2025.8.21
サムネイラストって実態がない
亀老山展望台の景色、人生でトップクラスに壮大だった
晴れててよかった
旗は組織を象徴する
神社には連歌が残されている
手書きの崩れたグラフィックは紋には用いられない
可読性が低いから
形が意味を持っているから
手書きは字形に意味はなく、字であることに意味がある
ページの中とはちょっと距離がある
キャラは生きてる 教科書の挿絵、コメントみたいな距離
面白い
空間に固定されてる
歳と姿も固定
代々木体育館って丹下健三設計なんだ
あること、営みと地続きであること
書
画賛
狂歌短冊
なんかな
今の自分の、対人能力も生活力も学力も健康もなくても映像さえ上手ければなんとかなるという考えが行き着く先には、幸せも生もないのかもしれない(生きる意志が薄弱)
結局映像なんて人生っていう上記の要素の延長にしかないもんだから、どれかしらもってないと映像が上手くなることって無いのかも
なんで映像上手いのにちゃんとしてるんだよ、とか頭までいいんだよ、とかじゃなくて
頭良かったりちゃんとしたりしてるから映像がうまい
昭和の価値観って結構正しいこと言ってるのムカつくな
結婚とか大企業の就職がいい人生だっていうのは、実際孤独の解消だったり生活や手続きの楽さだったり資本力の確保だったりで割と生きる上でどうにもならない部分をカバーするための力にはなるし、体力とかメンタルの健康がないとどうにもならないのは、昔ほどではないにしても異常なほど貧弱な身体を持つ身(少食で運動嫌いで自信不足な引き篭もり)としてかなり感じる
メタバースとかsnsでの充実って、当人にとっては幸せでも上の世代からしたら不気味なんだろうな