大.iconなぜこのような仕組みが導入されているのか考えてみよう
制度の概要
64歳未満
一ヶ月あたりの年金受給額+給与が、合計28万円までは年金を全額受給できる
それを超えた分は、超えた分の半分だけ年金がへる
給料が46万円を超えると超えたぶんと同じだけ年金が減額される
65歳以上
年金と給与の総額が46万円までは年金を全額受け取ることができる
それを超えると超えた分の半分だけ年金が減額される
安藤至大.iconこれを図解してみよう
https://gyazo.com/5d96fd853147b46e96139bd68193acd6
基準を超えると、給与を受けた分の半分だけ年金が減るので、50%の税金をかけられているのと同じこと
労働供給を抑制する効果を持ち、労働供給を歪めてしまう($ i^{**}<i^{*})
雇用ではなく、自営業や、社会保険の適用がない短時間就業を促進する効果もある
https://gyazo.com/d70aef8d1cc920c4e6611e6c9e0e3faa
4.2 労働供給への影響の実証分析
1990年代までのデータを用いた研究は多い
そのほぼすべてが、在職老齢年金制度が労働供給抑制効果を持つとしている
2005年以降は、65歳未満は就業しただけで年金一律20%カットというルールが変更されて、総額28万円までは減額がなくなった
労働供給を抑制する効果は小さくなったはず
ただしまだ研究は少ない
安藤至大.icon労働供給に与える効果について、最近のデータを用いて検証できないか?
5 再雇用 vs. 定年年齢引き上げ
5.1 年功賃金と定年制の理論
定年制度の合理性
Lazear (1979) の後払い賃金モデル
後払いにすることで怠業を抑制できる
高齢者は、後払い部分だけ、生産性よりも高い賃金を受け取る
平均的に貸し借りが精算される段階で、雇用契約を打ち切る定年制度$ \bar{t}が必要になる
安藤至大.icon図で示してみよう。わかりやすい図を作成することは、説明のためにも不可欠
https://gyazo.com/fa54f6b00965b31d792c2ed5817312c1
定年年齢を5歳引き上げた場合
現行の賃金プロファイルのままで退職年齢が5歳引き上げられると、生産性よりも賃金が高い状況が5年増えることになる
多くの企業では赤字になる
企業はどのように対応するのか
賃金プロファイルを見直して、中高年の賃金上昇を抑える
しかし不利益変更は難しく、時間がかかる
定年後の再雇用制度を導入した場合
生産性に見合った賃金で再雇用すれば良い
こちらを選ぶ企業が8割以上であることは、このような背景がある
5.2 企業規模による違い
https://gyazo.com/f26712c85d37ae2d567f264b90938800
企業規模に注目すると、若いうちは賃金の差は小さいが、勤続年数に応じて格差は広がる
50歳代でその差が最大になるが、60歳以降は急速に差が縮小する
大企業では年功賃金が採用されているが、定年後の再雇用では生産性に見合った賃金になっていることが示唆される
中小企業は、比較的生産性に見合った賃金を支払い続けていることが考えられる
安藤至大.icon上の図に大企業で働く労働者の生産性を描くとしたらどうなるか?
5.3 再雇用者の処遇をめぐる問題
再雇用により、生産性に見合う水準になるだけとはいえ、賃金が大幅に低下する
本人の就業意欲に悪影響がある
職場全体にも悪影響が発生しうる
現役時代には後払い賃金(=年功賃金)がモチベーション維持に役立っていたとすると、再雇用時はどのようにしてモチベーション低下を解決するのかは今後の課題
安藤至大.icon再雇用労働者のモチベーション維持については、その手法や効果についても分からないことが多い
6 おわりに
今後は60歳定年+再雇用から、定年の引き上げまたは定年制の廃止という形で、処遇の不連続性が解消されていく可能性がある
高齢者雇用の問題は今後も重要
日本は高齢化の先進国
他国でも高齢化の進展がみられる
課題
データの不足から、高齢者の雇用促進が若年層の雇用に与える影響はわからないというのが現状
なぜアンケート調査を行わないのか?
アンケート調査をするとしたら、企業経営者に対して「あなたの会社では、高年齢者の雇用が義務化されたら若者の採用を増やしますか、減らしますか?」と質問する
なぜこれでは不適当か。経済学研究におけるアンケート調査の位置づけを調べる
アンケート調査を補助的に活用するとしたら、誰に何を聞けば良いのか
継続雇用になった高年齢者に、あなたの仕事は定年前と変わったのかをきく
あなたは若者の指導をしているのかをきく
【教科書外の検討事項】
女性の就業と高齢者の就業はリンクしているのか?
三世代同居をしていると、女性が働くことができる代わりに高齢者は子育てを担当する?
三世代同居率と女性の就業率の関係は?
https://gyazo.com/12b1f7b0f0ccfd3b946c9c6d0c3a0d37https://gyazo.com/7d5bc8627c256fed94376f7051919c74
高齢者の就業率を地図に示したものはあるか?
女性の就業を考える上で、育児負担は重要
夫または妻の両親と同居したいか?
または子供を保育所に預ける
夫に専業・兼業主夫として家事労働をしてもらう
住み込みや長時間勤務のナニーを雇う
そもそも子供を持たない
これからの現役世代の労働に関する課題
高齢者の介護も重要
大手企業でも介護離職が問題となっている→介護を抱える労働者に対して在宅勤務を許容する会社が増えている
高齢者との三世代同居・近居は、現役世代が若いうちは子育て支援、歳をとると親の介護
Elderly parent health and the migration decisions of adult children: Evidence from rural China
Parental Care and Married Women's Labor Supply in Urban China
高齢者は働き続ける?
Ceaseless Toil? Health and Labor Supply of the Elderly in Rural China