貨幣
貨幣の起源についての二つの仮説である「商品貨幣起源説」と「信用貨幣起源説」を対比させつつ、貨幣に関連する経済学、文化人類学ならびに社会学の分野の研究を 紹介したうえで、歴史実証の観点から、前近代における多様な貨幣の併存と近代における 貨幣の統一がどのように説明され得るかを検討する。 第 1 に、貨幣の起源としてしばしば言及される「物々交換における『欲望の二重の一致』の困難さを克服するために、貴金属など特定の『商品』が貨幣として選ばれた」との仮説(以下「商品貨幣起源説」とする)が語られる ようになった経緯を探る。
第 2 に、「商品貨幣起源説」に代わる説明を試みた論者を採り上げ、これらの論者の多くが、当事者間の信用に基づく取引を貨幣の起源として想定していること(以下「信用貨幣起源説」とする)を示す。
第 3 に、貨幣に関連する文化人類学ならびに社会学の分野の研究を紹介する。
第 4 に、歴史実証の観点から、前近代における多様な貨幣の併存と、近代におけ る貨幣の統一がどのように説明され得るかを検討する。
商品貨幣起源説
歴史的に貨幣として使われてきたものの性質に着目し、「昔から使われてきた貨幣は、貯蔵可能性、交換可能性、無名性を有していた」といった記述 を行うことは可能である
標準的な経済学のテキストでは、貨幣の機能に関し、物々交換経済において「欲望の二重の一致」が必ずしも成立しない状況で、この制約を克服するために貨幣が発生した、との説明がしばしばなされる。 そのうえで、貨幣の機能を、
1価値貯蔵手段(store of value)、
2計算単位(unit of account)、
3交換手段(medium of exchange)、
の 3 つの側面から説明することが多い。そこでは、 物々交換の不便さを克服するために特定の商品が貨幣として選ばれ、交換手段、価値尺度、価値 保蔵手段という貨幣の 3 つの機能を獲得した、と説明される。
そして、社会全体における交換の回数に比例して数値的に貨幣の需要が計測され、貨幣として用いられる商品の供給との関係から貨幣価値の逆数としての物価水準が計算される貨幣数量説が導かれる。 本稿では、貨幣の起源に かんするこうした説明を「商品貨幣起源説」と呼ぶことにする。
例えば、日米の大学の学部レベルの 教科書として広く使われている『マンキュー マクロ経済学 I』では以下のような説明がなされている。
貨幣の諸機能をよく理解するには、貨幣のない経済(物々交換経済)を想像してみればい い。貨幣のない世界で取引が成立するには、(ちょうどよい場所でちょうどよいときに)2 人の人 間が互いに相手の欲しい物をもっているという希な偶然、すなわち欲求の二重の一致(double coincidence of wants)が必要である。物々交換経済では、単純な取引しか行えない。貨幣を 使うと、もっと間接的な取引が可能となる5。
信用貨幣起源説