20220513労働経済学
川口大司『労働経済学』第2章
第2章 労働供給安藤至大.icon
注意:一般的な商品やサービスの場合、普通の生活者が消費者であり、企業が生産者という関係。しかし労働については、普通の生活者が労働力を供給する側であり、企業が消費する側であるので、今回扱う労働供給とは普通の人がどのように時間配分を決めるのかが問題となる。
1 労働力参加と労働時間の決定
労働力:働いている人と働こうとしている人
就業者+失業者
賃金:時間あたりの賃金を指すことが多い(ただし日給・月給・年俸を見ることも)
注目する要素
賃金が高くなるのはどのような人か、どのような仕事か
労働参加の意思決定
年齢や性別による違い
2 静学的労働供給モデルの理論
安藤至大.icon静学的(static)とは?(反対は動学的dynamic)時間の流れや時間を通じた変化は考えず、ある時点の状態に注目したもの
2.1 家計の効用関数
ここでは、交渉など賃金が決まるのではなく、完全競争市場を想定して、労働時間に対して支払われる賃金は外生的(自分では決められず、与えられたものとして扱う)とする。
理想的な取引環境を完全競争市場という
いちいち、当事者間で交渉が行われない
働く人の間の能力面での差がなく、また貢献度についても明確
例えば、コンビニのアルバイト店員
また労働時間は、労働者側が自由に決められるケースに注目する
それではある学生が、自分の利用可能な時間をどのように使うのかを考えたい。
そもそもどんな好みを持っているのかを理解することが必要。
ある一人の人間に注目したとき、
効用関数は余暇($ L)と消費財($ C)の関数、
$ U(L, C)
とする。
(関数とは、()の中が決まると、その値が一つに決まる式のこと。例えば$ z=2x+y^{2}は、3次元で描かれる図であり、$ xと$ yの値が決まると、高さ$ zが決まる)
それぞれの限界効用は正であるが、限界効用は逓減する(増え方が減っていく)ことを仮定する。
これを数式で書くと($ \partialとは偏微分しているということ)
$ \frac{\partial U}{\partial C}>0 (これは$ Cが増えると$ Uが増えるという意味)
$ \frac{\partial U}{\partial C^{2}}<0(これは$ Cが増えると$ Uが増えるが、増え方が減っていくという意味)
同様に
$ \frac{\partial U}{\partial L}>0 (これは$ Lが増えると$ Uが増えるという意味)
$ \frac{\partial U}{\partial L^{2}}<0(これは$ Lが増えると$ Uが増えるが、増え方が減っていくという意味)
これらを図示するとどうなるか?$ U(L,C)の具体例として$ U=L^{1/2}C^{1/2}とする。
https://gyazo.com/061cb750866cde6a9ded45b56aca25aa
このような3次元の図を見やすくするために、上から見て等高線を描くと無差別曲線になる。これは同じ水準の$ Uを実現する$ Lと$ Cの組み合わせを図示したもの。
https://gyazo.com/05f4ef88d6cd9d13fae0c5ca321432cc
ここでは具体例として$ U=L^{1/2}C^{1/2}を考えたので、効用関数が凹関数になっているが、上の等高線のように無差別曲線が原点に向かって凸であれば(ある水準以上の効用をもたらす$ Lと$ Cの組み合わせが凸集合であれば)、効用関数が準凹関数となる。以下では効用関数は準凹関数であることを仮定する。
無差別曲線の傾きの傾きの絶対値を限界代替率という。無差別曲線が原点に向かって凸であるということは、限界代替率の逓減を意味している。これは一方だけではダメで、両者がバランス良い状態が望ましいことを意味している。
2.2 家計の予算制約
家計(household)が$ U(L,C)を最大化する際に、予算制約に直面する。
$ C \le w(T-L)+V
(ちなみに不等号は、$ \leqqと書いても$ \leqと書いても同じ意味)
$ w:時間あたり賃金(wage)
$ T:総時間
$ V:非労働所得
効用最大化のためには予算制約を等式で満たしている。よって$ C = w(T-L)+Vが成立する。
2.3 図を用いた分析
予算制約式を、横軸を余暇、縦軸を消費として描くと(予算制約線または予算線という)、
https://gyazo.com/e9fc39201d45691afe268d3527ab9624
となる。
ここに無差別曲線を重ねると
https://gyazo.com/2cbd4261e414c2fcf79c9bb4ca12db32
であるが、最適な余暇と消費の組み合わせを探したい。
https://gyazo.com/77a9fd0d287399db44132dfb3cd7bff5
最適な点では、無差別曲線の傾きと予算線の傾きが一致し、また無差別曲線と予算線が一点で接している。ただしこのように総時間$ Tを余暇と消費にバランスよく振り分けるわけではなく、全てを一方に使うケース(端点解)もありうる。
https://gyazo.com/641342a5f9d8a29aaf66340275feca51
どんなときか?
例えば、年金で生活している、また親の負担で生活しているなど。
2.4 数式を用いた分析
ある家計の効用最大化問題は
$ \max_{L,C} U(L,C)
subject to $ C=w(T-L)+V
となる。
制約式を目的式に代入すると
$ \max U(L,w(T-L)+V)
とまとめて書くことができる。これは$ Lという一変数だけの最大化問題として見ることができる。
ここでは教科書から離れて、具体的な効用関数を想定して分析したい。
$ U(L,C)=LC
という単純な掛け算の形を想定する。このとき最大化問題は$ C=w(T-L)+Vなので
$ \max L(w(T-L)+V)
になる。
これを最大にする$ L^{*}を求めなさい。
https://gyazo.com/8805fe843cc811198f985a6493a9cf0e
$ wT-wL+V=0になるような$ Lの値は、
$ wL=wT+V
$ \Leftrightarrow L=T+\frac{V}{w}(矢印の記号は同値変形を意味している)
となる。
二次曲線は左右対称なので、頂点はそのちょうど中間になる。
よって
$ L^{*}=\frac{T}{2}+\frac{V}{2w}となる。
これを計算だけで求めると、
$ L(w(T-L)+V)
この式の$ Lについての傾きの式をまず求めると
$ LwT-LwL+LVの導関数を求めるので
$ wT-2wL+Vとなり、これがゼロになる$ Lは
$ L^{*}=\frac{T}{2}+\frac{V}{2w}となる。
3 静学的労働供給モデルの比較静学
賃金$ wが変わったとき、$ Vが変わったとき、余暇時間と労働時間はどのように変わるのか。
このようにモデルの外から定数として与えられている数字(外生変数)が変わったときに、モデルの中で決まってくる(家計が選択する)数字(内生変数)がどのように変化するのかを見ることを、比較静学(comprative statics)という。 余暇時間と労働時間は合計すると$ Tで一定なので、余暇$ Lが増えればその分だけ労働時間が減る。
よって以下では余暇時間だけに注目する。
https://gyazo.com/ac18a325145a6947fb2a540e107a6be4
時給$ wが増加したときに、$ L^{*}が増加するのは
$ L^{*}=\frac{T}{2}+\frac{V}{2w}
より、$ Vがゼロより大きいときは、$ wが増えると余暇が増える(仕事を減らす)。
ただし$ V=0のときは、$ wが変化しても$ L^{*}は変化しない。
$ Vが増えたときに、$ L^{*}は増加する。
課題
ここまでの具体例では、効用関数を$ U(L,C)= LCとして考えたが、$ L^{1/2}C^{1/2}(=\sqrt{L}\sqrt{C})として、これまでの計算をやってみよう。
比較静学の結果はどのように変わるのか。なぜ変わるのかを考えてみよう。
4 静学的労働供給モデルの実証分析
理論から導かれる予測が現実のデータをうまく説明できるのか。検証したい。
4.1 労働力参加の実証分析
賃金$ wが小さいときには、すべての時間を余暇に使う、つまり就業しない人が存在することが考えられる(端点解のケース)。これに対して、賃金が上昇すると、働き出すことになる。
図解すると
https://gyazo.com/ba48e60c67c0ead0b31cc535965e3013
のようになる。$ wが低い段階では総時間$ Tのすべてを余暇としているが、予算線の傾きが急になると最適点が内点になっている。拡大すると
https://gyazo.com/4f0947736954062fba2ddc016afb6709
のようになっている。ここで賃金が増えたことで効用水準が高くなったことがわかる。
また非労働所得$ Vが大きいときにも就業しないケースが増えることが同様に示すことができる。
数値例で考えてみたい。$ U(L,C)=LCのケースを再考する。
先ほど計算したように$ L^{*}は$ \frac{T}{2}+\frac{V}{2w}だった。
時給$ wがいくら以下だったら、この家計は働かなくなるのか?
この$ L^{*}が$ T以上になるとき、すべての時間を余暇として使う端点解となる。 端点解になるのは、$ \frac{T}{2}+\frac{V}{2w}\geq Tのとき。
書き換えると
$ \frac{V}{2w}\geq \frac{T}{2}
$ \Leftrightarrow V \geq wT
$ \Leftrightarrow w \leq \frac{V}{T}
のとき、働かない。
$ wがどのような条件のときに端点解となるのか?この境目となる賃金を留保賃金という。 $ Vがどのような条件のときに端点解となるのか?
このような理論から、他の条件を一定とすると、賃金$ wが大きい人や非労働所得$ Vが小さい人が働くことになり、反対に賃金$ wが小さい人や非労働所得$ Vが大きい人が働くことになることが予想される。
そこで以下のような式を想定してみたい。個人$ iについて、
$ y_{i}=\beta_{0}+\beta_{1}w_{i}+\beta_{2}V_{i}+u_{i}
$ y_{i}:就業の有無(働いていると$ 1、働いていないと$ 0をとる2値変数)
$ w_{i}:時間あたり賃金
$ V_{i}:月あたりの不労所得(株式の配当や不動産からの収入など)
$ u_{i}:誤差項($ w_{i}や$ V_{i}以外で就労の有無に影響を与える様々な要因)
$ \beta_{0}, \beta_{1}, \beta_{2}はそれぞれパラメータ(未知の値)
先ほどの理論モデルよりも随分と簡単に見えるが、大丈夫なのか。
理論モデルからは、$ wが増えたときには就業確率が高くなること、また$ Vが高くなると就業確率が低くなることが予想された。そこで上の推定式の$ \beta_{1}はプラス、$ \beta_{2}はマイナスの値になると考えられる。
これらの符号条件が満たされているのか、またそのときの係数の大きさを見ることで、賃金や不労所得が就業確率に与える影響を理解するのが実証分析の取り組みである。
パラメータを推定する上で用いられる(最も簡単で最初の)手法が、最小二乗法(OLS)である。 パラメータ$ \beta_{0}, \beta_{1}, \beta_{2}の真の値は分からないが、それらの推定値を$ \hat{\beta_{0}}, \hat{\beta_{1}}, \hat{\beta_{2}}とする。また誤差項の代わりに残差$ \hat{u}を考える。このとき式は
$ y_{i}=\hat{\beta_{0}}+\hat{\beta_{1}}w_{i}+\hat{\beta_{2}}V_{i}+\hat{u_{i}}
となる。
真の値である$ \beta_{0}, \beta_{1}, \beta_{2}は定数であるが、母集団のすべてを確認できないことから1万人を無作為抽出したサンプルを用いてパラメータを推定すると、どのようなサンプルをとるかによって推定値は変化する。そのため$ \hat{\beta_{0}}, \hat{\beta_{1}}, \hat{\beta_{2}}は確率変数となる。
このようにぴったり真のパラメータの値を得ることはできないが、少なくとも平均的には推定した値が真の値に一致していることが望ましい。このような性質を不偏(偏りがないこと)という。このように最小二乗推定量が不偏推定量となるための条件(の一つ)は
$ E(u_{i}|w_{i},V_{i})=0
が成立していること。これは誤差項$ u_{i}が平均的にはゼロであることを意味している。
この条件が満たされず、誤差項と説明変数(ここでは$ y_{i}を決定する要因である$ w_{i}と$ V_{i}のこと)に相関関係があるとき内生性があるという。このとき推定量の期待値が真の値とずれるというバイアスが発生してしまう。
ここでいう内生性の問題が発生する具体例としてどのような状況があるのか?
内生性の問題が発生しないようなデータとしてどのような状況があるのか。Imbens et al. (2001)による宝くじの研究では、毎年10万ドルを20年間もらえる(またはそれ以上を安定的にもらえる)場合には、就業確率が(およそ7割だったのが)6年後には(その半分くらいの)35%程度まで落ちていることが示されている。
ただし当たる前の就業確率が1ではないこと、また年間1000万円以上もらえても、35%の人は仕事を続けていることに注意しよう。なぜ働き続けるのか?
若い人働き続けることが想像できる。また仕事そのものが面白いと感じている人は働き続けると思われる。
また宝くじの研究だけではなく、一年間だけ所得税が課税されない年があったことなども使って実証できる。
4.2 女性の労働参加の実証分析
総務省の「就業構造基本調査」などの個票データを用いる。ミクロデータ(個別の主体の行動を記録したもの)を用いることで、理論モデルの検証を行いたい。
女性が働くかどうかの意思決定を実証的に示したい。働くのは、得られる賃金が留保賃金($ w^{r})より高いことが条件となる。
それではこの$ w^{r}は、どのようなときに高くなり、どのようなときに低くなるのか。
結婚していて、配偶者の所得が高い場合には$ w^{r}は高くなる
小さい子供がいる場合は$ w^{r}は高くなる
4.3 労働時間の実証分析
5 各家計の労働供給関数から市場の労働供給関数へ
特定の期間の特定の地域における労働力の取引される場を労働市場という。 各家計の労働供給関数のグラフを横に足し合わせていくと、労働市場全体の労働供給関数を考えることができる。
https://gyazo.com/31db346b362d73d35f0670fec03f7e06
演習問題
確認問題と発展問題をやっておくこと。実証問題は扱わなくて良い。