サダム・フセイン
https://youtu.be/Dct0e4xbASA?si=LlsJxD-BL2ydBYtT
https://youtu.be/OjFJGZkrRKM?si=_huK1Lfb8c2cxHh4
小学校の頃から銃器を携帯し、退学処分を決めた校長を銃で脅して撤回させた
20歳でバアス党に入党
ストリートギャングもやっていた
アラブ民族による国家建国
当時の大統領カーシムはイラクの国益を重視した政治をしており、バアス党は暗殺計画を企て、フサインも実行犯として参加した。失敗して負傷してエジプトに亡命。
バアス党での地位が向上した
1963年のラマダーン革命によってバアス党政権が発足
いとこがのバクルが大統領に、フセインが副大統領になる
秘密警察をつかって反乱分子を粛清しまくった
政府の高位職は知人だらけ
クーデターが起きかけたが察知し、特別法廷で全員死刑とした
ついでに党内の政敵も殺した
1979年 大統領のいとこを脅して病気を名目に失脚させ政権を握る
臨時国会を開き、陰謀を企てたという名目を作り66人の政敵を排除した
陰謀を告白した幹部は妻と子供をフセインに拉致され、暴行をされるかありもしない陰謀を告白するかを迫られていた
ろくな人間ではない基素.icon
22名が死刑
党内の反サダムを一掃した
この録画を見せ様にイラク大使館に送り、逆らったら殺すと脅してまわった
秘密警察と相互監視の通報体制により、国内の政権批判を監視した
批判したら殺された
イギリスに亡命していた政権批判をしていた元首相のアルナイーフを暗殺した
側近には賄賂と汚職というアメをくばった
金は国有化した資源会社から自分の懐に入れた
1979 イラン革命によりシーア派のイスラム共和国が誕生し、イランの新勢力がサダム政権への反乱を呼びかけた
1980年イランに先制攻撃をしかけ、イラン・イラク戦争勃発
周囲に恐怖を与え続けた
不満を持つ閣僚をバスに乗り込ませ、暗い部屋に閉じ込めたのちに飯を食わせた
フセインが義理の息子カメルを気に入っていたのを気に入らない長男ウダイが義理の息子を暗殺しようとした。カメルはヨルダンに逃亡、CIAに保護され、核兵器開発情報を話してしまう。
今なら許してやると電話で呼び戻したカメルと娘を別れさせ、カメルを射殺し市中を車でひきずりまわした
ウダイはイラクのオリンピック委員長になるや、試合でミスをした選手に鉄仮面をかぶらせて窒息させ、中世の“鉄の処女”の現代版ともいえる拷問具に押し込めて串刺しにするような暴挙を続けた。
イラク代表サッカーチームがヨルダン代表に2-0で敗れたときなど、一部の選手を眠らせずに、数日間も鞭打たせた。その数年後、ディフェンダーのハイダル選手はもう代表に選ばないでほしいとウダイに懇願するが、そのせいでまた鞭打たれ、背中の皮膚が剥けてなくなるまで舗道を引きずられて、最後には便壺に投げ込まれた。
幼少時から病的なまでに暴虐だったウダイは、バグダッドの街路をクルマで流しては若い女を引っさらい、レイプした後で殺すことをくり返した。いったい何人を彼が殺したのかは見当もつかないが、義理の弟フセイン・カメルを自ら手にかけたことは確かだ。
https://www.gqjapan.jp/life/business/20121106/hussein
デルタフォースによって射殺された
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウダイ%E3%83%BBサッダーム%E3%83%BBフセイン