スクリーンはVRではないか?
バーチャル・リアリティー、複製された現実
現実のイコン
画面は、現実的にはそこにない物を光を通じて擬似的に再現している。
映像技術登場初期の「幻燈」という名前、『ファンタスマゴリア』のように、そこにない不在のものを見る、体験できないはずのものを追体験することがスクリーンの始まりであり役割だった。言わば幻覚とよく似ていて、VRはどこまでいっても個人的な体験である。
現実の抽象であるVRは、現実の何かを捨象された複製品である。
私たちの情報環境として当たり前になったスクリーンやインターネットは、鏡のように見えて何かを失っている。
VRが居場所となることは、現実の環境に比べるとはるかに人の趣向に志向性を与える