日本のユニテリアンの活動は1988年に途絶えた
講演 日本のユニテリアンの盛衰の歴史を語る(於:2005年4月1日同志社大学人文科学研究所) 土屋 博政
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この論文は、日本におけるユニテリアン派の伝道の歴史を概観したものです。著者は、その発展を1887年から1900年、1900年から1909年、1909年から1922年の3つの時期に分けています。
各時期の初めには伝道の見通しは明るく見えましたが、いずれも期待通りの成果は得られませんでした。
1887年にアーサー・メイ・ナップが日本に派遣され、伝道が始まりました。当初は福沢諭吉や森有礼など有力者の支持を得ていましたが、次第に支持者を失っていきました。また宣教師の交代などの問題もあり、日本ユニテリアン協会から多くの人々が去っていきました。 その後一時的に立て直しに成功しましたが、1900年に再び指導をめぐる対立が起こり、1909年には分裂の危機に陥りました。分裂を避けるため、マコーリーが来日して調停に当たりましたが、その裁定に反発する者もいました。
1922年、日本人指導者たちはアメリカ本部からの援助と指導を断ち、独自路線を目指しました
自立への願望:日本のユニテリアン派が成熟してきたことで、外国からの指導や援助に頼らない自立した運営を目指す機運が高まっていました。
文化・社会的背景の違い:アメリカ人宣教師とは異なる日本の文化や社会情勢に適した形でのユニテリアン運動を展開したいという希望がありました。
theological conflict:自由主義的な信仰を重視する日本人指導者と、より保守的な神学を支持するアメリカ本部との間で、神学的な対立があった可能性があります。
個人主義の追求:エマーソンらの影響を受けた阿部次郎や内ヶ崎作三郎らは、組織の枠にとらわれない個人の自由な信仰の追求を重視するようになっていました。
しかし、関東大震災後に活動は停滞していきました。
財政難:1922年に日本人指導者たちがアメリカ本部からの財政援助を断ったため、独力での運営が困難になりました。大震災によって経済的な打撃を受けたことも活動停滞の一因と考えられます。
施設の損失:震災によって、ユニテリアン派の活動拠点であった建物が損壊した可能性があります。活動再開のための資金と施設の確保が難しかったと推測されます。
信者の離散:震災で多くの信者が被災し、教会活動どころではなくなった、あるいは他地域に移住することを余儀なくされたため、組織の維持が困難になったと考えられます。
社会の混乱:震災後の社会的な混乱の中で、宗教活動を継続することが困難な状況だった可能性があります。
指導者の高齢化:中心的な指導者であったマコーリーは1922年の時点で76歳でした。震災後の復興を担う次世代リーダーの不在も活動停滞の一因だったかもしれません。
第二次大戦後、今岡信一郎らの尽力で日本ユニテリアン協会が復活しましたが、1988年の今岡の死去とともに活動は停止しました。
著者は、日本のユニテリアン派が組織としてのアイデンティティを保ちつつ、同時に個人の理想を追求する自由とのバランスを取ることができなかったと指摘しています。
年表
1887年:アーサー・メイ・ナップが日本でのユニテリアン派伝道を開始
1889年:ナップが一時帰国し、宣教師仲間を連れて再来日
1890年:日本で最初のユニテリアン教会が設立
1889-1891年:有力な支持者たちが相次いで死去
1900年:マコーリーが日本を離れる。日本人指導者による運営委員会が発足
1900年代初頭:佐治実然と神田佐一郎の対立が表面化
1909年:マコーリーが調停のため来日。一部信者が佐治らと共に脱退
1910年:東京ユニテリアン教会として再出発
1912年:鈴木文治が友愛会を設立
1913年:機一杜(のちの機一教会)が設立
1919年:ジョン・デイがマコーリーの後任として来日
1922年:日本人指導者がアメリカ本部からの援助と指導を断つ。デイが帰国
1923年:関東大震災後、ユニテリアン派の活動が停滞
1948年:今岡信一郎らが日本ユニテリアン協会を再建
1952年:日本自由宗教連盟と改称
1988年:今岡の死去とともに、機一教会と日本自由宗教連盟の活動が停止
1890年(明治23年)にアメリカ合衆国のユニテリアン・ユニバーサリストの宣教師G・L・ペリンが来日する(12)。ペリンは東京飯田町に中央会堂を建設した。中村正直らの勧告により「宇宙神教」の訳語が採用された。1909年(明治42年)に「日本同仁教会」と改称された。1941年に日本基督教団に合流する。戦後に再び分離し、現在は基督教同仁社団・同仁キリスト教会として活動し、幼稚園なども運営している。明治時代には星野久成、吉村秀蔵、赤司繁太郎など、戦後は千代崎幸弘らが牧師であった。 福音主義信仰のプロテスタント教会です
とあるからUUではないのでは
GPT-4.icon 「福音主義信仰のプロテスタント教会」である同仁キリスト教会は、ユニテリアン・ユニヴァーサリズムとは異なる信仰体系に基づいています。
以下はその違いの要点です:
福音主義プロテスタント:
聖書の権威とその文字通りの解釈を強調します。
個人の信仰による救済を中心に置きます。
イエス・キリストの神性と贖罪の死を重要視します。
ユニテリアン・ユニヴァーサリズム:
一神教を基盤としながらも、多様な宗教的背景を持つ人々を受け入れます。
教義よりも個々人の信仰の自由と倫理的生活を重んじます。
イエス・キリストの神性に関する教義を特に強調しません。