20220520労働経済学
川口大司『労働経済学』第3章
第3章 労働供給モデルの応用
1 福祉政策が労働供給に与える影響
1.1 日本の生活保護
東京都の最低賃金(minimum wage)は、1041円。一日8時間、月に20日働くと、月収166,560円。年収に直すと199万8720円になる。この収入では生活が苦しい。とくに、子どもがいるシングルマザーは生活が成り立たない。
最低限度の生活を保障するための仕組みとして生活保護制度がある。しかし労働供給インセンティブへの影響も指摘されている。
生活扶助基準額が支給される
勤労所得控除の制度があり、労働所得を得ても一定額まではすべて受け取ることができる
勤労所得控除の基準を超えると、増加分の9割の生活保護費が減る
まず生活保護がない場合の最適な労働時間の選択は次のようなものとする。
https://gyazo.com/88ae8d11a9590894eb5c0f04628b145a
しかし$ Cが最低水準の$ mを下回ることがないように、所得がゼロの場合には生活保護費$ mが対象者に支給される。ここから働き出して賃金収入を得ると、勤労所得控除$ m'までは全額保護対象者の収入となるが、それを超えると10%しか手取りが増えない。
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図3.1
このように勤労所得控除が満額になるところか、または全く働かないのが最適になるケースもある。
このように生活保護制度は、就労意欲を削減する効果があるので、本当に必要な人にしか給付しないというルールが適用されている。一部の自治体では「水際作戦」などと言って、申請者を追い返したりすることもあった。 また資力調査(means test)により、他に全く資産がないこと、また頼れる家族や親族がいないことの確認なども行われていた。 これらは受給資格を厳しく問うものであるが、生活保護制度の理念を損なうものとして批判も大きい。
もっと良い仕組みはないのか?
1.2 アメリカの勤労所得税額控除
アメリカやイギリスで採用されている給付付き税額控除の仕組みについて、ここではアメリカで採用されている勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit: EITC)の紹介をする。
受給のための3条件
労働所得がある
労働所得が基準額を下回っていること
19歳未満の子どもか障害者と暮らしている
図3.2は少し間違っている。修正しよう。
年収1万1000ドルまでは、実質的に40%の補助を受け取ることができる。
年収1万4370ドルまでは補助の減額なし
年収1万4370ドルを超えると、補助額が1ドルあたり21.06%減少する。
年収3万5263ドルの時点で補助がゼロになる。
https://gyazo.com/d2c2960a608ddaaf731e50d2927f6319
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この仕組みには、(matching fund方式に似ていて)現在働いていない人には就労促進の効果しかない。また補助金の減額を緩やかに行うことで就労意欲を減らしにくい仕組みになっている。
このEITCという仕組みは実際に機能しているのか?
アメリカでは、以前は、日本と同様に、限界税率が1に近い仕組みが採用されていた。そのため労働供給を抑制する仕組みとして批判されていた。これに対してEITCが導入され、その結果がEissa and Liebman (1996)で報告されている。
結果として、子どものいる非婚女性(いわゆるシングルマザー)の就業率が(1984年から1986年)72.9%から(1988年から1990年)75.3%と、2.4%ポイント上昇したことが示されている。
ここで就業率の向上が、例えば景気の向上による賃金上昇や人手不足など、EITC以外の要因で起こったものではないことを示したいので、差の差推定法(difference-in-difference: DD)が用いられている。
これは子どものいない非婚女性の就業率は、同じ期間に95.2%で不変であったことから、その他の要因ではなくEITCの効果であると評価するやり方である。
2 動学的労働供給モデルの理論
ここまでは1期のみを考える静学的(static)なモデルを考えていたが、労働供給についてより詳しく考えるためには、動学的(dynamic)なモデルが必要。多期間にわたって生存する家計の労働供給を考える。そして賃金の変動には、一時的な変動と、長期的な変動がある。それぞれの効果が異なる。
短期的な賃金上昇は、労働供給を増やすだろう。しかし一時的であれば所得効果は小さい。
https://gyazo.com/8244dec5303e5cc11cdc9205b2b159a8https://gyazo.com/71868238852382dd56b946840d075112
これに対して賃金上昇が永続的である場合には、所得効果から、労働時間を減らす可能性もある。このような観点から、動学的な分析が必要。
$ T期間生きる家計の効用最大化行動を考える。初期資産として$ A_{0}を持つ。
不確実性はなく、将来の賃金や利子率は最初の段階で判明している。割引率を$ \rhoとすると割引因子は$ \frac{1}{1+\rho} \equiv \deltaと書くことができる。
このとき$ t期の時点から次期である$ t+1期の効用を評価すると(=割引現在価値を考えると)
$ \delta U(L_{t+1},C_{t+1})
となる。また同様に2期先の現在価値は、$ \delta^{2}U(L_{t+2},C_{t+2})となる。
生涯効用は各期について分離可能であり、
$ \sum_{t=0}^{T}\delta^{t}U(L_{t},C_{t})
とする。
利子率を$ rとして、$ \frac{1}{1+r} \equiv \sigmaと書くと
家計は上の目的関数を、生涯予算制約
$ B=A_{0}+\sum_{0}^{T}\sigma^{t}w_{t}T=\sum_{0}^{T}\sigma^{t}(C_{t}+w_{t}L_{t})
の下で最大化を行う。
ラグランジュ乗数法による解き方は自分で確認して、次週に説明してほしい。
$ \mathcal{L}=\sum_{t=0}^{T}\delta^{t}U(L_{t},C_{t})-\lambda(B-\sum_{0}^{T}\sigma^{t}(C_{t}+w_{t}L_{t}))
最適化のための一階条件は、
$ \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial L_{t}}=0
$ \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial C_{t}}=0
であり、ここから消費の余暇に対する限界代替率が賃金に等しいという条件、また$ \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial C_{t}}とその1期後の同式よりオイラー方程式(通時的な最適化条件)が示される。
結論を言うと、$ \rho\neq rのとき、コンスタントな消費ではなく、早くまたは遅く消費することを選択するのが最適になる。例えば$ \rhoよりも$ rの方が大きい場合、遅く消費する方が得になる。
3 2段階予算制約に基づく労働供給モデルの実証
4 フリッシュ弾力性
生涯所得の限界価値を一定としたとき、今期の賃金の変動が今期の労働供給にどのような影響を与えるのかという概念。
5 労働供給弾力性の推定:イギリスの事例
確認問題
どのような内容か確認しておいてください。
3-1. 課税の単位を個人とするか家族とするか。累進課税制度の下で、夫の収入が高い家族を考えると、妻の就業促進のためにはどちらの制度が望ましいか。
夫1000+妻0
夫500+妻500
3-2. 動学的な意思決定を考えたとき、短期的な賃金上昇と長期的な賃金上昇のどちらのケースで現在の労働時間を増加させるのか。
応用
テレワークにおける労働時間決定と出社・テレワーク選択
正社員で8時間+時間外を働くか、パートタイムとして好きな時間働くかの選択