遊び
中国古代の哲人荘周の言行録である『莊子』には「遊」という字が106回使用されており、中国思想史の上で「遊び」という概念は『莊子』と密接な関係を持っている 『莊子』では、人間の心と世界(道)を結びつけて、何物にも囚われれない主体的で自由な心の在り方を「遊び」と表現した。「遊戯」という言葉の初出として、司馬遷が『史記』老子韓非列傳で荘周を解説する中で綴った「我れ寧ろ汚瀆の中に游戲して自ら快し」という一文が挙げられる。その後、老荘思想の「遊び」の概念は禅宗の仏教哲学へと継承され、形骸化した外物を徹底的に排除する「遊戯三昧」へと展開した。これらの中国における「遊」の哲学は日本の仏教や芸術にも影響を与えている。 ホイジンガは、人間を「ホモ・ルーデンス」(遊ぶひと、遊戯人)と呼び、遊び(ルードゥス)こそが他の動物と人間とを分かつものであり、政治、法律、宗教、学問、スポーツなど、人間の文化はすべて「遊びの精神」から生まれた、あるいは、あらゆる人間文化は遊びのなかにおいて、遊びとして発生し、展開してきたものであると主張した