森本祥子「日本のアーカイブズで家系調査は可能か : 課題整理と可能性の模索 」『開港都市研究」5、2010年
引用
KAN Masaki
@oua_kan
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日本とは個人情報の考え方が違うので、今の日本では公文書館で家計調査するのは困難が伴います。
森本祥子「日本のアーカイブズで家系調査は可能か : 課題整理と可能性の模索 」『開港都市研究」5、2010年
この論文の主要なポイントを要約します:
1. 論文の背景と目的:
- 日本のアーカイブズ(文書館)設立50周年を機に、欧米のように家系調査のために一般市民がアーカイブズを活用できるかを検討している
- オーストラリアなど欧米では、犯罪記録や個人情報を含む歴史的資料が積極的に公開・活用されているのに対し、日本では慎重な姿勢が取られている
2. 日本における個人情報の取り扱いの現状:
- 情報公開法(1999年)と個人情報保護法(2003年)の制定により、アーカイブズでの資料公開基準が整備された
- 戸籍簿・除籍簿などの個人を特定する目的の資料は実質的に利用不可能
- 一般の公文書に含まれる個人情報は、一定期間経過後に公開される傾向
3. 家系調査推進における課題:
- リソース(人員・予算)の不足
- アーカイブズの本来の役割(公文書の保存・公開)に対する社会の理解が不十分
- 個人情報の取り扱いに対する社会的コンセンサスの問題
4. 結論と提言:
- 現状では家系調査を無闇に奨励することは危険
- しかし、一般市民の利用増加は「記録保存の重要性」への認識を高める可能性がある
- アーカイブズは将来の価値観の変化に備えて、必要な記録を確実に保存していく必要がある
- 一般利用者の存在を歓迎しつつ、無理のない範囲で対応できる体制を整えるべき
この論文は、日本のアーカイブズにおける家系調査の可能性を検討しながら、文化的な違いを踏まえた慎重なアプローチの必要性を提言しています。
論文で示されている「文化的な違い」の具体的内容を整理すると、以下の点が挙げられます:
1. 情報公開に対する基本姿勢
- 欧米・オーストラリア:
- 犯罪者の顔写真付き調書や精神病院の入院記録なども積極的に公開
- 個人の記録を歴史資料として公開することに対する抵抗が比較的少ない
- 時間の経過(例:100年)を基準に機械的に公開する方式を採用
- 日本:
- 個人情報の公開に対して慎重な姿勢
- 生々しい情報や刺激の強い情報を無差別に公開することを好まない文化
- テレビでの事件・事故の映像も海外と比べて抑制的
2. 時間経過に対する考え方
- 欧米:
- 一定期間が経過すれば歴史資料として公開するという明確な基準がある
- 過去の記録と現在の影響を比較的区別して考える傾向
- 日本:
- 時間が経過しても「文書の現在性」が失われないという意識が強い
- 古い記録でも現代の子孫に影響を与える可能性を重視
- 被差別部落関連の資料などは、作成年代が古くても現代への影響を考慮
3. アーカイブズの社会的位置づけ
- 欧米:
- アーカイブズが市民に根付いている
- 利用者の約80%が家系調査目的の一般市民
- 家系調査が一般的な趣味として定着
- 日本:
- アーカイブズの社会的認知度が相対的に低い
- 主に研究者による利用が中心
- アーカイブズの本来の役割(公文書の保存・公開)についての理解が十分でない
これらの違いは、単なる制度の違いではなく、個人情報の扱いや歴史資料の価値付けに関する根本的な文化的差異を反映していると論文は指摘しています。
論文は「文化的な違い」の由来・原因について直接的な分析は行っていません。しかし、論文から読み取れる重要な文脈や示唆から、以下のような要因が考えられます:
1. 制度的背景
- 欧米:
- 教会による出生・結婚・死亡記録の長年の蓄積と公開の伝統
- アーカイブズ制度の早期確立
- 情報公開を前提とした記録管理システムの発達
- 日本:
- 戸籍制度における現用文書としての性格の強さ
- アーカイブズ制度の後発性(1959年に初めて設置)
- 行政文書の廃棄を前提とした管理体制
2. 社会構造的要因
- 差別問題の特殊性:
- 被差別部落の問題など、歴史的な差別が現代も影響を持つ社会構造
- これにより単純な時間経過による公開基準の適用が難しい
3. 情報管理の考え方
- プライバシー概念の違い:
- 日本では個人情報が本人や子孫に及ぼす影響を重視
- 欧米では個人情報と歴史資料としての価値をより明確に区別
4. アーカイブズの発展経緯
- 欧米:市民社会の発展と共にアーカイブズも発展
- 日本:行政機関の一部として後発的に設置
ただし、これらは推論的な整理であり、「文化的な違い」の本質的な由来を理解するには、より広い文脈での歴史的・社会学的研究が必要かもしれません。
特に注目すべき点として、論文は日本のアーカイブズの歴史が浅いことを強調しています。テレビが50年で社会に定着したのに対し、アーカイブズは同じ50年でも定着が進んでいないという比較は、制度の定着には単なる時間経過以外の要因が重要であることを示唆しています。
また、欧米での家系調査の普及は、移民社会としての特性や、教会記録の伝統など、社会的・歴史的背景が大きく影響している可能性も考えられます。これらの点について、より詳細な研究が必要とされているといえるでしょう。