FANBOXで支援をやめた
2023/08/30
3年以上支援したクリエイターのFANBOXを退会したので考えたことをつらつらかいてみる
この文章の主たる目的は、FANBOXのようなサービスのクリエイターの運用を自分がどのように期待していたかを言語化することにある
名前は明かすとネガティブなので書かない
そのクリエイターが嫌いになったわけではもちろんない。好きだし作品も継続して買っている。今後もファンであり顧客であり続けるだろう
退会を考えたのは過去にもあった。最初の違和感:FANBOXのクリエイターの対応が適当で支援する気が減った
間接的なきっかけ
世界的な値上げに伴う家計の見直し
他に支援してみたいができていないクリエイターの存在
トリガーはクリエイターの対応に事務感をまた感じたこと
FANBOXにはない機能についてどう思うか本文に書いてある記事があった
FANBOXしか知らない他のファンが混乱していた
おそらく、クリエイターは主にfantiaに投稿していて、FANBOXはおまけとしてやっていて、fantia向けの文章をコピペしていたのだと思う
質問を投げかけているのだから、コメントがつくことを想定しているだろう。そしてFANBOXでもコメントがついた
これは悲しい事故だ。クリエイターが質問を投げかけたのはFANBOXの支援者ではなくFantiaの支援者だからだ。その意味で、FANBOXのファンはファンではない
ファンコミュニティなのに疎外感を感じるのはやるせない
答えようがない質問に答えないとしているファンのコメントを見て、この対応はないなと思った
前回の例を加味すると、このクリエイターはFANBOXのコメントをほぼ読んでいないか、運用が面倒なので多少の混乱が起きることを許容している
この対応に同意できなかった
投稿は適当でもかまわないが、ファンコミュニケーションを適当にするのはパトロンサービスの本懐を忘れた寂しい行為に思える
支援するぐらいコアなファンが何を求めているのかわからないが、この事務感は今の自分はネガティブにとらえた
コメントを書いて必ず返信があるとは思っていないが、そもそもメッセージも届かないのではないかと感じた
読まれないかもしれないメッセージと、読まれていないメッセージは全く意味が異なる
恋愛売りをしているVTuberに彼氏がいるかわからない状態といることが確定した状態でそこに惹かれてきたファンの興味は変わるだろう
宝くじの1等は確率的には「あたらない」がもしかしたら当たるかもと思って、たくさんの人が期待値の悪い賭けをする。当選確率が0%ならそんなことは起きないだろう
3年も支援したのだからこんな気持ちを感じるいわれはないが、多少後ろめたい気持ちがある
クリエイター支援は作品への対価の支払いではなく、クリエイターの生活基盤の支援だと思ってやっているから
FABOXもそのようなメッセージをだしている
pixivFANBOXは、クリエイターの創作活動を応援するためのファンコミュニティです。
ファンがクリエイターを定期的に支援することにより、クリエイターがのびのびと創作活動を続け、新しいコンテンツ創出に挑戦できる場を提供します。
見ていないコンテンツもたくさんある。支援するだけで満足だから
だと思っていたけど、こういう対応で感情は冷めていくのだなとわかった
商品の売買(月額エンタメ提供)かパトロン(投げ銭)か
この考え方が大きい。自分は後者の考え方を持っている
パトロンサービスは対価を期待しない方が良いと思う
クリエイターが対価を期待するようなものづくりをするために行うもの
支援者のために対価を作らなければいけないのでは本末転倒。有限なリソースは大衆に向けて作る商品に注がれるべきだ
FANBOXを顧客が商品だと感じるなら、たまに入ってコンテンツを見ればよくなってしまう
クリエイターに名前を知られるのが嫌なら捨て垢でやることになる
商品を強く前提にするなら、fantiaのように月額制にすることになるが、買い手の意識は支援ではなく購入に強く傾くだろう
月額エンタメ提供と捉えるなら
コミュニケーションを重視する必要はない
コンテンツを定期的に供給できればいい
パトロンサービスと捉えるなら
馴れ合いやどうでもいいことをむしろ出していくほうがいいのではないか。むしろそちらのほうが満足度が高いのではないか。だって商品はどうせ買うのだから。ファンだし。
運用の難しさ
FANBOXとfantia両方やった方が金になると思う
投稿を二つに分けてするのは面倒だろうからコピペをするのも合理的だと思う
しかしその運用をすると上記のような
現時点でうまい運用だと思っているクリエイター
名取さな
ブログ的な振り返り的な使い方
楽しそう
ぽこピー
定期的にその時に思っていることを言うラジオをやる
生産者の顔が見えなければならない
顔が見えるとは?
ラベルがあるだけではない
哲学を述べたり、世の中のいろんなものにどう反応するかを開示することにある