20220923労働経済学
『日本の労働市場』第7章「移民・外国人労働者のインパクト」
1 はじめに
日本において、代表的な外国人は「在日韓国・朝鮮人」と呼ばれる人たちであったが、高齢化や帰化により、人数が減少している。2020年末の特別永住者数は30万人強。
日本の外国人は、人数の増大と出身国・地域の多様化が進んだ。
2019年末の時点で、195の国と地域の293万人が在留している
国籍別では、78万人の中国が27.0%で最多、45万人のベトナム(15.5%)・43万人の韓国(14.8%)・28万人のフィリピン(9.7%)と続いている
安藤至大.icon直近のデータはどうか?
どのような目的で在留しているのか
好景気であった1980年代後半から、就労目的の入国者が急増した
1990年に「出入国管理及び難民認定法(入管法)」が改正された
高技能外国人の受け入れを積極的にする
単純労働者の受け入れは慎重にする
1993年に技能実習生度が創設された
2 日本における外国人労働者に関するデータ
外国人の日本在留の実態を政府統計から調べるのはデータが少なく難しい。調査項目に個人の国籍区分を設けた政府統計がほとんどなく、利用可能なのは、法務省「在留外国人統計」、総務省統計局「国勢調査」、厚生労働省「外国人雇用状況調査」に限られる。
2.1 在留外国人統計(旧登録外国人統計)
在留外国人(中長期在留者と特別永住者)が対象。各年末時点で有効な在留資格を持つすべての外国人について、資格別に在留状況を把握できる。
2.2 国勢調査
日本に居住するすべての人を対象として、5年に一度実施される。外国人も調査対象に含まれる。年齢や性別といった個人属性、配偶関係、労働力状態、仕事の種類や従業上の地位などの集計値が国籍別に公表されている。
2020年の国勢調査については、速報の数字が少しずつ出ている段階
ただし最近は、回答者の割合(回収率)が減っている点には注意が必要
2.3 外国人雇用状況報告
厚生労働省が実施。1993年から2007年までは、従業員50人以上の全事業所と必要に応じてそれ以下の事業所に対して年に1回の調査が行われていた。2008年からはすべての事業所に、外国人労働者の雇い入れと離職の際に届出が義務付けられている。
雇用されている外国人は、約172万人で過去最高を更新
注意点
1人の外国人が複数の事業所で働いているケースがあり、「のべ人数」である
事業主が外国人従業員の在留資格や在留期間を正しく報告していない可能性
報告義務のない特別永住者を届出てしまっている可能性
2.4 3つの政府統計
上記の3統計は、それぞれ一長一短がある。目的に応じて使い分けることが必要
在留外国人統計と国勢調査では、在留外国人数に大きな違いがある。後者の方が少ない。なぜか
調査時期の違い(国勢調査は10月1日、在留外国人統計は12月末時点の数字)
対象者の違い(国勢調査は常住者のみが対象で、在留外国人統計には再入国許可を持つ一時帰国者も含まれる)
回答率の違い(国勢調査は多言語対応やオンライン化の不足により、外国人の回答率が低い)
2.5 日系人労働者
日本の法体系で独自の「日系人」について
「日本国籍を有する永住者及び日本国籍を有しないが日本人の血統をひく帰化一世、二世及び三世等」の総称
全世界に360万人以上の日系人や海外移住者がいると推定されている
そのうち約213万人は、ブラジルなど中南米に居住する
日本に在住する日系人が「在日日系人」
労働力率が高い
在留資格により、就労職種に制限がない
製造業を中心に、単純労働の仕事に就くことが多い
当初は「出稼ぎ」が中心だったが、結果的に永住者になる日系人も増えていった
3 アメリカにおける外国人労働者に関する研究の論点
移民研究の本場はアメリカ
1965年の移民法改正後の移民の質の変化により、データを用いる研究が増えた
移民の出身地域がヨーロッパからラテンアメリカやアジアに変化した
新たに流入した移民は、生活面や労働市場において異質性が高かった
アメリカ人の生活や雇用に与える影響を調査する必要性
移民研究の理論的基礎
まずは基本的な需要供給モデル(例えば、クリーニング業の市場を考える=比較的同質的な財・サービス)
移民の流入は労働供給の外生的な増加
全体の余剰は増加する(ABD→ABCDE)が、均衡における賃金水準は低下する
消費者の視点からは余剰は増加する(A→ABC)が、既存の労働者の視点からは余剰が減少する(BD→D)ため、参入に反対する運動なども起こる
安藤至大.icon図示してみよう
https://gyazo.com/8147806d39c43cd342916e3c963a3ffe
移民送出国と移民受入国の2国、低技能労働者と高技能労働者の2種類が存在するモデルへの拡張
資本と技能との代替・補完関係を体現した生産関数
どの種類の労働者がどちらの方向に移民し、結果として賃金水準がどのように変化するのか
移民を対象とする研究は、現実の動きを受けて、それにより引き起こされた現象を説明するスタイルが多い
実際の移民政策や移民のインパクトが経済理論の予測とは異なることが多いから
Borjas (1999a)では、先進国では低技能移民を受け入れた方が余剰が大きいことを予想
しかし現実には、ほぼ例外なく高技能移民を受け入れ、低技能は制限する政策が取られる
移民が自国民の雇用に与える影響は、モデルの仮定により様々なパターンが実現できる
どの理論が現実をより適切に説明しているのかを識別するのが難しい
結果として、明示的な理論なしで、誘導形の推定式から移民の効果を捉える手法が中心となってきた
3.1 自国民の賃金・雇用へのインパクト
移民による労働供給の増加→自国民の雇用や賃金にどのような影響を与えるのか
これは移民と自国労働者の間の代替・補完関係の程度の測定
移民研究の中心
移民を送り出す側の国の視点から研究をするのであれば、その送り出しや帰国後の経済への影響などが関心事になるはず
1990年代後半以降の主要研究を見ていきたい
(1) 地域アプローチ
アメリカでは1990年代前半まで、移民が一部地域に集まっていたため、地域や都市による移民比率の違いを利用して移民のインパクトを識別する「地域アプローチ」が主流
安藤至大.icon日本では外国人労働者の割合に地域差はあるのか?どの地域にどんな人が住んでいる?
ただし定式化に理論的な裏付けはほとんどなかった
なぜ地域による移民比率に違いがあるのかを明確に捉えなければ、移民比率の違いを外生として扱うことはできないはず
外国から移民が入ってくる窓口になる港の周りのように、距離や移動経路などに注目すると外生的な違いとして考えることができる
外国人労働者が働きやすい産業の有無、またすでに多くの同郷の労働者が居住しているか否かが問題の場合には、移民比率は外生とは言えない
Card (1990)は、外生的な移民流入のショックを用いてパラメータを識別しようとした
1980年代にマイアミにキューバ人が大量流入した前後のデータから、自国民への影響を推定した自然実験
https://gyazo.com/2b52b677f64873d7ea41fee23b18bf99
これらの研究では、移民による労働供給増加が自国民の賃金や雇用に与える負の影響は、非常に小さいという結論で一致している。
ただし
欠落変数バイアスがある
短期の資本の一定を仮定する強い制約
推定式の理論的裏付けの欠如
という問題を抱えている。
また
移民が集中する都市から、自国民が別の地域に移動する可能性
資本が調整される可能性など
移民の影響が他地域へ拡散する効果を考慮していないため、移民の効果を過小に推定している可能性が高い(Borjas, Freeman and Katz 1996)
そのため、分析結果が一貫していても、十分に信頼される結果ではなかった。
2000年代には、資本を明示的にモデルに組み込んだ理論との整合性を意識した実証研究が行われた。
Card (2001) は、労働と資本を要素とする生産関数に基づくモデルを用いて、移民の集中的な流入により域内で労働者シェアを高めたグループについて、賃金や雇用量の低下が観察されたかを検討した。
ごくわずかな低下傾向がある
自国民の転出行動も分析し、移民と自国民の移動パターンには弱い正の相関があることを示した
Borjas, Freeman and Katz (1996)による過小推定の指摘は、深刻ではないという結果
(2) 要素比率アプローチ
Borjas (2003)は、資本がスムースには調整されない短期において、移民と自国民が代替的なとき、理論上、移民の流入は同技能の自国民の賃金を低下させるはず→集計された時系列モデルを用いた「要素比率アプローチ」を提案した
安藤至大.iconどんな理論でこれを主張できるのか?
労働と資本を同時に考慮した生産関数(nested CES型関数=層化CES型)を用いて、移民と自国民の賃金や雇用の代替の弾力性を測定する
CES(constant elasticity of substitution)とは、代替の弾力性が一定
$ Y=A\left(\alpha K^{\sigma}+(1-\alpha)L^{\sigma}\right)^{\frac{1}{\sigma}}
CES関数を使うと、代替の弾力性は自由に設定できる
$ \sigmaの値を変えることで、線形($ \sigma=1)・コブ・ダグラス型($ \sigma=0)・レオンチェフ型($ \sigma=-\infty)に変形可能
これに対して$ Y=K^{\alpha}L^{1-\alpha}のようなコブ・ダグラス型に限定してしまうと、各生産要素への支出比率が一定であり、資本と労働の関係を捉えられない
Borjas (2003)は、全国レベルのデータを用いて、労働者の地域間移動の影響を回避し、10%の移民の労働供給増は同程度の技能の労働者の賃金を3〜4%下げるという比較的大きな負の効果を得た。
それ以降の研究では、モデルや推定方法の精緻化が進んだ。
Ottaviano and Peri (2005, 2012)は、自国民と移民が完全には代替ではないという仮定のもとで、移民による労働供給の増加が自国民の賃金にトータルで正の影響があることを示した。
これに対してBorjas, Grogger and Hanson (2008)は、完全代替の仮定は棄却されないこと、また賃金への正の効果もないことを確認した。
Cortes (2008)などでは、不完全代替を指示する実証結果を得ている
このように要素比率アプローチでは、結果のコンセンサスは得られていない
(3) まとめ
移民がアメリカ人の賃金や雇用に与えるトータルの影響について、コンセンサスはない
地域アプローチでは、移民の労働供給増加は自国民の賃金や雇用にほとんど影響がないという結果で一致している
要素比率アプローチでは、効果の大小や方向も定まっていない
おおむね一貫した実証結果が得られているのは、
新規の低技能移民の流入が、高技能自国民とは補完関係にある
同等技能を持つ先住移民の雇用や賃金とは強い代替関係がある
労働市場の異質性により、アメリカの研究結果がそのまま外国では使えない
フランス・ドイツなど大陸ヨーロッパやイギリスなどを対象とした研究も多い
3.2 移民労働者の「同化」の測定
移民の「同化」とは、移民先の国の文化や価値観の受容、伝統への適応など様々な意味がある。
労働経済学では、
移民の相対賃金の経年変化=自国民との賃金差の経年的な解消・縮小として「同化」を定義する
出身国別、入国時期別に、賃金水準の変化を自国民と比較することが多い
同化が進まず、移民が低賃金層に滞留すると、社会保障費の負担増大など労働市場を越えた政策問題にもなる
→移民の同化速度や程度が関心事になった
Chiswich (1978)は、移民の白人男性の賃金は、移住後10〜15年でアメリカ人の水準に追いつき、その後はアメリカ人の水準を上回ることを示した。
Borjas (1985)は、人種と入国時期のコーホート別に見ると、移民の賃金上昇率はChiswich (1978)よりもかなり低いことを発見した。
1970年代以降の移民出身国の変化と、移民の低学歴化、コーホートの質の低下が理由と指摘している
Borjas (1994b, 1995a)では、移民の賃金上昇は、移民後20〜30年間かけて徐々に上昇するが、最終的にアメリカ人の水準には到達しない
Borjas (2000)では、移民時の賃金水準とその後の賃金上昇率には弱い正の相関があり、賃金水準の低い低技能移民の流入により、移民とアメリカ人の賃金格差が拡大している
2000年代に入ると、より正確な測定を試みる研究が行われた。景気変動の影響は移民とアメリカ人の間で差がないことが仮定されていたBorjasの研究とは異なり、
Bratsberg, Barth and Raaum (2006)は、移民の方が景気変動の影響をより強く受ける非対称性があることを理論と実証の両面で示した
Lubotsky (2007)は、帰国移民や両国を行き来する移民の影響を考慮する必要を指摘した
なぜ同化が進展しないのか
集住によって英語力が高まらない結果として、人的資本に負の影響がある
出身国と教育を受けた場所によって移民後の人的資本の評価が異なる
同化について、賃金水準以外に注目した研究もある
労働力率の同化過程
教育、結婚、居住地選択
移民労働者の就業や家庭内役割分担の男女差に注目した研究(Baker and benjamin 1997, Blau and Kahn 2007)
3.3 移民のセレクション
移民の「質」についての議論も重要
「誰が移民するのか」というのは自己選択の問題
出身国から相対的に高技能者が移民するのを「順選択」
相対的に低技能の移民を「逆選択」という
余剰最大化のためには順選択が望ましい
実証研究では、送出国の残留者の平均属性と移民者の平均属性(所得や学歴)を比較する
実証分析は少なく、結果も一貫しない
移民の帰国選択は、移民が自分で選ぶものでありランダムではない
同化がうまく行った移民は帰国しない
同化がうまくいかず、低賃金の移民は帰国してしまうかも
このとき現在アメリカに在住している移民の賃金だけを見ると、過大評価していることになる
これとは別に、人的資本が高まって、帰国しても活躍できる人が先に帰るかも
同化ができずに、帰国しても元の生活に戻る人は、アメリカに滞在し続けるかも
このとき、過小評価していることになる
3.4 新たなトピック
(1) 価格(物価や住宅価格)への影響
Borjas (2009)は、移民の流入に伴う賃金水準の低下と同時に、移民自身の消費による需要曲線のシフトが物価水準に影響を与えるモデル
移民の流入が住宅価格に与える影響
移民が増えた地域の方が、住宅価格の増加が緩い
安藤至大.icon移民により住宅需要が増える効果よりも、アメリカ人が住まないエリアに移民が集まっている、または移民が住み始めたことでアメリカ人が移動してしまうことを示唆している?
(2) 高技能移民のイノベーションへの貢献
1990年代に、入国直後のアメリカ移民の相対賃金がこれまでとは逆に上昇に転じた
移民の出身国構成の変化などでは説明できない
なぜか?
入国資格審査時に技能を重視する制度変更が移民の質を変えた可能性
高技能移民がイノベーションに与えた影響を研究する論文もある
特許申請・取得を代理変数とする
(3) 社会保障サービスや財政への影響
移民は相対的に高失業率で低賃金→社会保障関連支出の増大
(4) その他
自国民の属性(教育や価値観)によって、どのような移民政策を支持するのかが変わる
移民は起業性向が高い
移民は残留家族に送金する
不法移民
4 日本における外国人労働者に関する研究の論点
4.1 事例・質問票調査を用いた研究
4.2 定量的手法を用いた研究
5 おわりに