『日本の労働市場』第6章「女性の活躍が進まない原因」
1 はじめに
女性の活躍推進が課題に
労働力の確保と生産性の向上のために必要
賃金や就ける仕事に男女間格差があると、女性の労働供給インセンティブは質・量ともに高まらない
安藤至大.icon 労働条件に男女間格差がなくなれば、建設現場やごみ収集など体力的にキツイ仕事に女性が就くのか?女性の多くは、事務職などホワイトカラーとしての仕事を好むのではないか?
労働市場に参加する人の割合(労働力率)に男女間格差がある(他国も同様)
男性は安定して80%台半ば
女性は上昇し続けているものの70%に満たない(およそ16%ポイントの差)
女性についてはM字カーブをしているという特徴がある
https://gyazo.com/a5c325b47a6f11d1e3a88a39c8553b6c
男女間賃金格差は縮小傾向にある
男性を100としたとき女性は74程度
男女の賃金格差がなぜ発生するのか?
https://gyazo.com/3d603740ac21cec942de6e8870bf27ec
2 人的資本理論からの説明 ー労働供給
2.1 人的資本理論と男女間賃金格差
学校教育や教育訓練は人的資本投資
男女で期待収益が違えば、人的資本投資行動にも違いが生まれる
人的資本投資行動が違えば、結果として労働市場において男女間格差が観察される
安藤至大.icon誰が投資をするのか?本人だけでなく、子供の性別に応じて親が投資を変える可能性もある
男女間で人的資本投資行動に差がある理由
人的資本理論で考える期待収益の違いだけとは限らない
家計生産における役割分担(外でお金を稼ぐのと家庭内の仕事を分担している)
性別役割分担意識
社会規範
安藤至大.icon変えられるものと変えられないものに分けられるか?
2.2 人的資本投資に関する男女間格差 ーデータからの確認
男女間での学歴の違い
ストックとしての違い
課題1:2017年時点での、15歳以上の男女の最終学歴構成(4年制大学と大学院)を調べる(参考:e-stat) 男性のおよそ30%が大卒または大学院卒
女性のおよそ14%が大卒または大学院卒
フローとしての違い
課題2:18歳人口に占める大学進学率の推移を男女別のグラフを作成または入手する
男女の違いがある:男性の方が高い(地域によっても差がある)
大学における教育内容・専攻の違い
男女ともに社会科学系の学部に在籍される割合が高いが、工学系に男性が多く、人文科学、保健、教育などに女性が多い
職業能力開発について
On the job trainingとOff the job trainingがある
Off-JTを受けた雇用者の割合も男女で異なる
正社員:男性50.7%、女性36.9%
非正社員:男性29.6%、女性19.0%
Off-JTの内容も男女で異なる
男性は管理者向け研修やロジカルシンキング、女性はビジネスマナーや社内手続きについてなど
安藤至大.icon研修への派遣や、研修内容などは本人が決めるわけではない。会社が決める。それとも本人の意向確認あり?
2.3 職業能力開発に関して男女で異なる意思決定がなされる理由
(1) 企業特殊訓練の共同投資
スキル(仕事をする上で必要な技能)には
一般的スキル
企業特殊的スキル
がある。後者に注目すると、企業と労働者の双方が訓練費用を負担することになる。
企業が訓練コストを全額負担するインセンティブはあるか?
離職確率が正の場合、全額負担したいとは思わない
労働者側はどうか?
解雇の可能性があると、全額負担したいとは思わない。
企業特殊的なスキルの場合、転職したら意味がないから。
しかし訓練すること自体は、それにより生産性が向上するので望ましい
どうすれば良いか?
共同投資が答え→投資訓練費用と収益の両方を労使でシェアする
https://gyazo.com/f33c1b10b5e32d8f73833315b8d06db6
まず投資をしない場合の貢献度が、上の図の$ UU'直線とする。そして労働者に支払われる賃金も生産性に基づいて、同じく$ UU'とする。ここで$ \bar{t}は定年年齢である。
これに対して企業特殊的な訓練を行うと、訓練期間中である$ Ot'の間は生産性が$ Uよりも低いが、$ t\bar{t}の間は生産性が高いとする。
https://gyazo.com/a0c97816fdd18b85ea89a3680b1646fa
ここで賃金を曲線$ WW'とする。このとき
企業側は、$ 0t'の期間では貢献度よりも高い賃金を支払っているため、$ WAYに囲まれた面積だけ赤字になる。しかし$ t'\bar{t}の期間で得られるメリットの$ AY'W'の方が大きい。
また労働者側も、$ 0t'の期間では、訓練を受けない時の賃金$ Uよりも賃金が低く、$ WUYに囲まれた面積だけ赤字になる。しかし$ t'\bar{t}の期間で得られるメリットの$ AW'U'の方が大きい。
よって双方の利益になるので訓練費用を労使でシェアすることが合理的になる。
また労働者も離職したいと思わないし、企業側も解雇したいと思わない。
3つのimplications(含意)
労働者と企業の双方にとって訓練のメリット$ \geqq費用負担になる時のみ訓練が行われる
訓練した労働者は訓練しなかった労働者よりも高い賃金を受け取る
企業特殊的な訓練を行った労働者については長期雇用関係が作られやすい
(2) なぜ企業特殊的訓練受講に男女間格差が発生するのか?
https://gyazo.com/7aebbeb17996b992e0b37aa58ca8c05f
ある労働者が上の図の$ t_{1}t_{2}の間は就業を中断して、$ t_{2}の時点で仕事に復帰する際には別の会社で働くことを考える。このとき労働者と企業のどちらの視点からも、企業特殊的な訓練を行うことにメリットがない。訓練を行わない方が双方にとって得である。
このような就業の中断を行う可能性が高いのは女性であり、そのため企業特殊訓練の必要がない仕事を選ぶ傾向があることになる。
企業側も、企業特殊訓練を行うのは、勤続年数が長いことが予想される男性に偏ることになる。
3 労働市場における差別 ー労働需要
男女間の賃金格差を生み出す要因として、労働を需要する企業側に起因する物を考える。具体的には、労働市場における差別(labor market discrimination)を扱う。
男女が同じ人的資本量であっても、女性であることを理由に異なる取り扱いをすること
人的資本の量に差があることが理由で異なる取り扱いをする場合については、別に扱う(統計的差別ではそうなりうる)
企業が女性に対して差別的な意識を持っていると、仮に男女が同じ生産性を持っていたとしても、同じ賃金を支払わない可能性がある。
直接的な効果だけでなく、差別があると女性の人的資本投資や就業インセンティブに負の影響を与える間接効果がある
結果として差別を正当化してしまう可能性もある
3.1 労働市場に差別は本当に存在するのか? ー実証的エビデンス(証拠)
(1) 要因分解
男女間の賃金格差をいくつかの要因に分解decompositionする。
日本の男女間賃金格差についての川口(2015)によると、男性の賃金を100としたとき、女性の賃金は
1990年で48.62
2000年で39.21
そのうち人的資本量の違いで説明できる格差とそれ以外の要因(差別の可能性がある)に分けると、それ以外の要因は
1990年で40.4%
2000年で35.8%
(2) 同質性の高い男女の比較
同じ大学のMBA取得者同士、弁護士同士など、同質性が高い男女の比較を行うことで、能力等の観察できない要素の影響を取り除こうとする取り組みが行われている。
Bertrand, Goldin and Katz (2010)
シカゴ大学MBA修了生の男女間賃金格差の研究
MBA取得後は大きな賃金差は観察されない
MBA取得後10年で、成績や経験等をコントロールしても、女性の方が約30%賃金が低い
これは合理的には説明できない格差が存在していることの証拠と感がられる
ただし就業中断の有無、週あたり労働時間の長さなどもコントロールすると、男女間賃金格差は7%まで縮小する
子育てと関連して発生しやすい事象であり、ファミリーコミットメントの男女差が賃金格差に影響を与えていることが想像できる
なぜファミリーコミットメントに男女差があるのか。
MBAを取った女性が、専業主夫になる男性と結婚すれば、仕事に集中できるのではないか。
Yahoo!元CEOのマリッサ・メイヤーや、政治家の蓮舫は、夫が主夫としてサポート役に回ったことで活躍できた。
しかし収入が多い女性は、自分より収入が少なくサポート役に回ってくれそうな男性ではなく、自分よりもさらに収入が高い男性と結婚している。そのためファミリーコミットメントを高くする役割を担うことになる。
https://gyazo.com/4b583bc16c9e6d18060b6a1fe01c35b9
(3) 監査調査法と自然実験
監査調査法
学歴や職歴など、性別以外の属性がよく似た男女のペアを作る
労働市場でこの男女が異なる扱いを受けているのかを観察する
具体例
飲食業の求人に、性別以外の属性がまったく同じ履歴書を送付して反応を比較する
高級レストランでは、女性の方が面接に呼ばれる確率が40%ポイント低い
採用される確率は50%ポイント低い
自然実験
具体例
オーケストラの団員採用
アメリカのオーケストラでは、1970から1980年代にブラインドオーディションが普及
1970年代までは女性団員の割合が5%未満だったのが、1996年には25%に上昇した
(4) 生産性の男女間格差の直接的な計測
男女間の生産性格差よりも賃金格差の方が大きい
(5) まとめ
合理的に説明できない格差が必ずしも差別によるものとは言えないが、差別によって引き起こされたと解釈した方が自然な部分もある。
3.2 差別はなぜ発生するのか? ー労働市場における差別の理論
(1) 嗜好による差別 ーベッカーの差別理論
(2) 統計的差別
(3) 制度による差別
4 「ガラスの天井」と「床への張りつき」
5 おわりに
追加的な要素
競争選好
第14章、p.386
競争に参加する傾向についての男女差(行動経済学)
そもそも競争の参加したいと思うのか
報酬が設定されたときに、競争で勝ちたいと思って頑張るのか
自信過剰傾向の男女差
男性の方が自信過剰で本来の能力以上のチャレンジを行う傾向がある
Affirmative action plans
男女共同参画局(2020)『令和元年度 諸外国における政治分野への女性の参画に関する調査研究報告書』
メキシコのGender quota(パリテ)
このような積極的差別是正措置を企業に対して求めていくことは可能か?
役員など経営者クラスについては、国によっては導入しているケースもある
また有力な投資家が、女性比率を参考情報として、比率が低いと投資しないという圧力をかけるケースはある
Timothy Besley, Olle Folke, Torsten Persson, and Johanna Rickne
Gender Quotas and the Crisis of the Mediocre Man: Theory and Evidence from Sweden
American Economic Review 2017, 107(8): 2204–2242
女性の活躍推進のために様々な施策をとることが考えられるが、それにより損失を被る男性もいることが考えられる
どうやって社会的な理解を深めるのか(直接的には、男性にも差別是正措置導入に賛成してもらうためにはどうすれば良いのか)
女性の活躍推進が社会に与える良い影響と結果として男性にも良い影響があることをうまく説明する必要がある
社会的に活躍したい女性への提案
人的資本投資をしっかりと行う
結婚するなら、サポート役に回ってくれる男性と結婚する
競争に積極的に参加する
家庭での家事労働をできるだけ機械化・外注する
それをしやすい地域に住居を構える
自宅は機械を使いやすい設計に
ここからは、女性の活躍推進の観点から、研究テーマを考えてみよう
Q. どんな技術進歩や社会変化があれば女性の活躍が進むのか?
ロボットスーツなどを利用すれば力仕事であっても男女差がなくなる
家電を有効活用する(ドラム式洗濯乾燥機、ロボット型掃除機、食器洗浄乾燥機を導入)
実際に、このような機械や設備を有効活用すれば女性が活躍できるという研究はないのか?
Google Scholarでキーワード検索:home appliance female labor
Assessing the "Engines of Liberation": Home Appliances and Female Labor Force Participation
この研究は2008年のもの
この研究を前提として、さらに新しい研究はないのか?
Google Scholarで、注目した論文を引用しているさらに新しい文献を調べてみる
Technology and the Changing Family: A Unified Model of Marriage, Divorce, Educational Attainment, and Married Female Labor-Force Participation
新しい研究テーマを探す上での仮説を立てる
家電の発達により、家事労働が軽減され、女性の労働参加率が増えた
各国共通か
地域によって、建物の古さなどにより家電が使えるか(例えばルンバが使えるか)が違う
地域によって収入に違いがある。しかし、野菜等の物価は地域により差があるが、家電は同じなら、実質的な負担が違う