4. 人間の性をあやつるもの
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前章では「種族維持」、この章では「種族保存」という語が使われる
前者は進化の文脈なので種分化を念頭に置いたもの?
適応に「ポピュレーションの自動調節」というアイデアがある
70年代半ばまでは「種の保存」論は活発だったらしい 遺伝子中心主義が広まるのは1976年のドーキンスの『利己的な遺伝子』から
1. 性をあやつるもの――脳
性分化の本質が雌志向性であったものを、男性ホルモンが雄に方向転換させる したがって、この時期にホルモンの使用を誤ると、性が歪んだ方向に分岐する
性周期をもつということは、脳がメス化するということ 性周期の維持と終焉には、脳とホルモンの精巧な調節が関与する
人間では、ホルモンによる性本能のゆさぶりを脳が抑制し、性と生殖が完全に分断されている 胎児は、自分の脳から分泌するホルモンで、母体から出る日を決めているようである
胎児は羊水内で、聴覚や皮膚感覚を駆使して、出生後に順調に生育するための準備を整えている 胎内で聞いた母の心臓拍動のリズムと皮膚から入ってくる情報が刷り込まれる
その上、ヒトの胎児の脳の発育度は、霊長類の中で際立っている 妊娠の長さはそれによって決まり、胎児は生理的には未熟な状態で生まれてくる
霊長類のなかで人間だけが周年発情するが、それを抑制できるのもまた人間だけ 人間では、性本能をあやつる情動脳である大脳辺縁系と、情操を司る大脳とのあいだに、絶え間ない葛藤が続いている 未分化な性腺原基から出発して、いくつかの分岐点を経て、男性あるいは女性としてこの世に送られる 性を雌と雄に分岐させるための、脳とホルモンの役割は、個々で終わるかに見える
しかし、性原理の倒錯という落とし穴が、出生した人間に大きい口を開けて待っている
どうみても男性あるいは女性として生まれながら、性心理的発達過程の歪みから、男性が女性へ、女性が男性へと、倒錯行動をすることがある
性は、最下等の生物、アオミドロの場合のように、こんなにも相対的なものかと、唖然とせざるをえない ただし、下等生物の場合は、悪循環などに対応しつつ生存を続ける必要性から、性を転換する
人間の場合には性倒錯は、もちろん生命を維持することには直接関わり合いがない
しかし、倒錯の心理が、生きてゆくための支えとなる
それは、性倒錯は脳のレベルでの問題だから
2. 五感と性
五感について
現在ではこれに聴覚の領域に包括されていた平衡感覚が加わった 触覚は皮膚感覚に包含されるようになり、めざましい生理学の進歩は、皮膚感覚に、触覚以外に4つを分類して加えた 以上の感覚の他のに内臓感覚という名前で総括されている特殊な感覚がある これらの内臓感覚は、性と生殖を含む基本的生命活動に密接に結びついている感覚
嗅覚と痛みの感覚と一緒にして、原始感覚とも呼んでいる どの感覚がより性と結びついているかは、動物の進化の度合いによって違う
下等動物には嗅覚や平衡感覚が、生きてゆくためにも、性のためにも重要だが、人間は視覚や聴覚への依存度が高い
こういう透明な生物は脳そのもので外界を「見ていた」に違いない
からだが透明でなくなったとき、光感覚細胞は脳を離れ、からだの表面に出ていって眼となった 眼は外に飛び出した脳
視覚期間は平衡器官とともに歴史が一番古い
何億年にもわたる進化を経た割には両器の間に構造や機能の点で共通点があるのは興味深い
それは視覚、平衡感覚のいずれもが、重力と太陽に結びついていたからではないだろうか
mtane0412.icon イヌは2色型だけど、この頃は色盲と考えられていたっぽい ヒトを含む霊長類は、哺乳類の中でも、色覚を持つ珍しい存在 眼を動かす能力が現れるのは、進化のかなり後期の段階 魚はからだを動かしてみるが、陸に上がった目の悪い両生類は眼を動かして餌をとるようになった 人間は目玉も頭も動かせるので、ほとんど四方八方に目配せすることができる
生物雑音は弱肉強食が始まったときに発生したであろう
このように生物の発する音声に対応するためにできあがっていった聴覚系は、他の感覚系に遅れを取った
ヒトの聴覚は感度や性能の点で動物に劣ってはいるが、強い音に耐えられ、左右の耳で音源を的確につかまえることができる
嗅覚は味覚や内臓感覚とともに原始的な感覚
種族保存のためにも、雄が雌と出会い、選択し、すぐれた次代を生殖するためにも、嗅覚は重要な役割を担っている
嗅覚は大脳辺縁系の主情報源であり、一方、視覚は新皮質系の主情報源 陸上の動物は、進化するにしたがって嗅覚系が視覚系に、その根本的な役割を譲っておく
人間はいうなれば視覚動物だが、サルはまだ嗅覚を性活動に活用している
視覚
「相手の瞳をくいいるようにみながら愛をささやく恋人同士も、しずかにまぶたを閉じた接吻を忘れてはいない」
性に五感のすべてが躍如としている
接吻のときまぶたを閉じるのは、眼から入る情報を閉め出して、その行いに五感のすべてを集中させるためである
情動や情操を、眼で受け止め、眼で表現できるのは人間だけ
顔や尻を真っ赤にして発情を知らせるサルがいる
オスでは陰嚢も真っ赤
仔細に観察すると、雌の赤色調は、発情度の高い排卵期に最高潮となるものが多い こういった赤さは遠くからそれとわかる
メスザルにとって赤い尻、大きい陰嚢はたまらぬ魅力に違いない
チンパンジーの観察では、尻の腫れが長く続くほど交尾の回数も多い
アフリカにすむゲラダヒヒは胸にも性皮があって、発情すると数珠状に膨らむ 性皮のふくらみもまた、発情のシグナル
外面的な性差を視覚で選別するのは、サルの世界では日常のこと
体格、犬歯の大きさ、毛並みがそれで、これに身振りや攻撃性が加わる 眼と眼を見合わすのも、人間だけではない
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霊長類のなかでペニスが一番大きいのはもちろん人間である 乱交的なサルのペニスは大きい、ということになる
サルの睾丸は引込式になっていて、喧嘩のときなどには腹のなかに収まる
外に出たままなのはヒトだけ
睾丸の動きには二通り
感情昂揚時や緊張して運動している時は睾丸は縮まる
一方、雄から見た雌はどうか
体型性差の大きくないチンパンジーの雌は尻の腫脹で発情を知らせる 腫脹する尻をもたないヒトは出尻となり、さらに乳腺を永久に腫脹させたといえるかもしれない これが雄をつねに発情させる信号の一つになった
性器を露出するという挑発的な動作が、未開社会の一部では習慣となっていることがある 逆に性器をことさらに隠そうとする風習もある
比較文化的に見ても、女性の性器露出が男性の発情を高めるという点では一致している
進化の過程で、動物はそれぞれの種によって、生存してゆくために必要な眼の数を獲得していったが、一般に下等動物ほど眼が多い
この眼は小さく、ヒトでは重さ0.1-0.2ぐらむ、下等脊椎動物では、この器官は、解剖学的にもふつうの眼となんら本質的な違いはない
しかし、進化するにしたがって、実際に物を見る眼から光を感じる眼に変化し、その位置も脳の表面から、次第に脳の中心部に移動していった
かつては動物が3つの眼をすべて、積極的に見ることに利用していたのではないだろうか
このホルモンは暗くなると増え、明るくなると減り、光によって産生量を変える
ネズミでは、松果体を除去した子ネズミは生長が早くなり、性的成熟が促進され、出産回数も多くなる ヒトでも、疾患のために松果体の活動が弱まると、子どもの早熟がおこり、性徴発現も早くなる ヒトにも動物にも加齢に伴う松果体の活動の衰退がみられないことがわかったのも最近のこと
聴覚
仲間の発する音を聞き分けることは、生存のための重要な情報入手の手段
雌と雄が呼び交う音は、結局は種族保存のための信号となる
キツツキは乾燥した木を楽器に利用してくちばしで叩く 交尾期の雌を呼ぶ音
これも雌を誘うためのもの
求愛のために歌や音楽が奏でられるのは、人間の性衝動を高める前奏曲としては通常の手段 地球上のあらゆる人種は、性行動そのものや性器を表現するための言語的なシンボルを持っている
言葉による誘いかけは、性行動の前奏曲としてはもっとも有効
反面、性的刺激用語の乱用は、どのような未開社会でも、制約を受けている
特に男女同席の会合での使用をタブー化している社会が多い
動物のつぶやきを「動物の言葉」と呼ぶ人もいる
動物の音声は確かに予想されるよりも内容は豊富のようであるが、とても言葉とはいえそうにない
その単語は遺伝によって受け継がれるもので、習得されるものではない 山でサルの所在を知るのにも、鳴き声が有力な手がかりとなる
特に交尾期には、つぶやきや呼び声で騒がしい
嗅覚
香りのよい花を、男や女がからだや髪の毛につける習慣はどの社会でも見られる
アフリカの部族の男の多くが、女性をひきつけるために匂いのよい草を体中につける
女性の方が男性よりも匂いに対して敏感だと一般には考えられている
少なくとも麝香の匂いに対しては女性の方がはるかに鋭敏
動物が匂いを発散し、それが仲間や他動物たちに特別な意味の信号を送る時の匂い物質 発情期に異性を呼び寄せる以外に、自分の縄張りや、仲間やほかの動物に対する示威や、社会順位を守る、というように日常生活保持という大事な役割を果たしている 特にイヌの識別度は最高で、ヒトの100万以上といわれる メスのカイコの蛾が発散させるフェロモンは遠く11キロメートル離れた雄に、交尾の準備ができていることを知らせるという 嗅覚系が退化したと信じられているサルでもまた、例外ではない 1971年に、イギリス人のR・P・マイケルが、雌サルの膣からフェロモンが出てそれが雄を発情させると発表 視覚が極度に発達し、精神行動も高い水準にあるサルの嗅覚系はとっくに退化していると考えられていたので、世界の学者を驚かせた
雄ザルは交尾期になると、さかんに雌の尻をテストする
鼻をこすりつけるように嗅ぐ
そうでもしないと匂いが感じられないほど、サルの嗅覚能力は弱い
このフェロモンが、炭素を5つから8つほど持つ脂肪酸であることも同定されている 人間の女性の膣にも同じようなフェロモンが見つかっている
避妊のためにピルを服用している女性にはこのピークはない ヒトでもサルでも、もっと下等な動物でも、異性をひきつけるフェロモンが性ホルモンに依存していることにかすかな驚きを禁じえない フェロモン分泌も嗅覚系も、ホルモンに大きい影響を受けているので、性ホルモンのリズムをもつ女性の嗅覚の感度にも一定のリズムがあるらしい
たとえば麝香に対する感度は、月経後増え始め、排卵時に最高になり、その後平常に戻るようだ 妊娠すると、ある種の匂いに対して敏感になるのもそのため
雌のマウスだけを同居させておくと、性周期が乱れることが知られている 異性の匂いに対して異常に敏感になるという嗅覚以上も起こるし、行動も粗暴となる
このような現象は長期間出漁する漁民や、刑務所の囚人によくみられる
逆に、ほどよく身につけた香りが、異性間の闘争心を和らげることが多い
成熟した女性のもつ特有の体臭、粋を集めた化粧品の匂い、これらを嗅ぐことによって男性はくすぐられ、なぐさめられ、ほっとさせられ、おとなしくなる
これは嗅覚とはいえないが、鼻が一役買っている点では見逃しにはできない
妊婦がホルモンを鼻から吸って流産することも可能性として考えられよう
月経中の女性の唾液を友人が鼻の下にこすりつけたら、周期が同調して月経になった、という報告もある
味覚
味覚は飲食に対しては重要でも、性行動のとの直接的な関わり合いは薄い
しかし性情で頭が満たされると食欲が減ることがあるから、間接的には関係があるとみてよいだろう 満腹直後は循環血液は、脳へよりも消化管に集まって性欲を一時的に抑えることがある もちろん個体差はある
このようなつわりの基本パターンは、性ホルモン変動が中枢に伝達されておこった食欲減退現象
ヒトの場合、これに心因的なストレスが加わって、異型的なつわり症状が生じる 月経周期に伴って、性ホルモンの標的が作用する器官の性状も規則的に変動する 排卵日には分泌量も粘性も比重も最大となる
透明な色となり、乾かして顕微鏡でみると、きれいなシダの葉っぱの形を作っている
このように年生の性状を調べるといった自然な方法で排卵日が予知できるので、基礎体温表と併用して、避妊や不妊症治療に利用することができる
味覚と食欲は区別しなければならないが、食べることと性愛とは密に織りなしている 急激に痩せることはよくあるが、極度の肥満が愛の獲得に失敗した証となることもよくあること
食物を愛情表現の代わりとして贈呈されることも多い
皮膚感覚
皮膚感覚は単に性に関してだけではなく、子と親との接触のとき、さらに重要な役割を演じる 愛情が不毛に終わったり、欲求不満が嵩じたりすると、皮膚にかゆみが出たり、触れてほしいというむずむずした欲求が沸き起こってくることがある 皮膚という器官の重要性については、意外と関心が薄い 皮膚は絶えず生長し続ける
少なくとも4つの感覚セットを持ち合わせ、体温を調節し、防水壁となり、発汗させ、細菌の侵入を防ぎ、太陽光線を吸収している
毛髪や腺や、神経部分などの付属機関とともに、性的な調節と密接な関係を持っている
皮膚の表面にある感覚受容器の数は、100平方ミリメートルのなかに約50 https://gyazo.com/48da05fd9dab17baa75052ef39e29164
皮膚から後根を経て、脊髄に入る感覚繊維の数は、50万本をくだらない https://gyazo.com/e81516b29d5d42d9aeffe2e60e9c542c
したがって、これに対応して脳の触覚領域も大きい
髪を優しく撫でられて感じるのは、毛根のまわりの皮膚感覚の受容器(レセプター) この器官は、毛が曲がったことを知らせる
圧覚を受容するパチニ小体は、長さが1ミリメートルで皮膚のかなり深いところにある 脇の下や足の裏に触刺激を与えるとくすぐったいが、特別なレセプターが存在するわけではない
心理的な状態で感受性が変動し、同じ刺激でも気の持ち方でくすぐったくないことは日常よく経験する
かゆみ感は痛覚のレセプターに対して、弱い刺激が続くときに起こる レセプターは、パチニ小体と同じ構造で、触覚計の変形と考えられる
こういう性器への直接刺激以外に、乳房や、からだのほとんど前面に広がる性感帯への触覚刺激によって性感を高めることができるのは人間だけ 動物の場合の反射性性行動に対して、人間の場合は精神的性行動と呼んでよいだろう
性的なまじわりほど、皮膚が全面的に関わりをもつものはないし、オルガズムに達するのは男性も女性も主に皮膚の刺激によるもの 人間の性交のときの触覚のコミュニケーションは、運動筋のはたらきや、言語、それに、皮膚と同じ外胚葉性の視覚、聴覚、味覚、嗅覚と、深部感覚などの付随的な刺激によって補強される 刺激に対する感受性は、胎児、乳児、幼児期での、皮膚による生活体験で決まってゆく
「人生のはじめに、愛撫され、抱きしめられ、触れて慰められることは、小児の肉体のさまざまな個所をリビドー化し、健全な肉体像と、肉体的自我を形成することに役立ち、ナルシズム的なリビドーをともなったカセクシス("ある人を愛する""あるものを嫌う"というような、対象へのプラスおよびマイナスの関心がいつまでも続くこと)を高め、同時に、母親と子どもの間の絆を強固にすることによって、対象愛の発達をうながす。この時期には、性感帯としての役割をになう皮膚の表面が、子どもの生長に、多様な機能を果たしているということは、疑う余地がない。」 触覚によるコミュニケーションは、霊長類の生活では主要な役割を演じている
寄生虫やゴミのようなものを、からだから取り除く、という意味だけではもちろんない サルにとって、毛づくろいは社会的きずなである
毛づくろいの他に、軽く体を叩いたり、鼻をすりつけたり、キスをしたりする 接触によるコミュニケーションにも進化の道程が認められる
皮膚は脳についで重要な器官といっても過言ではない
皮膚感覚のうち、接触の感覚はすでに胎児期の最初に発達する
ヒトの新生児の体重全体に対する皮膚の重さの割合は、19.7%であるが、成人では17.8%と、変わらないところに生理的な重要性が伺える
動物の場合、相手の身体に対する攻撃的行動が、性行動の一パターンを形成していることが多い
ヒトの場合でも相手に苦痛を与えることと、性的興奮との関係が、暗黙のうちに認められているのではないか、と思われるような例をみることがある
それは多くの人間に内在している性向の誇張した面ともとれる
ルソーは10歳のとき、女家庭教師に罰として加えられた平手打ちから、性的な悦びを覚えたと告白している 叩くことによって作り出される苦痛と、性的快感とのつながり、という幼児の条件づけは、残忍性性欲倒錯として知られる、永続的な病理現象を生むかもしれない これは苦痛と残酷性が、挑発的な性的快感を引き起こす異常行動である
このうちマゾヒスト的倒錯は、苦痛、嫌悪、屈辱の体験を身に着け、そこから性的興奮を導き出すもの
一方、サディスト的倒錯は、苦痛、深い、恐怖、屈辱を他人に課して、自らの性的快感の源とするもの
3. 性とホルモン
脳のなかのオス・メス
脳の性分化
機能的な性を形成させるための重要な性の分岐点
脳の中の視床下部が性分化してはじめて、雌あるいは雄の性が機能を発揮できる、という意味 雄・雌の性機能の差とは、雌では卵巣の機能が周期性をもっているのに、逆に雄の場合は周期性のないこと 性周期をもつようになったことを、脳がメス化したという 脳の視床下部をこのように性分化させるのも胎児の性腺から分泌される性ホルモン 卵巣が正常でも月経のない少女がいる
これは脳の性分化が不完全なため
性ホルモンは性腺分化のためにだけ作用するのではなく、脳に働く
この実験結果が意義深いのは、性ホルモンに性分化能があることがわかっただけでなく、生物は性の両能性をもっているということがわかったこと ネズミとか、サルとか、ヒトなどの高等動物となると、カエルやメダカのように簡単ではないが、本質的には両能性が備わっている どのように進化しようとも、原則的には性は相対性であるということ
紅海の熱帯サンゴ礁にすむハナダイも、オーストラリアのサンゴ礁にすむチゴベラも、群れのなかの順位によって性が決まる 異性認知には視覚が重要であることがわかっている
視覚刺激は脳の視角領に投影されるから、魚でも性の生物学的決定のレベルは脳ということになる
哺乳類が両生類や魚のように簡単に性転換ができないのは、哺乳類の受精と発生がカエルや魚などのように外部環境でなく母体内で行われる、ということと関連している 母体内への実験的介入にはたくさんの壁がある
哺乳類の妊娠母体に様々なストレスを与えたり、ホルモンを投与したりして性転換実験が試みられてきた 母親のストレスが性分化に影響を与える、ということは実際には起こりうるようだ
特に胎児が雄の場合にはっきりしている
妊娠ラットに音や光などのストレスを与え続けると、生まれた雄のラットのペニスが短く、睾丸も軽い 生長後の交尾もままならず、まるで雌のような反応をする
妊娠母体へのストレスは性倒錯者を作る一要因になりうることが考えられる
雌のラットが生まれる直前か直後に男性ホルモンを与えられると、成熟してから性の周期性を失って、連続した発情状態となる 雄のラットの場合は、出生直前の男性ホルモン不足が問題となる
十分な男性ホルモンがないと、逆に、生長してから雌のような周期性が出現する
サルの場合、男性ホルモンの過不足が問題になるのは生まれるときではなく、妊娠初期
ラットの妊娠期間は22日と短い
ヒツジは150日で、脳の性分化にとって重要な時期(臨界期)は胎生の50-100日 このように性中枢分化の臨界期は、主として動物の妊娠期間の長さによって決まっているように見える
妊娠初期のいわゆる臨界期に、母ザルに男性ホルモンを続けて注射すると、生まれてきた雌の子ザルは、内生殖器は雌型だが、外生殖器はペニスと陰嚢 こういった雌ザルの成長過程での行動は雄型で、荒々しく、騒がしく、強引な自己主張を持ち、雄と同じマウンティング行動もする サルほど明瞭ではないが、ヒトの場合も、妊娠初期の誤ったホルモン投与の影響は無視できない
流産防止に粗悪な合成黄体ホルモンが使われていた2, 30年前は、その製品の男性ホルモン作用によって生まれてきた女の子に問題のあるケースが多かった A・エールハルト(1969)がこのような10人の少女について調べたところ、内生殖器の変化はなく完全に女性 外生殖器の変化も、サルほどひどくなく、個人差がある
手術を必要とするものもなかにはあるが、生まれたときにクリトリスがペニスに見える程度のものが一番ひどい、という程度
男性ホルモンの影響はむしろ行動面に強かった
少女たちの行動は、少年と誤解されるほど荒々しいものが多かったが、そのほとんどが、いわゆるひどい「おてんば」
争いを好み、フットボールを愛し、人形は棚の上に放置しておいても、カウボーイ用具やオモチャのピストルで追いかけっこをする
フリルのついた服よりも、どちらかといえば、ブルージーンズを選ぶ
結婚して子を産んでも、赤ちゃんに関心が薄い
ヒトの場合は、男性ホルモンは、月経周期を失わせる効果はないにしても、より高次の脳の女性化を妨げているようだ
https://gyazo.com/022e958f432cefe579b3734885fbf462
胎児の脳に性ホルモンが作用し、脳を雌か雄に性分化させ、生後の行動を規制する仕組み
線の太さは影響の大きさを示す
男性ホルモン対女性ホルモンの比が、雄胎児の場合が雌の場合の10倍以上で、これが脳の性分化を規定している
男性ホルモンが視床下部の近くにある大脳辺縁系にも作用して、攻撃的行動力を触発する
胎児の脳がいつごろから雌あるいは雄化するかは、胎児の脳、特に下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンの時間的経過を調べればわかる https://gyazo.com/94997a156860283fdbb21320a5d77c55
雌胎児の場合、妊娠なかばに、血中にFSHやLHが大量に出てくる、ということは、この時期に、最初の卵胞が作られることを意味している ヒトの場合でも、妊娠4ヶ月頃から女性の胎児に、最初の小さい卵胞ができることが形態学的に確かめられている
こういった性腺刺激ホルモンが下垂体から分泌されるためには、視床下部からそのための放出促進ホルモン(FSH-RH, LH-RH)が分泌されなければならない 視床下部のどの部分が、性ステロイドの作用を受け、機能的な性差を生じさせるのか、という問題は現在もまだ完全には解決されていない ただラットやハムスターなどの実験でLHの周期的分泌中枢が局在することが十分考えられる しかしラットなどで得られた、性ステロイドによる脳の性分化の図式を、ヒトを含めた霊長類に、そのまま短絡させて適用することは極めて危険
性ステロイドに対する標的脳組織の感受性が、ラットとサルではまるで違う
性分化の方向はメス化にプログラミングされている
一方、脱メス化の主役は、アンドロゲンだけではなくエストロゲンも参加していることが最近わかってきた 脳の性分化の場合と、前立腺や精嚢腺を分化させる場合とではアンドロゲンの働きも異なることが明らかになっている 脳のメスへの性分化にアンドロゲンの役割が大きい、という逆説めいた理論は近頃やっと定着してきた感がある
つまり最終的にはエストロゲンが脳の性分化のオーガナイザーということになる
遺伝的にプログラムされた脳内性中枢の神経回路は、哺乳類では雌型であるが、臨界期に性ホルモンの影響を受けると、性中枢の神経組織は軸索の伸展やシナプス形成の促進といった修飾を受けるため、雄型の神経回路が形成されるということだろう 異常な性分化
とくに昨今は、外観だけでは男か女かわからない人間が多くなった
ホルモンの乱用や環境汚染で、性器に異常を持った人間がふえたとも言われる この例は、遺伝的には雌型で卵巣を内蔵しながら、外性器は雄型
これに対して、内性器と外性器が完全に一つの性に統一されていながら、もう一つの性のようにふるまうのは半陰陽ではなく「性倒錯」である 性のできあがるどの過程にも異常がつきまとう
異常を誘発する因子としては、性染色体、ホルモン、社会環境、性心理などが挙げられる 45-XO、つまり、もう一つあるべき対の性染色体がない 外観は完全に女性だが、卵巣はない
背が極端に低く、翼状頸といって、後頭部から項にかけて、髪の毛の生え際が下の背中まで低く迫っていて、頚が短く見える 背が極端に低いヒトを侏儒豊部が、侏儒の14%がターナー症候群だと言われている その1割に知的障害が認められ、大部分が胎生中に流産になって淘汰されるが、それでも2500人に1人の割合で生まれてくる 性染色体欠失の影響は下等な動物ほど弱い
ただし、子宮と卵巣は未熟で、卵巣に若干の異常と、ホルモン分泌異常が認められている
性染色体XXYを持つ人は、外観がひょろ長い男性である このような男性は社会行動面で問題があり、人格の形成の貧弱である
知能程度もターナー症候群より低いとされ、性犯罪を起こす例も少なくない
実際には、この症例は500人に1人ぐらいの割合で生まれている
1966年、シカゴの看護婦宿舎で、9人の看護婦のうち8人が強姦ののち惨殺される、という事件があった
壁に「地獄におちろ」と血文字で書いた、リチャード・スペックという犯人は、背が高く、性染色体がXXYだった。 彼は夜な夜なパリを震撼させた、妊婦の連続殺人魔だった
しかし、XXYの性染色体保持者が、このような残忍な犯罪者にまで発展することはきわめて稀なことである
染色体を観察し、その異常を発見する技術は、この20年間めざましく進歩している 羊水による出生前診断も可能だし、出生後もわずか0.3ccの血液があれば染色体異常を検査できる
しかし、胎内の性がわかっても、特別な場合を除いては、母親には教えていないのが現状
親の望まぬ性とわかって胎児の命が失われる危険を避けるため
一方、染色体異常がわかって、母親に伝えた場合でも、半分以上は、どうしてもその子を産んで育てたいと希望するもの
日本語が示すように、陰と陽、解剖学的に雄・雌の両性的な形質を備えた完全性分化異常例
「ふたなり」とも「おとこ・おんな」ともよばれている 語源
青年はそれを退け、愛を拒まれた妖精は、彼にしっかりと抱きつき、永遠に一体になりたいとギリシアの神々に祈る
神は妖精の純愛に打たれてその願いを聞き入れ、二人は一体化する
こういった雌雄同体は、下等動物では普通の現象だが、高等動物では、奇形として稀にしかみられない ヒトにももちろんおこりうる現象
半陰陽は主としてホルモンのアンバランスで起きる性分化異常
男性にひげが生えず、乳房が発達し、大腿部その他に脂肪がのり、体つきが丸みを帯びる
ペニスにかわってクリトリスがあり、膣は狭く浅く盲端に終わる
反対に女性ではひげ、胸毛、すね毛が生え、乳房が異常に小さく、声が男のように太い
このようなヒトの性腺は未発達であるが、どちらか一方の性には属している
このような仮性現象に対して、一人のヒトの体に卵巣と睾丸が同時に存在する真性半陰陽はきわめて稀にしかみられない ホルモン異常による歪んだ性分化は、胎生期でも後天的におこる
妊娠初期の母ザルに男性ホルモンを投与してできた雌ザルの異常については前にも触れた
妊娠初期に毎日テストステロンを注射すると、生まれた雌ザルは仮性半陰陽となる ホルモンの影響は、男性ホルモンだけとは限らない
ヒトは流産防止に黄体ホルモンを頻用するが、治療を受けて生まれた子どもが攻撃的である、というショッキングな報告を、ごく最近、J・M・ライニッシュ博士が発表した(1981) 生まれた17人の女子、8人の男子に対する追跡調査
ホルモン治療は流産防止に目立った効果がないばかりか、生まれてきた女の子に性器の異常を誘発したり、17人の少女のうち12人、8人の少年のうち7人が、すこぶる攻撃性が強かった
脳と性――発情と抑制
女性には卵巣が左右二つある
病変のために両側とも除去することがある
しかし、卵巣のなくなった女性の性欲には変化がない
女性の性欲がホルモンに依存していないことがわかる
性欲の減退は、生殖器官の欠落や、ホルモン異常によるというよりは、心理的な要因で触発されることが多い
たとえば、夫の浮気とか、人間関係のいざこざや、社会的ストレスが嵩じた場合
性欲は精神的活動
男性の場合
ある時期に突然性腺の機能が停止する、といった更年期はない
睾丸から分泌される男性ホルモンは、加齢とともに確かに減るが、完全消失はありえない
このホルモンは20歳半ばで極限となり、これが40歳ぐらいまで続く
その後漸減して、60最大で最高時の3分の2、さらに老齢化しても3分の1の値を保って消失することはない
男性も女性と同じで性欲そのものはホルモンレベルとは無関係なのだが、現実には男性ホルモンレベルに対応している、と錯覚していることが多い
男性は50歳前後から、精神的・肉体的活動の不安定と衰退を訴え始め、こういう訴えの中でも、95%以上を占めるのが性欲の減退
しかし50歳の男性のホルモンレベルは、訴えほどには低下していないから、男性の場合も、性欲とホルモンレベルの間に正の相関は見られない
性欲減退を訴える男性にテストステロンを与えても効かないし、また、睾丸をとった男性でも、普通に性生活を営むことができるという事実が、このことを立証している
男性の性的能力(ポテンス)は本能的機能だが、思考、知性の座である大脳新皮質の影響をうけやすい 日本のインポテンスの男性を多数集めた病因調査で、その64%もの症例が心因性 かなりの例で、精神的ストレスや悩みのために、性本能の座である大脳辺縁系の機能が強く抑圧されていることを示している
一方、老人の性が社会問題化している
老人ホームの住人を対象にした老人の性白書におると、性欲に衰えを見せない老人が80%、勃起・射精可能者が半数以上であった
加齢が性欲を抹殺するものではないので驚くには当たらない
今後さらに、高齢化社会が加速化されるなかで、老人の性にどう対処するかは重要な社会問題
視床下部には、空閨感を起こす部位と、満足感をおこす部位がある この部位からの信号を受けた大脳辺縁系が、性欲を形成して性行動を触発させる この性本能の座である大脳辺縁系の働きは、さらに高位の中枢である新皮質系からの促進や抑圧といった、両面の修飾を受けている 人間は動物と違って、周年発情して、性の欲求にかりたてられているのだから、新皮質系の理性、知性によって厳しくコントロールされなければならない 新皮質系による性欲コントロールの機構は、雄と雌、男と女でかなり違う
雌の新皮質を全部切除してもなお、正常に交尾し、妊娠し、仔を生む 雄の新皮質は、半分を失うだけで交尾ができなくなる
これをただちに擬人化すると、女性からお叱りを被ることになるが、似たような記述がキンゼイ報告にもみられる 男性は女性に比べると、観念的要素が性的興奮の引き金となりやすい
つまり男性は、見ただけ、聞いただけ、想像しただけで、性的興奮を覚える
一方女性は、視覚ではビクともせず、聴覚情報でいささか情動をゆすぶられ、皮膚や粘膜の接触刺激によってはじめて性的興奮が引き起こされる そして一度興奮すると、理性や知性の手が届かぬほどになる
オスガエルは、除脳されてもメスガエルを反射的につかまえることができる
また、大抵の動物の雄は、脳を壊して「脊髄動物」にしても、生殖器や大腿部の皮膚に触れると、後半身を下に曲げ、ペニスを勃起させ、交尾姿勢をとり射精すら可能なこともある 人間も例外ではない
胸部のレベルで、脊髄が完全に切断された男性が、結婚して子どもをもうけた、という例はよくある
この場合、性の快感もなければ、もちろん、性ホルモンのかかわりあいもない
人間の性生活には意志が介在する
下等動物にみられる神経-ホルモンによる自動機能ではなく、男女両性によって完成される機能であり、情操が深いかかわりあいをもつ いずれも成人でよく発達している前頭連合野のはたらきによるもの したがって、前頭連合野の発達していない下等動物や、そのはたらきの未熟な新生児には、情動の心しかない 情動形成の座も大脳辺縁系であり、本能的欲求が満たされているか、満たされていないかを知る心を作る場
性周期とホルモン
それまで周期的に活動していた卵巣の働きが停止し、ホルモン分泌もとまる 脳からの指令でつくられた性ホルモンが逆に脳にはねかえる、いわゆる卵巣ホルモンのフィードバックもなくなる
ホルモンのはねかえりをうけていた視床下部は、血圧、呼吸、消化など内臓機能を統御する自律神経の中枢でもある この下垂体は、視床下部から特別な統御ホルモンを受けている このからくりを前提にして更年期を考えてみると、卵巣の寿命が切れ、脳の中枢にホルモンがいかなくなり、動揺が起こる
その影響で顔がほてり、動悸がし、頭が重く、人によっては様々な自律神経失調や内分泌異常を訴える
健康な女性は、人体の恒常性(ホメオスタシス)でこの障害をカバーできるが、どこかで恒常性の鎖が切れている女性の症状は重くなる このようにホルモンや性周期の調節という脳のはたらきは、視床下部-下垂体系によって行われている
https://gyazo.com/47132fa0a04783b3f087d6b2e9c06609
小さなエンドウ豆大の下垂体は、前葉と後葉に分かれている 下垂体後葉は視床下部から神経支配を受け、後葉ホルモンの分泌が調節されている 下垂体前葉は、人間のからだのはたらきにとっても、性にとってもより重要 視床下部からは、下垂体門脈系という特別な血管系を流れるホルモンによって性周期の調節を受けている 逆に性腺から分泌されたホルモン、たとえば卵巣性の性ホルモン、たとえば卵巣性の性ホルモンの一つであるエストロゲンは、視床下部にはねかえって、マイナスとプラスの効果を与える いわゆるフィードバックとよばれる現象であり、更年期の現象はマイナスのフィードバックのなくなった例 排卵直前にLH濃度が一時的に急上昇するのは、エストロゲンのプラスのフィードバック効果 内分泌学のめざましい進歩によって、ホルモンのフィードバックにも色々複雑なものがあることがわかってきた
性腺からのホルモンがフィードバックされる過程は長経路であるが、たとえば下垂体のLHが視床下部に影響を与える短経路や、視床下部内でホルモン同士が干渉しあう超短経路が知られている
下垂体からのLHの分泌パターンには二通りあることも明らかとなっている
持続的な分泌パターン
通常のエストロゲンのフィードバックによるLHの分泌はこちらの型
振動型パターン
卵巣を摘除した女性や、更年期の女性、あるいは卵巣機能の低下した女性に見られる
つまり、エストロゲンの影響不在のときに著明になる
振動周期は1時間から3時間、平均すると90分で、この周期がレム睡眠と同じというのは、奇妙な一致というべきであろう 視床下部からのLH-RHも同じ振動型分泌を示すので、下垂体からのLHの時周期的分泌は、視床下部性だと推定されている
月経周期
月経周期は、サルでもヒトでも、これらのホルモンがドミノ式に影響しあって繰り返される https://gyazo.com/c7400cfdb9508ba922d143c49726f10c
次にそこから分泌されるエストロゲンがするどい山をつくったところでプラスのフィードバックがおこって、LHの山がくる 途中でどの駒が倒れても次の山が来ないから月経周期が乱れる 月経周期もそれにともなう複雑なホルモン変化も、とどのつまり、周期的に排卵させ、子宮の内幕に受精卵を育てる準備をさせるためにほかならない 妊娠しなければ、肥厚した子宮内膜は、はがれて流れる
月経は、無排卵でもおこることがあるが、原則としては排卵にともなう現象 脳のなかがメス型になって、その後思春期に初潮を迎える それ以来、ほぼ30日の周期で月経がる
排卵がなくなると月経も止まる
更年期とは周期性との訣別にすぎないので、女性との訣別では決してない
月経は人間だけに見られる現象ではない
人間と同じ卵巣、子宮の形態をもつサルにもある
サルは大きく分けて、下等な原猿と高度な真猿とがあるが、真猿以上のサルはすべて月経をもつ サルもヒトも、月経周期はその字の示すようにほぼ30日前後だが、その理由ははっきりしない
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しかし動物は、生まれた時から、日光や潮汐など、自らが住む環境の周期性変化にさらされ続け、それぞれの環境に適応した一つの生体リズムをもつようになったのだから、一般に月周期や日周期現象には、日照の影響が大きいと思われる 潮汐には複雑な要素が絡みすぎているからである
サルの月経血量は、挿入綿棒でやっと認知できる量から、したたり落ちる量まで様々
ヒトでは平均して毎月50ミリリットルくらい
一年の全量が600ミリリットル、初潮が13歳で閉経が50歳だとすると、一生の間に約20リットルの血液が失われることになる
卵巣は二つある→毎月交互に排卵するのかどうか
ヒトで調べるのは難しい
メスザルのおなかに腹腔鏡を挿し込んで、卵巣表面を観察すると、どちら側から排卵するかは、月経周期の長さによることがわかる
たとえば前回反対側で排卵していると、今回の月経周期の長さは29.1日、前回同側だったときは34.8日と、大きな開きがある
黄体期の長さはサルの場合も14日前後と一定だから、卵胞期の長短で他側か同側かがきまる、ということになる 月経周期の黄体ホルモンの影響がまだ同側卵巣に残っているから、卵胞の発育が抑制される
そのために他側に排卵を譲る
あとの半数はばらばら
これをヒトに敷衍すると月経周期の短い人は右から左、左から右と、交互に排卵をしていることになる
生体のなかで、生長期での胸腺は別として、早々と寿命をまっとうする器官は卵巣しかない
その寿命は50年前後といわれる
女性は生まれたときから、決まった数の卵を卵巣の中にもっていて、生長してからそれ以上に増えるということはない
45歳で妊娠すれば、45年を経た卵が受精した、ということになる
年寄りの卵には、やはり異常が多いとみなければならないだろう
老齢の卵は受精率も悪いし、受精しても流産したり、稀にダウン症候群のような異常児の生まれることがある 交通事故で死亡した女性の卵巣を丹念に調べた研究者によると、42万個の卵を数えた、という
だいたい数十万個だろうと、大雑把に推定されている
しかし、初潮から数えてみて、一度も妊娠しないとして、毎月規則正しく40年間排卵しても、せいぜい排出される卵は500に満たない
数十万個のうち数百個の卵がどのように選択され、成熟し、排出されるか、詳しい仕組みはまだわかっていない
閉経期に近づくと、排卵がなくても月経がある
これは卵萌芽成熟しホルモン分泌は普通でも、卵萌芽そのまま閉鎖したり、縮んだりしてしまうから
縮むとホルモンもなくなり、肥厚した子宮内膜が流れて月経となる 数十万個のほとんどの卵胞は、このように閉鎖消滅してしまうのだろう
男性ホルモン
睾丸で主に作られるが、副腎や卵巣からもほんの少しずつ分泌される 性分化のところで述べたように、副腎や性腺は、胎児のころの同じ部分から発生したもの その後性分化が完成して、分業が進んでも、多少の分泌は続いている
男性ホルモンは胎児の性腺分化のときに大活躍するが、世に出た男性に対しては二次性徴の完成に寄与する 内外性器の成熟、陰毛やひげを濃くし、甲状軟骨(喉仏)、声帯の男性化など、さらに、男性ホルモンのもつ蛋白同化作用によって、余剰のタンパク質を筋肉にたくわえて発達させる 血液中の男性ホルモンの濃度は、ストレスによって変わりやすい https://gyazo.com/38243c3771703e69f184a2f35e1fd293
そのサルを、雄猿だけのケージ内に入れてやると、極端にテストステロン濃度が下がる
次にこのサルを雌のケージに移すと、テストステロン濃度が再び元通りに上がる
サルの場合もヒトの場合も、社会的なストレスが、直接からだのなかの男性ホルモンレベルに跳ね返ってくることがわかる
次章でも触れるが、サルでもヒトでも男性ホルモンレベルには季節性がある
秋に高く、春から夏にかけて低い
男性ホルモンには二次性徴づくりや、蛋白同化作用の他に、睾丸で精子をつくる、という大切な役目がある 以上のように、男性ホルモンは男をつくるものだが、女性にも存在している
要するに、生物的な男女の性差の秘密は、血液中の男性ホルモンと女性ホルモンの比率にあるといってよいだろう
副腎から分泌される男性ホルモンが、男では女性ホルモンに変えられ、女では副腎ユリアの男性ホルモンがそのままの形で作用する
この女性における男性ホルモンは、性的欲求とも関係が深い
4. 妊娠
妊娠期間を決める因子
哺乳類にかぎってみると、体重が大きいほど妊娠期間が長い
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からだが大きくなるほど、妊娠期間を延長させ、哺育と育児の時間を延ばし、出産間隔をひろげる傾向がある からだの大型化で採食量が増加してもなお、その環境下で生存を続けるため
したがって、大型哺乳類の妊娠期間延長は、個体存続のための、さらにポピュレーションの自動調節のための適応現象といえるだろう
周年、発情・出産する種をのぞいて、動物は一般に、新生児の生存に適している春から初夏の季節に出産する 文明が進み、いつ生まれても生存可能な環境にある動物は、繁殖期を喪失して、周年発情が可能なように思われる しかし、それは人間だけの社会の話
妊娠期間は妊娠中の栄養状態や環境要因で、延びたり縮んだりすることがある
毎日体重1kgあたり4gの高タンパク食を妊娠ザルに与えていると、平均8.5日妊娠期間が短縮する
高タンパク食が胎児の成熟を助長していることになるが、詳細なメカニズムは不明
サルは夏に妊娠すると、冬に妊娠したときよりも妊娠期間が長い
大体、気温が摂氏二度以上あがるごとに一日延びる
摂氏30度の夏を10度の冬と比べると、およそ10日の妊娠期間の延長ということになる
残念ながらヒトにはこの類のデータは見当たらない
といよりも夏も冬も差がないといったほうがよいかもしれない
さきに、母親の体重が妊娠期間を決めると述べたが、新生児の体重にも性差がある
アカゲザルの雄の新生児の平均体重は460g、雌が413gと軽重がはっきりしている オスの在胎日数は、2.9日分だけ雌よりも長い
人間の場合も、男児の在胎週数は女児を上回っている
胎児の在胎日数は体重に比例しているが、若年の母(19歳以下)と高年の母(30歳以上)から生まれた新生児の平均体重は、他の年齢群に比べて小さい
妊娠期間は年齢によっても影響を受けることになる
以上をまとめる
たとえば、冬に妊娠し、高タンパク食をとり、胎児が女子だとすると、母が若すぎるか高年の場合は、妊娠期間は二習慣以上も短縮される、ということになる
妊娠の長さを決める要因は外因と内因がある
妊娠と環境
妊娠した母親にストレスを与えると、胎児の発育が抑制されることはよく知られている
密集した住宅に住み、生活レベルの低い女性は未熟児を産むことが多いし、狭いケージに閉じ込めておいた雌ザルの産む子ザルの体重は小さく、流産・早産率も高い そして、ほんの些細な刺激が、血圧を下降させ、胎児の心音を大きく動揺させる
母親のストレス型維持に影響を与えるのは心理的ストレスで交感神経系の活動を高ぶらせ、カテコールアミンを放出させ、これが子宮の血流量を減らすためらしい 胎児は苦しくなると運動が激しくなる
からだを動かすために、脂肪消費も多くなり体重が減る
こういう胎児は生まれてからも落ち着きがなく、よく泣き、睡眠が短く、下痢しやすく、回復に何ヶ月もかかるという傾向がある
東洋医学に古くからある「胎教」は生きていると考えるべきである 戦争の強いストレスが妊娠初期に脳が性分化するときに、男性ホルモン分泌を抑制したからにちがいない したがって、真夏、妊婦が冷房の効きすぎたビルに出入りすることはできるだけ避けるべき
寒い環境に対しても、長期に慣れば子宮は適応するが、妊娠子宮は、特に温から冷への急激な温度変化に弱い
一方、妊娠子宮は明暗に対するリズムをもっている
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子宮が収縮すれば、子宮血流量が減って、胎児は苦しい
喫煙は胎盤血流量を減らして、胎児の発育を迎える
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喫煙が1日10本以上の女性は、非喫煙者の1.7倍の流産率
生まれた子供の生後の死亡率も高く、欧米の周産期(出産期周辺)死亡の5-10%が喫煙障害とsれているほど 先天異常も、非喫煙者の2, 3倍となっており、心血管系や尿路系の先天異常が目立つとされている
さらに驚くべきことは、子どもの生後の知能の発達にも影響をおよぼすという点であり,子どもが7歳になっての調査によると、軽度の知能低下がみられるという
胎児の五感
妊娠前半の胎児は、音や明暗や温度や圧力に対しては直接の影響を受けないほど、安定した環境に恵まれて育っている
しかし、生まれてからの外界刺激や環境条件に適合させてゆくために、妊娠六ヶ月以降から胎児の感覚器は急速に完成に近づく
特に聴覚系の発達は目覚しい
妊娠5ヶ月には、中耳や内耳の構造は、オトナなみになる
8ヶ月をすぎると、強い音に対してからだを緊張させる反応を示す
妊娠末期には、母親の心臓のリズミカルな振動が、胎児に伝わって聴覚を刺激する
生まれてからの新生児が、このリズミカルな音律に親しみを覚えるのは、子宮内で聞いた母の心音が、聴覚の記憶に残っているためである
子宮収縮剤を投与された母親の胎児の聴覚閾値はアガrう
強い子宮収縮は、胎児から感覚受容をも奪ってしまうようである
右利きの母親も、左利きの母親も、その80%が、左胸に子を抱くというリー・ソーク博士の観察がある この傾向は、人種、国によらず世界共通
絵や写真でもその75%が左胸に抱いている
サルも例外ではない
母ザルは生まれたばかりの子ザルを実に90%以上の頻度で左側に抱く
ソークはまた、新生児に心音リズムと、速いリズムを効かせ、心音を聞いた新生児は機嫌もよく、発育の速度も早かったことを観察している
胎児にとって、皮膚感覚の刺激がその後の生長、発達に必要なように、体内でたえず耳にした大動脈を通って羊水に伝わる母親の振動拍動は、母の胸への接触とともに必須の刺激要因
胎児が子宮内で音を聞いている、という事実は現在では疑いの余地はない
小児科医の山内逸郎は500ccのビールで膨張させた胃にワイヤレスマイクを自分で入れて、ベートーベンのピアノソナタが、マイクでキャッチできることを確かめている 新生児が幼児に生長してから、体内で繰り返し聞いた音曲に強く惹かれる、という報告も多い
出生直後に母親から引き離した子ザルが、何ヶ月模型化してから見たこともない母親を認識できるのも、体内で聞いた母サルの声が刷り込まれているからであろう
胎児の五感のうち、視覚と嗅覚は、生まれてから発現すると考えてよい
嗅覚に関しては妊娠七ヶ月ごろに鼻孔が外と開通しても羊水が流通するだけだから働く余地はない
視覚もそう
新生児は生まれて10分もたつと、人の顔がわかるらしい
新生児は単に視力があるというだけではなく、パターン認識力ないしは、図形の判断力あせもっている 味覚の受容器(レセプター)である味蕾は、妊娠前半には舌だけでなく、唇や頬の内面や、口蓋、咽頭の粘膜面に散在しているが、八ヶ月頃から次第に減って舌と口蓋に限局してくる 甘味と苦味に対する味覚は早くから発達し、妊娠六ヶ月頃には、胎児は甘味に対して吸い付こうとし、苦味をきらって舌を出す動作をする しかし、味覚の感受性が増加するのは、もちろん生まれた直後から
新生児が母親の乳の味と他をよく判別することができることは日常よく経験するところ
皮膚表面の刺激を感じる触覚は、一番早く発達し、妊娠二ヶ月ごろには口の周りを刺激すると、胎児はからだを動かすほど
羊水を飲む動作も、胎児の運動の一つ
満三ヶ月をすぎると、羊水を飲み始める
胃腸で吸収された羊水の水分は血液に混じって、からだのなかを循環する
三ヶ月の終わりごろから胎児の腎臓が機能し始め、4ヶ月のなかばで膀胱に尿が検出され、6ヶ月に入ると羊水中に排泄される 一方、五ヶ月以降になると、羊水には皮膚の剥奪細胞や胎脂がはじまるようになり、羊水とともに胎児の口に飲み込まれるが、これは消化管では吸収されにくい
胎糞は生まれてから4-5日間に少しずつ排泄される
胎児は溺死しない
肺呼吸をしない
必要な酸素は胎盤を介して母体の血流からもらって、これを肺に供給している
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50年近く、誰からも引用されなかった
山梨大学小林繁らによって、消化管ホルモン産生細胞であることが再確認され、「瀬木の帽子」と命名されて、にわかに脚光を浴びることになった この構造の発生は、妊娠5ヶ月ごろらしく、出生後、新しい栄養形式(乳など)が新生児の消化管に入った瞬間、自ら離脱し、腸腔に身を投じて5ヶ月間の劇的生涯を閉じるもののようである
「瀬木の帽子」は、羊水が食物に変わる日をみずからの運命の日と定めながら、その日に備えて、すべての消化管に対し、万全の準備を指令しながら、早まった行動を抑えている、いわば羊水適応器官らしいと瀬木は推論する
羊水はこうして、胎児が飲み込み、血液を介して母体に送られる
羊水過多症に未熟児が多いのは、羊水が飲めないために量が増え、飲めないような原因も加わって発育が遅れて未熟児になると考えられる こういった羊水が飲めない胎児の「瀬木の帽子」がどうなっているかも、今後解明されるべき興味ある問題
5. 性原理の倒錯――同性愛
性の医学的分類は第一次、第二次の性分化があって、次いでからだの性、そして社会的あるいは精神的性、というようになっている
からだの性は、いうなれば解剖学的な一次性徴そのもので、これが性腺の性に反する場合、既に述べた半陰陽である 大脳化現象の進んだ人間にとって重要なのはむしろ、社会的な医師精神的性別 生まれた時外陰部の形によって判定され、二週間以内に戸籍に登録されると、これが社会的な性として決まってしまう
男か女かしかなく、中性はありえない
しかし、思春期までに解剖上の性とは逆の「与えられた性」によって行動するように教育されると、心理精神的性別(性自認)が後天的につくられてしまう 思春期以後にこれがあやまったものと気づいても、もはやもとの性には戻れなくなっている
このように、解剖学的に一つの性をもちながら、異性としての行動をするとき、性原理が逆転するわけで、この減少を性倒錯ともよんでいる そのいずれも、心理面や行動面でその徴候が現れるので、性心理的な問題と考えて良い
異性装者のように、男女二つの性的自認をもっているわけではなく、仮に男性の姿をしている女性、というように自分をとらえている
自分のペニスを自然の過ちと神事、ひたすら取り除きたいと願っている
女子の同性愛者をレズビアンと呼ぶのはギリシア時代のサフォーがレスボス島出身であったことに由来 サフォーはレズビアンであると同時に、男性をも愛せる両性愛者であったと言われる 性的欲求というものは、たとえ満たされなくとも生命には別状がないので、多方面に置換されやすいといえる
オトナにあった男性も、社会的条件とか、囲まれている文化によって、かならずしも結婚のチャンスを持つとは限らない
また、夫に見放された女性、夫を失くした女性も、性欲のはけ口に悩むだろう
このように性的欲求不満が嵩じ、性的なエネルギーが正常な性的対象に向かいえないとき、別の目標を求めていく傾向がある
その場合、対象を同性にしたのが同性愛である
異性を性的エネルギーの対象とできない社会的条件としては、たとえば、刑務所、寄宿舎、軍隊、軍艦内、それから一夫多妻で、未婚女性の絶対数が減少した町や国があげられる
このような状態では、偶発的に同性愛がおきやすい
社会の眼が厳しく、ホモに対して強い罰則のあるようなときは、ホモの度合いの低いヒトは異性愛の方を選択することができる
サルにも同性愛的行動が見られる
あるいは同性愛的であっても同性愛でないのかもしれない
ヒトの場合、同性愛は多分に性心理的な問題
それはヒトの大脳化現象がはるかにサルを越えているから
サルの世界でも、ホモ的行動は圧倒的にオスが多い
しかし、一つの群れにオスの数が少ないような場合は、雌のホモ的行動だけが観察されることもある
サルの場合、100%のホモというケースはなく、ほとんどが両性愛的であるという点で、ヒトと違っている
また、ホモ的行動が繁殖期だけにみられるのも、サルの同性愛的行動が、ホルモンに強く依存していることを示しており、これもヒトとの大差といえる