川口大司『労働経済学』第4章
第4章 労働需要
企業は利潤を最大化する。利潤最大化行動のなかでどれだけの労働者を雇うかという労働需要の決定を考える。 1 生産関数と企業の利潤
生産関数を$ Q=F(L,K)と書く。
$ Lは時間$ \times人数で定義される労働投入量
$ Kは機械設備や工場などの資本サービス(なんで$ K? Capitalにしたいところだが、Kにしている)
$ Fは生産関数
いくつかの仮定
労働の限界生産物は正の値をとる$ \left( \frac{\partial F}{\partial L}>0 \right)が、逓減する$ \left( \frac{\partial^{2} F}{\partial L^{2}}<0 \right) 資本についても同様$ \left(\frac{\partial F}{\partial K}>0 \right)と$ \left(\frac{\partial^{2} F}{\partial K^{2}}<0 \right)
1.2 企業の利潤
企業の利潤を$ \piと書く(なぜ? Profitの$ pにしたいところだが、ギリシャ文字で$ pに対応する$ \piを使う)。
生産物価格を$ p、時間あたり賃金を$ w、資本のレンタルコストを$ rと書くと、
$ \pi=pQ-wL-rK
となる。
生産物の市場も労働市場も資本市場も完全競争の条件を満たしていることを仮定すると、企業はプライステイカーとして行動することになる。
2 短期の利潤最大化
経済学で考える短期とは、変更できない要素があるような時間の長さのこと。ここでは資本ストックの量$ Kが$ \bar{K}という値で一定とする。これは工場やオフィスの規模は変えることができないが、労働量$ Lだけは変えられるということ。 このとき短期の生産量は、$ Q=F(L, \bar{K})となる。
https://gyazo.com/9614f0b191a966442a5e339a9a328267
限界生産物(MP: marginal product)と平均生産物(AP: average product)を図示すると、教科書の図4.3になる。 https://gyazo.com/7343ac29792e905b14c7988313e9e909
https://gyazo.com/36be94f3de50ddda2d29969538d216a6
https://gyazo.com/144a6d9143d246c35bd9299e322b7ff9
短期の生産関数なので、企業が選択できるのは$ Lのみになっている。
ここで企業の利潤最大化問題は、
$ \max_{L} \pi=pF(L,\bar{K})-wL-r\bar{K}
なので、最適化のための一階条件は
$ p\frac{\partial F(L,\bar{K})}{\partial L}=w
$ \Leftrightarrow p M\!P_{L} =w
であり、左辺は労働の限界生産物価値である。
上の図を生産物の量から金額にしたいので、価格$ pをかける。
https://gyazo.com/5f6ad68faad5ebedc9ebe08b5c87d6de
図の最適な労働投入量$ L^{*}は、関数として書けば$ L^{*}(w,p,\bar{K})である。これは賃金$ w、生産物価格$ p、そして資本ストック$ \bar{K}の関数として$ L^{*}が決まるという意味。
比較静学を考える。(比較静学とは? Comparative staticsとは、外生変数が変化したときに、内生変数がどのように変わるのかを調べること。ここでは外生変数は、生産者が自分で選べないものなので、$ w, p, \bar{K}のこと。内生変数は、生産者が選択するものなので、$ Lのこと)
$ wが上昇すると、$ L^{*}は減る。
$ pが上昇すると、$ L^{*}は増える。
$ wが大きく上昇する、また$ pが大幅に下落すると、企業は操業を停止する。
それは$ pF(L^{*},\bar{K})-wL^{*}<0のとき。これを操業を停止する賃金を$ \bar{w}と書くと次の図のようになる。
https://gyazo.com/0b8a0d4502255a9ec0ed93d201fea8aa
したがって短期の労働需要曲線は図のオレンジ色の曲線になる。
https://gyazo.com/ffd7b9f13584c10f3d2957273ea2dd82
3 長期の利潤最大化
長期の場合には、労働投入量だけでなく資本ストックの量も変えることができる。
よって利潤最大化問題は、
$ \max_{L, K} \pi=p F(L, K)-wL-rK
になる。
最適化のための一階条件 (First order condition: FOC)は、
$ pM\!P_{L}=w
$ pM\!P_{K}=r
となる。
企業は、生産技術$ Fと$ p, w, rを所与として、利潤を最大にするために$ L^{*}と$ K^{*}を同時に選択する。
しかしこれを2段階の問題に分けて扱った方が分かりやすい。
生産費用の最小化:一定水準の生産量を前提として、最も費用が安くそれだけの量を作る$ L^{*}と$ K^{*}を決める。
最適生産量の決定:上で求めた労働と資本の最適な組み合わせを前として、利潤が最大になる労働と資本の組み合わせを考える。
これは本来なら、企業は生産量を決めてから、それをどのように作るのかを考えるはずだが、あらゆる生産量に対して費用を最小にする生産方法を検討してから、実際の生産量を決めるという思考方法であることに注意しよう。ゲーム理論で登場するbackward inductionと似ている。
3.1 費用最小化
企業は、生産量$ \bar{Q}を前提として、その生産量を最小の費用で実現する$ Lと$ Kの組み合わせを選択する。
この問題は、
$ \min_{L,K}wL+rK
s.t. $ Q(L,K)=\bar{Q}
である。
これを図解する。まず一定の生産量$ \bar{Q}を前提としたとき、それを実現する$ Lと$ Kの組み合わせを複数考える。そしてその中で最も安い費用で作ることができる点を考える。
https://gyazo.com/587cb723a3c68dbc23ad0f256252594b
この最適な点で成立している条件が、技術的限界代替率と価格比率
$ \frac{M\!P_{L}}{M\!P_{K}}=\frac{w}{r}
である。
費用最小化問題を解くと、与えられた生産量$ \bar{Q}を前提としたときの最小化された費用を$ C(w, r, \bar{Q})と書くことができる。これを費用関数という。
3.2 最適生産規模の決定
企業の利潤最大化問題は
$ \max_{Q} pQ- C(w, r, Q)
となる。
これは、まず異なる$ Qの水準ごとに最小化された費用を計算する。
https://gyazo.com/2accec1afbadb897ac0b4a583cddc196
その上で生産量$ Qにより、収入$ pQと費用$ C(w, r, Q)がどのように変化するのかを考えて、その差が最大になる$ Qを探す。利潤最大化のための一階条件は
$ p=\frac{\partial C(w, r, Q^{*})}{\partial Q}
であり、これを満たすのが$ Q^{*}となる。
https://gyazo.com/218b1bcf19b46ce70466659879ad0d5b
4 長期の要素需要に関する比較静学
長期の労働需要関数$ L^{*}(w,r,p)と長期の資本需要関数$ K^{*}(w,r,p)は外生変数の変化によりどのように変わるのか。
賃金$ wが上昇するとき、代替効果により資本をより多く使うようになることから労働需要は減少する。
また最適生産規模が縮小することから、さらに労働需要は減少する。これを規模効果という。
https://gyazo.com/2e49f1539b3b63777a06f1eded34a066
次に資本価格$ rが低下した場合を考える。技術進歩でロボットやAIを生産活動で活用できるようになった状況を想定しよう。このとき人では不要になり、失業者は増えるのか?(Technological unemployment: 技術的失業の問題)
このとき代替効果により労働需要は減少する。しかし最適規模が拡大する効果により、労働需要は増加する。したがって、労働需要の増減は、代替効果と規模効果の大小関係により決定される。
https://gyazo.com/8e762ff2dba658760a8612d3d37a519chttps://gyazo.com/8f3e7b939c74dc836017c07d581fc615
長期の労働需要曲線は、$ Kが一定の短期のケースよりも、傾きが緩やかになる。
なぜなら$ wの増減により$ Kでも調整ができることから、例えば$ wが上昇したときには$ Kを増やすことで労働需要を大幅に抑えるし、反対に$ wが低下すれば、$ Kを減らして、$ Lを大幅に増やすから。
https://gyazo.com/4c13bf02b6aaf040db524a746bbe33a3
5 労働と資本の代替の弾力性
5.1 完全代替型生産関数とレオンチェフ型生産関数
労働の資本に対する相対要素価格が上昇したとき
賃金$ wが上昇する
または資本の価格$ rが低下する
このとき企業は労働を減らして資本を増やすが、労働をどのくらい減らすのか?
労働と資本の置き換えがどのくらい容易かに依存する。言い換えれば、生産技術によって変わる。
生産技術の特性を知るために、相対要素価格が1%変化したときに、相対要素需要量が何%変化するのかを代替の弾力性という。
$ \eta=-\frac{\frac{d(L/K)}{L/K}}{\frac{d(w/r)}{w/r}}
代替の弾力性($ \eta)が0の等量線と$ \inftyの等量線を書くと次のようになる。
https://gyazo.com/10eaa2b8aadeeccde55618e0d2a72334
$ \eta=0はレオンチェフ型
$ \eta=-\inftyは完全代替型
5.2 CES型生産関数
代替の弾力性が一定の生産関数としてCES型生産関数がある。CESとはconstant elasticity of substitutionの略。
関数形は、$ Y=(L^{\rho}+K^{\rho})^{\frac{1}{\rho}}
代替の弾力性は$ \frac{1}{1-\rho}
$ \rho=-\infty, \ \eta=0はレオンチェフ型
$ \rho=0, \ \eta=1はコブ=ダグラス型
$ \rho=1, \ \eta=-\inftyは完全代替型
コブ=ダグラス型生産関数の場合、代替の弾力性が1なので、賃金$ wが1%上昇すると最適な労働投入量$ L^{*}が1%減少する。したがって賃金$ wに関係なく、支出に占める賃金支払い総額が一定割合になる。
$ Y=AL^{\alpha}K^{\beta}のとき、$ Lへの支出割合は$ \frac{\alpha}{\alpha + \beta}であり、$ Kへの支出割合は$ \frac{\beta}{\alpha + \beta}になる。
6 労働の準固定費の存在
労働投入量$ Lとは、延べ労働時間のこと。これは
労働者数$ \times一人あたり労働時間
のこと。
この仮定が正しければ、10人が10時間ずつ働くのと、20人が5時間ずつ働くのでは、生産量は同じはず。
しかしこれは現実的ではない。
仕事を分割すると、生産性が低下することが考えられる。
例えば、スーパーマーケットのレジ担当者。1日8時間働く人と4時間働く人では、貢献度は前者が2倍か?引継ぎ時間がかかるなど
$ f:労働者一人あたりの固定費用(準固定費用)
$ w:時給
$ H:一人あたり労働時間
$ N:労働者数
とすると、企業の最小化問題はは
$ \min_{H,N} (f+wH)N
s.t. $ Q=F(H,N)
というもの。
準固定費用があるとき、一人の労働者に長時間働かせた方が良い方向に変化する。
新入社員の時期の教育訓練に費用がかかる、また解雇費用がかかるような場合には、準固定費用があると解釈できるので、一人の労働者にできるだけ長時間働かせることが最適になる。
7 各企業の労働需要から労働市場の労働需要関数へ
7.1 市場全体の労働需要曲線
各企業の労働需要曲線は右下がりになっている。そのため市場全体の労働需要曲線も右下がりになる。
短期の労働需要曲線が右下がりである理由を整理する。
賃金が下がると、現在操業している企業の労働需要が増加する:インテンシブ・マージン
賃金が下がると、新規参入企業が人を雇うようになる:エクステンシブ・マージン
7.2 長期の労働需要弾力性
企業が労働と資本の両方を選択できる時間の長さ(長期)を考えるとき、賃金が1%上昇したら労働需要量は何%減少するのか。これを表す指標を長期の労働需要弾力性という。
労働と資本の代替が難しい業種では、賃金が上昇しても労働需要量があまり減らないので、安心して賃上げを要求できる。このとき労働組合活動が活発になる。
8 コブ=ダグラス型生産関数、労働生産性、賃金
コブ=ダグラス型生産関数の場合を考える。
$ Y=AL^{\alpha}K^{1-\alpha}
このとき企業の利潤最大化問題は
$ \max_{L,K} AL^{\alpha}K^{1-\alpha}-wL-rK
最大化のための一階条件は、
$ \frac{\partial \pi}{\partial L}=A \alpha L^{\alpha -1}K^{1-\alpha}-w=0
$ \frac{\partial \pi}{\partial K}=A (1-\alpha) L^{\alpha}K^{-\alpha}-r=0
上の式を書き換えると
$ A \alpha L^{\alpha -1}K^{1-\alpha}=w
であり、
$ Y=AL^{\alpha}K^{1-\alpha}
を使うと
$ w=\frac{\alpha Y}{L}
となる。
労働生産性と賃金の間には比例関係があることがわかる。