3. 進化心理学とはどのような学問か
https://gyazo.com/2a6b1f2dcccb3e73a8dab8c63dd4a73e
1. 標準社会科学モデルからの脱却
1-1. 標準社会科学モデル
20世紀の心理学では「育ち」を重視する立場が強い影響力をもっていた
行動主義に限らず、20世紀には「育ち」を重視し、生物学的な説明をヒトの行動の説明から排除しようとする立場が、人類学・社会学といった社会科学全般で強い影響力を持っていた
SSSMの二分法
教育が必要なチーターの狩りは生物学的な理解とは無縁の行動ということになってしまう
ヒトの心のはたらき・行動が全く生物学と関係ないのであれば、脳の大きさや構造も関係ないということになってしまう
1-2. 優生学と生物学嫌い
生物学的な説明を認めることは、必然的に優生学的な考え方につながってしまうわけではない
優生学が間違っているのは、ヒトの特性に遺伝的に決まる部分があると考えていることではない
遺伝性のある特性に優劣をつけることができると考えている点
恣意的に決定した優劣に基づき価値判断をしている点
1-3. 「~である」と「~すべし」の混乱
進化心理学を学ぶときにも、その知見から一足とびに価値判断をしてしまわない慎重さが必要
ときに恋人の浮気相手や恋人本人への暴力に駆り立てる
嫉妬感情のはたらきは祖先が配偶者をライバルから奪われないようにするという意味で適応的だった
ここで適応的とは、嫉妬心を持つことが遺伝子を次世代に残すために有利であるということを意味する
「適応的だから善い」と誤解されることがある
「である(is)」から「すべし(ought)」という結論を導くことができない
「善い」のような倫理的な特性は、「赤い」「大きい」という場合とは違い、自然の特性によって単純に定義することはできない
したがって、倫理的な善悪判断を自然のありように求めるのは論理的に間違っている
このあたりよくこんがらがるmtane0412.icon
2. 進化心理学についての誤解
2-1. 進化心理学≠遺伝決定論
SSSMの対極の、もう一つの極端な立場
遺伝子だけが思考・行動パターンを決める
身体的特徴を考えたときに遺伝決定論が正しくないことは自明
遺伝と環境の両方が慎重に影響する
心の働き・行動についても同じはず
言語の獲得
環境の違いによって異なる言語を獲得する
言語を獲得するためには進化した学習能力も必要
進化心理学は、進化の過程で備わった特別な学習能力を仮定する
それぞれの人が獲得する言語は、どのような環境で成長するのかが決定的に重要なことは自明
進化心理学はどちらの極端な立場も取らない
2-2. 進化心理学≠行動遺伝学
進化心理学の研究対象は個人差・文化差の影響を受けにくく多くの人々に共通して見られる特徴になりがち
遺伝的基盤のある形質は文化を超えて共通していると考えられる
進化史的な時間で考えると、ホモ・サピエンスがアフリカを出て世界樹に散らばってからまださほど時間が経っていない
未知の文化にいくと四足歩行する民族がいるということは普通考えない
心のはたらきも同じで、ヒトという種に共通する心の働きを理解しようとする
一卵性双生児と二卵性双生児が似ている程度の差を利用して、その特性の遺伝率を求める
進化心理学は個人差ではなくヒトという種に共通の心のはたらきへの関心が強い
関係は深いが別の学問分野を形成している
2-3. 進化心理学≠反証不可能
進化論の予測に反する実験結果が出たとき、進化論が間違っているはずなので、その予測も間違っているはずがない、だったら実験結果のほうが間違っている、というよくある誤解(Confer et al., 2010) 進化論はあくまでも個別の予測を導くためのメタ理論であって、個別の予測は進化論と矛盾しない形で導出される 進化論に矛盾しない複数のライバル仮説がありえる
たとえば、カメレオンが体の色を変えることができること 広く流布した誤解はカモフラージュ説
この説明は進化論とは矛盾しない
むしろ縄張り争いで自分を大きく見せるであるとか体温調節といった適応的な機能のほうが実態に合っている
進化論と矛盾しない仮説も実態と合っているかどうかによってその正誤を評価可能、つまり反証可能
3. 至近要因と究極要因
3-1. ティンバーゲンの4つの問い
(ii) それが個体の成長の過程でどのように発達(個体発生)するかについての問い (iii) その行動がその動物の適応度を上げるためにどのように役に立ったのか、つまり機能についての問い 2つの要因
ある行動を誘発する外的要因やそれに反応する内的神経学的要因
ある行動傾向が進化した経緯
至近要因
日照時間が短くなること・急激な気温変化(外的要因)
渡り鳥の身体に生じる生理的変化(内的要因)
究極要因
北国で越冬するよりも移動のリスクを冒してでも南国に移動したほうが生存に有利だった
ティンバーゲンとマイヤーの考えは、必ずしも厳密に対応しているわけではない
しかしその後の生物学者は以下のように大まかに対応していると考えた
至近要因
(i) メカニズム
(ii) 個体発生
究極要因
(iii) 機能
(iv) 系統発生
3-2. 近親相姦をどのように避けるか
幼少期の同居期間が長いと、性的関係を持つと考えただけで嫌悪感を催すようになる
19世紀末にフィンランドのウェスターマークによって指摘
https://gyazo.com/ae5721869bcf6df7b43f0d893e464979
幼少期に自分の母親が弟妹の世話をしているところを見ていた等
究極要因の説明は、血縁度の高い相手と性的関係をもち子供をもうけることを回避することが適応的 血縁度を直接的知ることはできなかった
近親相姦を回避するためにヒトが利用している手がかりは、MPAと同居期間だった この外的手がかりは性的嫌悪という内的な反応を引き起こし、嫌悪感を催すような性行動を抑制する 至近要因
近親相姦の回避を直接促す手がかり
究極要因
近親相姦による子供は健康問題があることが多く適応的ではない
3-3. 至近要因の誤作動
外的手がかりに基づき内的な変化が生じ、適応的な行動の変化が起こるプロセスでは、意識的な知識や推論は必要ない
私たちはなぜそのような手がかりに自分が反応するのか、その究極の理由を知らないし、自身が経験している性的嫌悪がその手がかりに対する反応であることにも気づいていない
近親相姦の回避が、知識ベースの意識的な決定に基づくものではないことは、至近要因が誤作動することがあることからわかる
子供の頃に親同士が子どもたちを婚約させてしまい、一方の家庭できょうだいのように育てるという文化的慣習の下では、血縁関係にない2人の間に長い同居期間という手がかりが生じてしまい、その結果、適齢期になっても相手と結婚することを受け入れにくくなることが知られている(Wolf, 1966) 心理メカニズムが無意識的にはたらいていることを理解しておくことは大切
よくある反論「私は適応度をあげようなんて微塵も考えたことがない。だから進化心理学の説明が正しいはずがない」
「自分のきょうだいと性的関係をもつことは気持ちが悪いだけ」
行動に最も近い「気持ちが悪い」は意識できるとしても、その性的嫌悪感をどのようなメカニズムでもつようになったのかについて必ずしも意識できている必要はない