生物発生原則
それは「個体発生は系統発生の短縮された急速な反復である」というもので、一般に反復説とよばれる。 個体発生とは生物が卵から成体になる過程であるが、それがどのような経過をたどるかは、それぞれの生物のそれまでの歴史(系統発生)によって規定される。
すなわち、祖先生物のたどった形態変化が個体発生の過程に再現されているという考えである。
この原則が成立するならば、個体発生の研究から逆に系統発生を探ることができるわけで、実際に動物の系統樹を類推することもヘッケルは行っている。 しかし、系統発生が個体発生の原因なのではなく、個体発生中に生じた変化の結果として系統発生が変化するわけであるから、ヘッケルの考えは完全に逆立ちしたものである。また、個体発生のいろいろな段階で変化が生じうるので、両者の関係はヘッケルがいうほど単純なものではない。
そのうち、図Aに示したような場合に、ヘッケルのいう反復が生じる。つまり、新たな変化が個体発生の先へ先へと付け加わっていく形で進化がおこる場合である。
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ヘッケルによれば、哺乳類の個体発生初期に鰓裂が生じることや、甲殻類などいろいろな動物群で、成体の著しい相違にかかわらず幼生形が類似することを反復の例としてあげているが、これらは単に個体発生の後期に変化が生じたものと今日ではみられている。
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すなわち、ヘッケルが反復とみた幼生形の類似は、発生過程を共有することの類似にほかならず、そこにはヘッケルのいう意味での祖先形の急速かつ要約された反復はないとされている。ヘッケルは、たとえば哺乳類の胚の鰓裂を魚類の成体の特徴とみることで誤ったのだといえる。
個体発生と系統発生の関係でむしろ注目されるのは、個体発生の途中で成熟して成体になり、その先の過程が発現しないネオテニー的進化の可能性であろう。 https://gyazo.com/e29ad621382c5249ad3c05b21cceb797
ヒトの特徴が類人猿やサルの成体よりも幼児あるいは胎児に類似することから提唱されたヒトの胎児化説や、六肢の幼生形をもつ多足類から昆虫が生じたとする説も、ネオテニー的進化を想定したものである。幼生は一般に、成体ほど特殊化しておらず、特殊化で袋小路に陥った生物進化に新しい展開をもたらすものとして、ネオテニー的進化が注目されている。[上田哲行]