つんくの歌詞の「女心」
ハロプロの楽曲におけるつんくの歌詞はしばしば「女心をわかっている」と評される。この言説を身体性の側面に絞って検討してみたい。
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まず前提から入っておくと、つんく♂という作詞家は世間的にはおよそ「生まれつき男性の身体を持つ」「生物学的女性の身体を主観的に経験したことのない」「シスジェンダーの男性」と見なされている。あえて示すまでもなく、自明にそのように認識されていると言ったほうが現実に即している。
性自認や性的指向といった属性の証明を他者がすることはできないので、上記に挙げた項目はあくまで公表されている情報から形成された推測に過ぎない。このページでつんく♂を世間の認識に沿って「シス男性」としているのもいったんの仮定であることに留意されたい。
言説の検討のため以上の前提を踏まえるが、このページはつんく♂の作家論を目的とするものではないので、作者の意図にはフォーカスしない。
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作中主体の身体性の表現を通じた「女心」のシミュレートはシス男性のつんくによっていかにして試みられているか。またそこにはどのような不可能性が生じているか。
(※ここで参照するのは2014年以前のモーニング娘。の楽曲を中心とした、狭く限られた範囲からのサンプルである。これは道重さゆみが卒業して以降のハロプロを私がマークしていないため、あしからず。)
HEY HEY ニキビが増えたって ストレスなんかないよ
―モーニング娘。「わがまま 気のまま 愛のジョーク」(作詞・作曲:つんく、2013年)
アイスとケーキだけで過ごした後 ニキビの顔見て落ち込んだりしたけど
―モーニング娘。'14(道重さゆみ)「シャバダバ ドゥ~」(作詞・作曲:つんく、2014年)
恋人には絶対に 知られたくない真実が
ある二人はそんなにも 長続きがしないって
本当の事かしら怖くなる・・・
だからって体重とか言うべきなの!?
―モーニング娘。'14(道重さゆみ/譜久村聖/飯窪春菜)「恋人には絶対に知られたくない真実」(作詞・作曲:つんく、2014年)
寝坊して焦るほど冷や汗 この汗で1kgは痩せそう
―Berryz工房「1億3千万総ダイエット王国」(作詞・作曲:つんく、2014年)
ニキビや体型(厳密には体重)に関する記述は散見される。
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つんくが女性の主人公像を一人称で書くにあたって、女性の身体に固有なリアリティを担保しようとする場合、シス男性である自身の身体性にリソースを求めるのは限界がある。必然的に心の理論、マインドリーディングを適用する戦略になるだろう。
第一にピックアップしやすいのは可視情報だ。肌荒れや肥満は見て取れる類の悩みだし、男性身体であっても経験される。肥満に関しては数値に置き換えられるため、情報として扱いが簡便でもある。
一般に“Diet"が個々人の体質や生活環境や既住歴に沿った健康管理を計画する食事療法を意味するのにたいして、日本語圏の"ダイエット"はそうした諸条件を度外視して「痩せる」ことをほとんど唯一の目標とする食事制限を意味している。"ダイエット王国"に描かれる体型への社会的圧力は性別を問わず広範に認められるが、セクシズムを背景として女性身体は相対的に加圧を受けていると言える。
整理すると、つんくの歌詞における作中主体の肌荒れや体型を気にする表現にはつんく自身の経験が参照されうる。しかし女性身体を持つ者が受ける社会的圧力にたいする固有の感情などは主体としての経験が不可能な領域であり、認知的共感によって賄える範囲で描出するしかない。
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身体性のこだわりは現実には多種多様に細分化される。つんくの歌詞に肌の色、睫毛の長さ、髪質、O脚、肩幅、二の腕、耳の形etcに関する言及はほとんどみられない。
そこまでチューニングすると運用しづらくなる(誰が歌うのか/誰に歌うのか)。メジャーではディテールに宿るリアリティは調達しにくい。
つんくの歌詞を「女心わかってる」と(大抵の場合はシス女性が)評するのは、主観的経験とは切り離された把握によって生々しい共感が捨象され受け容れやすくなっていることを評価しているのではないか。
これを言い換えるなら、「わかっていなさ加減がほどよい」ということなのでは。
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