10. 11月21日 「法律」が変わると「働き方」も変わる?-「働き方改革」の意義と課題-
レポート課題
働き方改革を改革してください。
働き方改革をさらによくしてください。
働き方改革をもっといいものにするには何が必要?
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「法律」が変わると「働き方」も変わる?-「働き方改革」の意義と課題-
成蹊大学法学部教授 原 昌登
ケース①
【事例】ネットを見ていたら,A社で「過労死」があった,というニュースが目に飛び込んできた。気になって読んでみると,2019年1月に亡くなったBさんは,2018年の7月から12月まで,1日5,6時間,1か月120時間を超える残業を行っていたという。こんな長い時間の残業をさせるなんて,A社はきっと労働基準法に反しているに違いない,とあなたは感じた。
【ワーク】A社は労働基準法に違反しているのでしょうか? 残業時間の上限は,何時間ぐらいに設定されているのでしょうか? 考えてみましょう。
一 「働き方改革」(労働法改革)の動き
(1) 「働き方改革」の主要な課題
①長時間労働:特に正社員の長時間労働の問題が背景に
特徴:働き過ぎの防止,労働者の健康の確保のため,労働時間に 絶対的な上限を設けることの実現へ
施行は2019年4月(中小企業(注)には2020年4月)
(注) 中小企業(条文では中小事業主)の定義(働き方改革関連法の附則3条など)
資本金の額または出資の総額が3億円(小売業,サービス業:5千万円,卸売業:1億円)以下,または,常時使用する労働者数が300人(小売業:50人,卸売業,サービス業:100人)以下
②非正規雇用:正社員・非正社員間の格差問題が背景に
特徴:労働条件の不合理な違いは許さないという現行法を明確化し,実効性を高めることの実現へ
施行は2020年4月(中小企業には2021年4月)
(2) 「働き方改革」の年表
2015(平成27)年10月~2016年(平成28年)6月:一億総活躍国民会議
2016年9月~2017年3月:働き方改革実現会議(3月に「働き方改革実行計画」)
労働政策審議会における検討を経て,2018年4月に国会へ法案提出
2018(平成30)年6月29日:働き方改革関連法が成立(7月6日公布)
正式名称:「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(労働基準法,パート法,労働安全衛生法等の改正をパッケージにした法律→改正されたそれぞれの法律について見ていく)
2019年4月:施行(ただし,施行日がこれ以降の規定や経過措置などもある点に注意)
(3) 「働き方改革」の意義
①働き過ぎや格差から労働者を保護する=労働政策としての意義
②
ⓐ長時間労働の是正で,これまで長時間の労働は難しく,十分に働けなかった人々(特に女性や高齢者など)の働く機会を増やす
ⓑ格差の是正で,これまで以上に非正社員の意欲や能力を引き出す
→ⓐⓑを通して,より多くの賃金を得た労働者が消費にお金を使えるようにすることで,経済の活性化を目指す=経済政策(成長戦略)としての意義
二 労働時間に関する法改正
1 労働時間の基本的なルール
(1) 労働基準法の基本的な考え方:働くときの最低基準を保障(労基法1条2項)
労基法違反に対しては,行政(労働基準監督署等)による指導・取り締まりが予定されているほか,悪質な事案については刑事罰も(労基法119条等)
(2) 労働時間に関する労基法の最低基準
①法定労働時間:1週40時間,1日8時間(32条)
②休日:週休1日(35条)
※ここでの「法定」とは「上限」の意味(働く時間の話なので,最低基準が上限となっている)
(3) 残業(時間外労働=法定労働時間を超える労働)・休日労働の基本ルール
①労働者の代表(過半数代表)と使用者の36協定があれば時間外・休日労働が適法に
→過半数代表:各職場において,過半数の労働者が労働組合に入っていればその組合,そうした労働組合(過半数組合)がなければ労働者の過半数が支持した代表1名
※残業代や休日手当(法的には割増賃金)の支払いも必要 (以上,労基法36,37条)
②36協定で定めなければならない内容
時間外・休日労働をさせることができる場合,労働者の範囲,対象期間,延長時間の限度,休日労働させることのできる休日の日数など
③「働き方改革」以前:行政(厚生労働大臣)による基準(「限度基準」)の存在
正式名称:「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」
1週15時間,1か月45時間,1年360時間等が時間外労働の「限度時間」
→法律上の絶対的な上限ではないが,この基準を守るように行政官庁(労基署)が行政指導を行うことができるので,事実上,上限として機能する面があった
(4) かつての限度基準に関しておさえておくべきこと:「 特別条項」
①36協定で「限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情が生じた場合は限度時間を超えて労働時間を延長できる」と定めると…
↓
その特別の事情が生じた場合には,限度時間を超えることが許容された
(このような特別な条項を盛り込んだ36協定=「特別条項付き労使協定」)
→ 特別条項が付されている割合:全体で40.5%(「平成25年労働時間等総合実態調査」)
なお,大規模になるほど割合が高く,従業員301人超だと79.0%,101人超だと68.1%
②ただし,「特別の事情」は臨時的なものに限られる:一時的・突発的に時間外労働の必要があり,特定の労働者に対して1年の半分(6か月)を超えないことが求められた
例:「業務上やむを得ないとき」といった一般的な理由では,臨時的なものとは認められない
→機械のトラブルや大規模なクレームへの対応,ボーナス商戦に伴う業務の繁忙,予算・決算の業務,納期のひっ迫(納期が迫っている)などであれば,臨時的と認められる
③特別条項における時間外労働の上限は,できるだけ短くするよう努めなければならないものの,法律や限度基準による絶対的な上限はなかった(上限は労使の合意で決まる)
※なお,建設業や研究開発業務など,一定の業務はもともと限度時間の適用除外とされていた(特別条項を使わず,36協定で限度時間を超える延長を定めても構わない)
●「働き方改革」以前の法規制の特徴:時間外労働等に絶対的な上限がなかった
→ケース①でも,「労働基準法」違反は「ない」可能性がある
※ただし,働かせ過ぎは,労働者の安全・健康に配慮する「安全配慮義務」(労働契約法5条)に違反するとして,賠償責任が生じる(労働法は複数の法律で構成)
2 時間外労働等の絶対的上限(労基法36条)←なお,36協定の定めがあることが大前提
(1) 具体的な上限時間数:原則的な上限(①)と絶対的な上限(②及び③)
①時間外労働の原則的な上限(限度時間):月45時間以内,年360時間以内(3・4項)
数字は従来の「限度基準」と同水準だが,行政の基準から法律に格上げ
②臨時的な特別の事情がある場合,特別条項で①を超えてよいが…(5・6項)
ⓐ時間外労働が月45時間を上回るのは1年の半分(1年のうち6か月)が上限
(従来の限度基準と同水準だが,①同様に法律へ格上げ。毎月起きることは「特別」ではないから)
ⓑ時間外労働のみで年間720時間以内 ←ⓐがあるので「毎月60時間までOK」ではない!
③上記①②を通して,時間外労働と休日労働の合計で下記を守る必要あり(6項)
(注:③のみ時間外と休日を合算:労災や安全衛生の議論の影響〔⇔①②は時間外のみ〕)
ⓒ1か月100時間未満
例:時間外労働が月44時間で①の範囲内でも,休日労働が56時間なら計100時間となりNG
ⓓ2か月,3か月,4か月,5か月,6か月の平均で,いずれも月80時間以内
(100時間近い時間外・休日労働が連続すると,それだけで心身を壊すおそれがあるため)
(2) 違反した場合:労基署の指導等の対象となるほか,刑事罰が科されうる(119条)
①~③に反する36協定は無効→原則に戻り,時間外・休日労働はすべて32条違反に
(36協定は①~③を守って締結される必要あり。なお,協定した数値を超えた場合も当然32条違反)
なお,ⓒ(100未満)またはⓓ(平均80以内)に違反すると端的に36条6項違反
(3) 施行日:2019年4月1日(同日以後の期間のみを対象とする36協定に適用)
例:36協定の期間が2018年10月1日~2019年9月30日→2019年10月1日から適用
※中小企業についての経過措置:2019年を2020年に変更(要は1年の猶予)
新技術,新商品等の研究開発の業務(限度基準の対象外):今回の上限規制の適用を除外
・建設業,自動車運転の業務(いずれも限度基準の対象外):今回の上限規制の施行から5年間は適用を猶予。5年経過後(2024年4月1日~)に適用されるが,適用除外となる規制もある
医師:施行から5年間は適用を猶予。5年経過後については議論が続けられている
3 労働時間,休暇等にかかわるその他の改正(施行は2019年4月:中小への猶予は特にない)
(1) 高度プロフェッショナル制度(特定高度専門業務・成果型労働制)の創設(41条の2)
一定の要件(詳細は下記)を満たすと,対象者については,労働時間・休憩・休日・深夜割増に関する労基法の規制が適用されなくなる=残業代等が不要に
(あくまで制度を導入してもよいというだけで,導入が義務付けられたわけではない)
①労働者の職務の範囲が明確で,年収が一定額(1,075万円)以上であること
②高度な専門的知識等を要する一定の業務(金融商品の開発やディーリング〔運用〕,アナリスト,コンサルタント,研究開発)に就くこと
③さらに,以下の各要件を満たしていること
㋐労使委員会の設置・決議,及び,労基署(労基署長宛て)への決議の届出
㋑健康管理時間(事業場内にいた時間+事業場外で労働した時間)の把握
㋒健康確保措置の実施(年間104日以上かつ4週4日以上の休日の確保が必須で,ほか,以下のメニューから1つ実施…勤務間インターバル制度の導入+深夜労働の回数制限,一定の連続休暇〔2週間連続が原則で,本人が希望する場合は1週間を2回〕など)
㋓健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置の実施(上記㋒として選ばなかった残りのメニュー,心とからだの健康問題についての相談窓口の設置などから1つ実施)
㋔本人の同意(書面で得る必要がある)
(2) 年休(年次有給休暇)の年5日分は使用者が指定(労基法39条7項)
※基本事項(改正前の考え方):年休の取得日は労働者が指定するもの(時季指定権)
使用者は,一定の場合に取得を拒否しうるのみ(時季変更権)(労基法39条5項)
①労働者の意見(希望)を聴取した上で,その意見を尊重しつつ,年休付与日(基準日)から1年のうちに使用者が5日分を指定し休ませる(違反には罰金がありうる〔120条〕)
→年休のうち5日分については,「労働者に主導権がある」という年休の基本的な考え方を修正してでも,確実に取得させよう(休ませよう)という意味がある
②例外:労働者が自ら指定して取得した日数等については,上記の5日分に充当してよい(使用者の指定は不要)(39条8項)
例:労働者が2日分指定→使用者は3日分指定 労働者が5日以上指定→使用者の指定は不要
三 労働時間に関する法改正の「意義」と「課題」
1 意義
(1) 完璧とは言えなくとも,絶対的上限が導入されたことに意味がある
時間外労働等の絶対的上限:これまで,導入を求める議論がずっと行われてきたにもかかわらず,実現していなかった(大学の「ゼミ」の定番のテーマでもあった)
→今回の上限設定の実現:法的には大きな「一歩」と評価できる
(2) 「長時間働くことがよいこと」という発想(マインド)から脱却する契機に
誰しもが長時間働ける,という時代ではなくなった(職場の多様化)
→限られた時間をできるだけ活用する(そして,そのことを評価する)という発想がより重要に
2 課題
(1) 「上限時間が長すぎる」という批判
いわゆる「過労死ライン」(時間外労働がその水準であれば,過労死と認めて労災保険を給付する)と同水準の上限→「長すぎる」という批判も当然
具体的な数字については,上限規制を行っていく中で,検討・見直しが不可欠
(2)労使(労働者との対話)によるチェック機能が働くのか?
各企業における具体的な上限は,法律の範囲内で,「過半数代表」と使用者が結ぶ「36協定」で定められる
「過半数代表」がどれだけ労働者の意向,利益を使用者側に主張できるか,という限界もある(労働者の利益を代表する,新しいシステムを考える時期かもしれない)
ケース②
【事例】C社で働いているパート社員Dは,正社員に支給される各種の手当が自分たちに支給されていないことに疑問を持っている。あるとき,社長に対して,「正社員のみなさんには,通勤手当として通勤定期代の実費が支給されているかもしれませんが,私たちパートには通勤手当がありません。確かに遠距離通勤の人はいませんが,私はバス代に往復で1日440円かかりますし,それぐらい掛かっている人は少なくないです。時給の半分ぐらいですよ? なんとかしてもらえないでしょうか」と相談してみた。すると,社長は,「非正規(注)にまで通勤手当を払う余裕は無い。格差が嫌なら,正社員の通勤手当を廃止したっていいんだ」と言ってきた。
【ワーク】みなさんは,通勤手当の違いについて,どのように考えますか? この「格差」は,何か法律に違反するのでしょうか? 考えてみましょう。
(注)「正社員(正規雇用)」「非正社員(非正規雇用)」:実は,法律上の定義は存在しない→ただし,有期雇用,パートタイム勤務,派遣社員のいずれかにあてはまれば,一般に非正社員と扱われている ⇔無期雇用かつフルタイム勤務かつ直接雇用(派遣ではない)であれば正社員(なお,パートも派遣も有期雇用であることが多いので,非正規労働者≒有期労働者といえる)
四 非正規雇用に関する法改正(いわゆる「同一労働同一賃金」)
1 有期やパートであることを理由とする不合理な労働条件の禁止(「働き方改革」以前)
(1) 有期雇用と無期雇用,パートタイムとフルタイムで,労働条件の相違が許されないわけではないが,不合理な相違は許されない(労契法20条,パート法8条)
(2) 労働条件の相違が不合理かどうかの判断
→具体的な労働条件ごとに(年収の総額ではなく,○○手当ごとに),下記要素を総合考慮
ⓐ業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(条文では「職務の内容」と総称される)
ⓑ人事異動の有無と範囲(条文では「職務の内容及び配置の変更の範囲」)
ⓒその他の事情(労使の話し合いの状況など)
労契法20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲 その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない。
●不合理かどうかを判断する基本的なポイント
なぜそのような相違があるのか,きちんと説明できるかどうか
【判例】ハマキョウレックス事件・最二小判平成30・6・1労判1179号20頁
トラック運転手について,正社員(無期)と非正社員(有期)で業務と責任が同じで,人事異動は正社員にのみ全国転勤があったという事案で,無事故手当,作業手当,給食手当,皆勤手当,通勤手当の相違は労契法20条に照らし不合理であり,住宅手当の相違は不合理でないと判断された例
(転勤がある正社員にのみ住宅手当があることには説明が付くが,それ以外の手当には説明が付かない)
→基本的な考え方:手当などの目的や性質に当たる事情(前提事情)が,有期と無期で同一であれば同一の取扱い(均等待遇),違いがあれば違いに応じた取扱い(均衡待遇=バランスの取れた待遇)が求められる,と理解すればよい
(3) 不合理な相違(つまり不合理な差別)と認められたら?
正社員の労働条件が有期労働者やパート労働者に直接適用されるわけではない
差別が不法行為(民法709条)であるとして,使用者に損害賠償責任が生じる
(例えば,手当相当額の賠償が考えられる。なお,制度を見直さなければ使用者はその後も裁判で負け続けることになるので,結局,制度の見直しは不可欠)
2 「働き方改革」における改正内容(いわゆる同一労働同一賃金)
(1) パートと有期(会社が直接雇用している非正社員)に関する総合的な法律が誕生
→労契法20条をパート法(8条)に移し,パート法を「パート・有期法」に改正
正式名称:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律
(2) 不合理な相違(不合理な待遇)の禁止(パート・有期法8条):実質的には変更なし
①現行の労契法20条,パート法8条と変わるように見える部分:下線部㋐~㋒
パート・有期法8条 事業主は,その雇用する㋐短時間・有期雇用労働者の㋑基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において,当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲 その他の事情のうち,㋒当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。
㋐:有期とパートを1つの条文でカバー(パート・有期法の誕生に伴う当然のこと)
㋑及び㋒:現在の判例のルールを法律(条文)に書き込むことで,ルールを明確化
㋑=賃金の総額ではなく,手当など待遇のそれぞれについて個別に判断すること
㋒=どの手当(待遇)に関する話なのかによって,考慮要素が変わること
例:住宅手当の有無についての話であれば,仕事内容や責任は基本的に考慮しないで,もっぱら転勤の有無等について考慮するのが適切(住宅手当の目的は一般に住宅費用の補填にあるから)
②ルールの中身自体は,現行の法律・判例と基本的に同じ(判断要素もまったく同じ)
③今回の改正を「同一労働同一賃金(の実現)」と呼ぶこともあるが,「労働が同一の労働者に対しては同一の賃金を支払え」という文字通りの意味ではない点に注意
→賃金に限らず労働条件の全般が対象であるし,労働が同一でない場合でも相違が不合理であれば労働条件の相違は許されない(同一労働同一賃金はいわば「スローガン」のようなものと理解)
【資料】実務で参考になる厚生労働省のWebサイト「「働き方改革」の実現に向けて」(更新も頻繁)
→「同一労働同一賃金ガイドライン」平成30・12・28厚生労働省告示430号(待遇の相違が不合理になるかならないかについて原則となる考え方と具体例を示したもの)など,各種の資料を参照可能
※なお,非正規については,労働者派遣の分野でも法改正が行われたが,今回の講義では省略
(3) 差別的取扱いの禁止(パート・有期法9条):現行法を拡充
パート・有期法9条 事業主は,職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者…中略…であって,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については,短時間・有期雇用労働者であることを理由として,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,差別的取扱いをしてはならない。
①改正前:パート労働者について,下記ⓐ,ⓑの両方が正社員と同一なのに(正社員と同視すべきなのに),パートというだけで正社員と差を付けることを禁止(パート法9条)
ⓐ業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(条文では「職務の内容」)
ⓑ人事異動の有無と範囲(条文では「職務の内容及び配置の変更の範囲」)
(労契法20条等との違い:「その他の事情」を考慮せず,かつ,ⓐⓑが「同一」の必要がある)
→対象者はごく一部であるが,労働条件等の相違そのものを禁止
②改正法:現行法ではパート(所定労働時間が正社員より短い場合)にしか適用されないのに対し,フルタイムかつ有期(いわゆる「契約社員」)にも差別禁止の適用を拡大
(契約社員:パートに比べて,正社員に近い働き方をしている場合も多いと思われる→実務への影響大)
(4) 使用者の説明義務(パート・有期法14条):現行法を拡充
パート労働者や有期労働者の雇入れ後,本人の求めに応じ,正社員との待遇差の内容・理由等に関する説明が使用者に義務付けられる(「理由」の部分が改正で新設)
→理由を説明させる点がポイント:説明できないような違いは,不合理である可能性が高い(訴訟の提起につながりうる)
(パート・有期法8条,9条の実効性を高めるという重要な意味がある)
(5) パート・有期法の施行日:2020年4月1日(働き方改革関連法の本体から1年の猶予)
ただし,中小企業については2021年4月1日から適用(さらに1年の猶予)
→施行までは現行の労契法20条,パート法8条,9条などが効力を有することに注意
●ケース②では,業務,責任,人事異動の有無の範囲等がパートと正社員で違ったとしても,通勤に必要な費用の額とは直接関係しない(交通費の額は変わらない)
→改正の前後を問わず,不合理な相違に該当する可能性が高いといえる
五 非正規雇用に関する法改正の「意義」と「課題」
1 意義
(1) 格差問題を根本から解消するための試みとして評価できる
→これまで「当たり前」とされていたことに法律が切り込んだ,というイメージ
(2) 正規・非正規という従来の区別そのものを変えていく可能性がある
→職場の多様化に対応した雇用へ
2 課題
(1) 実務対応が困難?
何が「不合理」な(法的に許されない)相違なのか,わかりやすいとは言えない
企業としては,どのように制度を改めればよいか,手探りの状況も
(2) 訴訟が頻発?
すでに,労働契約法20条に関する紛争(訴訟)が多数発生
不合理か否か,最終的に訴訟をしないと結論が出ない→訴訟の頻発による様々なコストをどう考えるか
おわりに
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/icons/rotate-clockwise.icon以下、ノート用。編集OK!!
「法律」が変わると「働き方」も変わる?-「働き方改革」の意義と課題-
成蹊大学法学部教授 原 昌登
ケース①
【事例】ネットを見ていたら,A社で「過労死」があった,というニュースが目に飛び込んできた。気になって読んでみると,2019年1月に亡くなったBさんは,2018年の7月から12月まで,1日5,6時間,1か月120時間を超える残業を行っていたという。こんな長い時間の残業をさせるなんて,A社はきっと労働基準法に反しているに違いない,とあなたは感じた。
【ワーク】A社は労働基準法に違反しているのでしょうか? 残業時間の上限は,何時間ぐらいに設定されているのでしょうか? 考えてみましょう。
nishio.icon100時間くらいでダメというような話を聞いたおぼろげな記憶が...
→条件はない、が正解
一 「働き方改革」(労働法改革)の動き
professor.icon大きく2つの課題を解決するための法律改革。
(1) 「働き方改革」の主要な課題
①長時間労働:特に正社員の長時間労働の問題が背景に
特徴:働き過ぎの防止,労働者の健康の確保のため,労働時間に 絶対的な上限を設けることの実現へ
施行は2019年4月(中小企業(注)には2020年4月)
(注) 中小企業(条文では中小事業主)の定義(働き方改革関連法の附則3条など)
資本金の額または出資の総額が3億円(小売業,サービス業:5千万円,卸売業:1億円)以下,または,常時使用する労働者数が300人(小売業:50人,卸売業,サービス業:100人)以下
②非正規雇用:正社員・非正社員間の格差問題が背景に
professor.icon非正規雇用の問題も今回の改正の目的
特徴:労働条件の不合理な違いは許さないという現行法を明確化し,実効性を高めることの実現へ
施行は2020年4月(中小企業には2021年4月)
nishio.icon同じ「働き方改革」という言葉で全然違うことをイメージしていたことを知って驚き
nishio.iconのイメージ: 副業解禁(これは元から法的制限なかった)、自由度の高い働き方(=労働法の制限を撤廃)
shio.icon各自、書き込むとき、shio.icon打ったらいいように思います。西尾さんのように。
shio.icon professor.iconアイコンがあるのか。それもいいですね。
(2) 「働き方改革」の年表
2015(平成27)年10月~2016年(平成28年)6月:一億総活躍国民会議
2016年9月~2017年3月:働き方改革実現会議(3月に「働き方改革実行計画」)
労働政策審議会における検討を経て,2018年4月に国会へ法案提出
2018(平成30)年6月29日:働き方改革関連法が成立(7月6日公布)
正式名称:「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(労働基準法,パート法,労働安全衛生法等の改正をパッケージにした法律→改正されたそれぞれの法律について見ていく)
2019年4月:施行(ただし,施行日がこれ以降の規定や経過措置などもある点に注意)
(3) 「働き方改革」の意義
①働き過ぎや格差から労働者を保護する=労働政策としての意義
professor.icon労働政策としての意義がある。
②
ⓐ長時間労働の是正で,これまで長時間の労働は難しく,十分に働けなかった人々(特に女性や高齢者など)の働く機会を増やす
ⓑ格差の是正で,これまで以上に非正社員の意欲や能力を引き出す
→ⓐⓑを通して,より多くの賃金を得た労働者が消費にお金を使えるようにすることで,経済の活性化を目指す=経済政策(成長戦略)としての意義
二 労働時間に関する法改正
1 労働時間の基本的なルール
(1) 労働基準法の基本的な考え方:働くときの最低基準を保障(労基法1条2項)
労基法違反に対しては,行政(労働基準監督署等)による指導・取り締まりが予定されているほか,悪質な事案については刑事罰も(労基法119条等)
(2) 労働時間に関する労基法の最低基準
①法定労働時間:1週40時間,1日8時間(32条)
professor.icon長く働かせてもここまでという上限の規定
②休日:週休1日(35条)
professor.icon週休2日制は労基法よりも優位なので労基法としては大歓迎。
※ここでの「法定」とは「上限」の意味(働く時間の話なので,最低基準が上限となっている)
(3) 残業(時間外労働=法定労働時間を超える労働)・休日労働の基本ルール
professor.icon当たり前のように8時間を超えて働いている方がいると思う。それがなぜ許されるのかのカラクリ。
①労働者の代表(過半数代表)と使用者の36協定【professor.icon労働基準法36条の規定なので】があれば時間外・休日労働が適法に
→過半数代表:各職場において,過半数の労働者が労働組合に入っていればその組合,そうした労働組合(過半数組合)がなければ労働者の過半数が支持した代表1名
※残業代や休日手当(法的には割増賃金)の支払いも必要 (以上,労基法36,37条)
nishio.iconこの条項が個人的には迷惑。
休日や深夜に仕事的な活動をするときに事前に会社の承認を求める必要が出てくるため
②36協定で定めなければならない内容
時間外・休日労働をさせることができる場合,労働者の範囲,対象期間,延長時間の限度,休日労働させることのできる休日の日数など
③「働き方改革」以前:行政(厚生労働大臣)による基準(「限度基準」)の存在
正式名称:「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」
1週15時間,1か月45時間,1年360時間等が時間外労働の「限度時間」
professor.icon週休2日制として,1日2,3時間の残業のペース
→法律上の絶対的な上限ではないが,この基準を守るように行政官庁(労基署)が行政指導を行うことができるので,事実上,上限として機能する面があった
(4) かつての限度基準に関しておさえておくべきこと:「 特別条項」
①36協定で「限度時間を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情が生じた場合は限度時間を超えて労働時間を延長できる」と定めると…
↓
その特別の事情が生じた場合には,限度時間を超えることが許容された
(このような特別な条項を盛り込んだ36協定=「特別条項付き労使協定」)
→ 特別条項が付されている割合:全体で40.5%(「平成25年労働時間等総合実態調査」)
なお,大規模になるほど割合が高く,従業員301人超だと79.0%,101人超だと68.1%
②ただし,「特別の事情」は臨時的なものに限られる:一時的・突発的に時間外労働の必要があり,特定の労働者に対して1年の半分(6か月)を超えないことが求められた
例:「業務上やむを得ないとき」といった一般的な理由では,臨時的なものとは認められない
→機械のトラブルや大規模なクレームへの対応,ボーナス商戦に伴う業務の繁忙,予算・決算の業務,納期のひっ迫(納期が迫っている)などであれば,臨時的と認められる
③特別条項における時間外労働の上限は,できるだけ短くするよう努めなければならないものの,法律や限度基準による絶対的な上限はなかった(上限は労使の合意で決まる)
※なお,建設業や研究開発業務など,一定の業務はもともと限度時間の適用除外とされていた(特別条項を使わず,36協定で限度時間を超える延長を定めても構わない)
●「働き方改革」以前の法規制の特徴:時間外労働等に絶対的な上限がなかった
→ケース①でも,「労働基準法」違反は「ない」可能性がある
※ただし,働かせ過ぎは,労働者の安全・健康に配慮する「安全配慮義務」(労働契約法5条)に違反するとして,賠償責任が生じる(労働法は複数の法律で構成)
professor.icon柔軟だといえばいいが,規制として十分ではない。
2 時間外労働等の絶対的上限(労基法36条)←なお,36協定の定めがあることが大前提
(1) 具体的な上限時間数:原則的な上限(①)と絶対的な上限(②及び③)
①時間外労働の原則的な上限(限度時間):月45時間以内,年360時間以内(3・4項)
数字は従来の「限度基準」と同水準だが,行政の基準から法律に格上げ
②臨時的な特別の事情がある場合,特別条項で①を超えてよいが…(5・6項)
ⓐ時間外労働が月45時間を上回るのは1年の半分(1年のうち6か月)が上限
(従来の限度基準と同水準だが,①同様に法律へ格上げ。毎月起きることは「特別」ではないから)
ⓑ時間外労働のみで年間720時間以内 ←ⓐがあるので「毎月60時間までOK」ではない!
③上記①②を通して,時間外労働と休日労働の合計で下記を守る必要あり(6項)
(注:③のみ時間外と休日を合算:労災や安全衛生の議論の影響〔⇔①②は時間外のみ〕)
ⓒ1か月100時間未満
例:時間外労働が月44時間で①の範囲内でも,休日労働が56時間なら計100時間となりNG
ⓓ2か月,3か月,4か月,5か月,6か月の平均で,いずれも月80時間以内
(100時間近い時間外・休日労働が連続すると,それだけで心身を壊すおそれがあるため)
(2) 違反した場合:労基署の指導等の対象となるほか,刑事罰が科されうる(119条)
①~③に反する36協定は無効→原則に戻り,時間外・休日労働はすべて32条違反に
(36協定は①~③を守って締結される必要あり。なお,協定した数値を超えた場合も当然32条違反)
なお,ⓒ(100未満)またはⓓ(平均80以内)に違反すると端的に36条6項違反
(3) 施行日:2019年4月1日(同日以後の期間のみを対象とする36協定に適用)
例:36協定の期間が2018年10月1日~2019年9月30日→2019年10月1日から適用
※中小企業についての経過措置:2019年を2020年に変更(要は1年の猶予)
新技術,新商品等の研究開発の業務(限度基準の対象外):今回の上限規制の適用を除外
nishio.iconはこれに該当するのかな
・建設業,自動車運転の業務(いずれも限度基準の対象外):今回の上限規制の施行から5年間は適用を猶予。5年経過後(2024年4月1日~)に適用されるが,適用除外となる規制もある
医師:施行から5年間は適用を猶予。5年経過後については議論が続けられている
3 労働時間,休暇等にかかわるその他の改正(施行は2019年4月:中小への猶予は特にない)
(1) 高度プロフェッショナル制度(特定高度専門業務・成果型労働制)の創設(41条の2)
一定の要件(詳細は下記)を満たすと,対象者については,労働時間・休憩・休日・深夜割増に関する労基法の規制が適用されなくなる=残業代等が不要に
(あくまで制度を導入してもよいというだけで,導入が義務付けられたわけではない)
①労働者の職務の範囲が明確で,年収が一定額(1,075万円)以上であること
②高度な専門的知識等を要する一定の業務(金融商品の開発やディーリング〔運用〕,アナリスト,コンサルタント,研究開発)に就くこと
③さらに,以下の各要件を満たしていること
㋐労使委員会の設置・決議,及び,労基署(労基署長宛て)への決議の届出
㋑健康管理時間(事業場内にいた時間+事業場外で労働した時間)の把握
㋒健康確保措置の実施(年間104日以上かつ4週4日以上の休日の確保が必須で,ほか,以下のメニューから1つ実施…勤務間インターバル制度の導入+深夜労働の回数制限,一定の連続休暇〔2週間連続が原則で,本人が希望する場合は1週間を2回〕など)
㋓健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置の実施(上記㋒として選ばなかった残りのメニュー,心とからだの健康問題についての相談窓口の設置などから1つ実施)
㋔本人の同意(書面で得る必要がある)
(2) 年休(年次有給休暇)の年5日分は使用者が指定(労基法39条7項)
※基本事項(改正前の考え方):年休の取得日は労働者が指定するもの(時季指定権)
使用者は,一定の場合に取得を拒否しうるのみ(時季変更権)(労基法39条5項)
①労働者の意見(希望)を聴取した上で,その意見を尊重しつつ,年休付与日(基準日)から1年のうちに使用者が5日分を指定し休ませる(違反には罰金がありうる〔120条〕)
→年休のうち5日分については,「労働者に主導権がある」という年休の基本的な考え方を修正してでも,確実に取得させよう(休ませよう)という意味がある
②例外:労働者が自ら指定して取得した日数等については,上記の5日分に充当してよい(使用者の指定は不要)(39条8項)
例:労働者が2日分指定→使用者は3日分指定 労働者が5日以上指定→使用者の指定は不要
三 労働時間に関する法改正の「意義」と「課題」
1 意義
(1) 完璧とは言えなくとも,絶対的上限が導入されたことに意味がある
時間外労働等の絶対的上限:これまで,導入を求める議論がずっと行われてきたにもかかわらず,実現していなかった(大学の「ゼミ」の定番のテーマでもあった)
→今回の上限設定の実現:法的には大きな「一歩」と評価できる
(2) 「長時間働くことがよいこと」という発想(マインド)から脱却する契機に
誰しもが長時間働ける,という時代ではなくなった(職場の多様化)
professor.icon育児、介護、仕事以外のことをしながら働く。職場が多様化している。
→限られた時間をできるだけ活用する(そして,そのことを評価する)という発想がより重要に
nishio.icon「長時間働きたい人は長時間働くことも自由である」っていう感覚からすると、国がそこに制限をつけてくるのは違和感がある。労働者が自己決定できないと決めつけているバカにされている感じ。(自己決定できない人が多数派なのかもしれないが...)
違和感の原因を考えてみた。これは結局のところ「長く働くことはよくないことである」という新たな価値観の押し付けをしている状態。「価値観は個々人が決めるのだ」という多元的組織の考え方とマッチしないから違和感があるんだな、と思った
professor.icon短い時間で成果を出すという発想へ。どれだけ時間を用意できるかではなく,上限の中で競争をしていく。
2 課題
(1) 「上限時間が長すぎる」という批判
いわゆる「過労死ライン」(時間外労働がその水準であれば,過労死と認めて労災保険を給付する)と同水準の上限→「長すぎる」という批判も当然
具体的な数字については,上限規制を行っていく中で,検討・見直しが不可欠
professor.icon法律は改正して終わりではなく、作った時からさらに見直しをすることが必要。
(2)労使(労働者との対話)によるチェック機能が働くのか?
各企業における具体的な上限は,法律の範囲内で,「過半数代表」と使用者が結ぶ「36協定」で定められる
「過半数代表」がどれだけ労働者の意向,利益を使用者側に主張できるか,という限界もある(労働者の利益を代表する,新しいシステムを考える時期かもしれない)
ケース②
【事例】C社で働いているパート社員Dは,正社員に支給される各種の手当が自分たちに支給されていないことに疑問を持っている。あるとき,社長に対して,「正社員のみなさんには,通勤手当として通勤定期代の実費が支給されているかもしれませんが,私たちパートには通勤手当がありません。確かに遠距離通勤の人はいませんが,私はバス代に往復で1日440円かかりますし,それぐらい掛かっている人は少なくないです。時給の半分ぐらいですよ? なんとかしてもらえないでしょうか」と相談してみた。すると,社長は,「非正規(注)にまで通勤手当を払う余裕は無い。格差が嫌なら,正社員の通勤手当を廃止したっていいんだ」と言ってきた。
【ワーク】みなさんは,通勤手当の違いについて,どのように考えますか? この「格差」は,何か法律に違反するのでしょうか? 考えてみましょう。
(注)「正社員(正規雇用)」「非正社員(非正規雇用)」:実は,法律上の定義は存在しない→ただし,有期雇用,パートタイム勤務,派遣社員のいずれかにあてはまれば,一般に非正社員と扱われている ⇔無期雇用かつフルタイム勤務かつ直接雇用(派遣ではない)であれば正社員(なお,パートも派遣も有期雇用であることが多いので,非正規労働者≒有期労働者といえる)
四 非正規雇用に関する法改正(いわゆる「同一労働同一賃金」)
nishio.icon同じ仕事がたくさんあって大勢で手分けして実行している会社には「同一労働」があるのだろうけど、個人的には全く実感がわかない、個々人の仕事は全部異なっているイメージがあるshio.icon同感です。
そういう仕事は機械化・自動化してどんどん仕事自体をなくしていきたいshio.iconですね。
→後の方で「同一労働〜」はスローガンに過ぎないって話があった
1 有期やパートであることを理由とする不合理な労働条件の禁止(「働き方改革」以前)
(1) 有期雇用と無期雇用,パートタイムとフルタイムで,労働条件の相違が許されないわけではないが,不合理な相違は許されない(労契法20条,パート法8条)
(2) 労働条件の相違が不合理かどうかの判断
→具体的な労働条件ごとに(年収の総額ではなく,○○手当ごとに),下記要素を総合考慮
professor.icon通勤手当があるかないか,ボーナスがあるかないか,というように各項目ごとに判断する。
ⓐ業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(条文では「職務の内容」と総称される)
ⓑ人事異動の有無と範囲(条文では「職務の内容及び配置の変更の範囲」)
ⓒその他の事情(労使の話し合いの状況など)
労契法20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が,期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違は,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲 その他の事情を考慮して,不合理と認められるものであってはならない。
●不合理かどうかを判断する基本的なポイント
なぜそのような相違があるのか,きちんと説明できるかどうか
professor.icon労契法20条に「説明」という言葉は使われていないが,裁判で問われるのがこの点。
【判例】ハマキョウレックス事件・最二小判平成30・6・1労判1179号20頁
トラック運転手について,正社員(無期)と非正社員(有期)で業務と責任が同じで,人事異動は正社員にのみ全国転勤があったという事案で,無事故手当,作業手当,給食手当【professor.icon食事手当】,皆勤手当,通勤手当の相違は労契法20条に照らし不合理であり,住宅手当の相違は不合理でないと判断された例
(転勤がある正社員にのみ住宅手当があることには説明が付くが,それ以外の手当には説明が付かない)
professor.icon正社員は転勤があり、持ち家があっても別で家を用意する必要があり、住宅費用がかさむ。よって、住宅手当があることには説明がつく。
→基本的な考え方:手当などの目的や性質に当たる事情(前提事情)が,有期と無期で同一であれば同一の取扱い(均等待遇),違いがあれば違いに応じた取扱い(均衡待遇=バランスの取れた待遇)が求められる,と理解すればよい
(3) 不合理な相違(つまり不合理な差別)と認められたら?
正社員の労働条件が有期労働者やパート労働者に直接適用されるわけではない
差別が不法行為(民法709条)であるとして,使用者に損害賠償責任が生じる
(例えば,手当相当額の賠償が考えられる。なお,制度を見直さなければ使用者はその後も裁判で負け続けることになるので,結局,制度の見直しは不可欠)
professor.icon労働者側としてはもらえる金額が同じです。
nishio.icon労働者側は会社を相手取って訴訟を起こさなければお金をもらえない?大変...
こういう状態に陥る労働者側、だいたいお金も時間もないことが多いのでは?
労働者が労基に相談したら、労基が会社から差し押さえて労働者に分配したりできるのが理想なんじゃないかと思った
yui:私見です。
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
会社は,709条の要件を充した場合に,労働者対し損害の賠償をする義務を負います。逆にいうと,労働者は,会社に対し損害の賠償を求めることができる権利を有します。労働者は権利に基づき会社に対し請求をすることができるのであり,訴訟を起こさなければ請求ができないということではないと考えます。
→最後まで講義を聞いて考えが少し変わりました。
労働者が請求をすること自体はできると思います。しかし,会社が行っている差別が「不合理な相違」に該当するかどうかは,裁判所に判断してもらうしかないかと。
nishio.icon労基とかにやってほしい>判断
yui:そうですね^^
2 「働き方改革」における改正内容(いわゆる同一労働同一賃金)
(1) パートと有期(会社が直接雇用している非正社員)に関する総合的な法律が誕生
→労契法20条をパート法(8条)に移し,パート法を「パート・有期法」に改正
正式名称:短時間労働者【professor.iconパート】及び有期雇用労働者【professor.icon有期】の雇用管理の改善等に関する法律
(2) 不合理な相違(不合理な待遇)の禁止(パート・有期法8条):実質的には変更なし
professor.icon改正前の労基法20条,パート法8条と内容の実質は同じ。
①現行の労契法20条,パート法8条と変わるように見える部分:下線部㋐~㋒
パート・有期法8条 事業主は,その雇用する㋐短時間・有期雇用労働者の㋑基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において,当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲 その他の事情のうち,㋒当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない。
㋐:有期とパートを1つの条文でカバー(パート・有期法の誕生に伴う当然のこと)
㋑及び㋒:現在の判例のルールを法律(条文)に書き込むことで,ルールを明確化
professor.icon判例がありますよと言っても,どこにあるんですか?となる。法律に書き込むことで,法律を見ればわかるようになった。
㋑=賃金の総額ではなく,手当など待遇のそれぞれについて個別に判断すること
professor.iconよく、「正社員には責任があるから」と言いますが、仕事内容に責任があるから家賃が上がるということはないでしょう。裁判所は,仕事内容の責任と手当を別に考える。
nishio.icon事情全体ではなく「適切と認められるもの」という制限がついて一部の事情だけの考慮でOKになったわけか
㋒=どの手当(待遇)に関する話なのかによって,考慮要素が変わること
例:住宅手当の有無についての話であれば,仕事内容や責任は基本的に考慮しないで,もっぱら転勤の有無等について考慮するのが適切(住宅手当の目的は一般に住宅費用の補填にあるから)
②ルールの中身自体は,現行の法律・判例と基本的に同じ(判断要素もまったく同じ)
③今回の改正を「同一労働同一賃金(の実現)」と呼ぶこともあるが,「労働が同一の労働者に対しては同一の賃金を支払え」という文字通りの意味ではない点に注意
→賃金に限らず労働条件の全般が対象であるし,労働が同一でない場合でも相違が不合理であれば労働条件の相違は許されない(同一労働同一賃金はいわば「スローガン」のようなものと理解)
nishio.iconなるほど、「同一労働」じゃなくてもいいのかshio.icon
【資料】実務で参考になる厚生労働省のWebサイト「「働き方改革」の実現に向けて」(更新も頻繁)
→「同一労働同一賃金ガイドライン」平成30・12・28厚生労働省告示430号(待遇の相違が不合理になるかならないかについて原則となる考え方と具体例を示したもの)など,各種の資料を参照可能
※なお,非正規については,労働者派遣の分野でも法改正が行われたが,今回の講義では省略
(3) 差別的取扱いの禁止(パート・有期法9条):現行法を拡充
パート・有期法9条 事業主は,職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者…中略…であって,当該事業所における慣行その他の事情からみて,当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において,その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については,短時間・有期雇用労働者であることを理由として,基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて,差別的取扱いをしてはならない。
①改正前:パート労働者について,下記ⓐ,ⓑの両方が正社員と同一なのに(正社員と同視すべきなのに),パートというだけで正社員と差を付けることを禁止(パート法9条)
ⓐ業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(条文では「職務の内容」)
ⓑ人事異動の有無と範囲(条文では「職務の内容及び配置の変更の範囲」)
(労契法20条等との違い:「その他の事情」を考慮せず,かつ,ⓐⓑが「同一」の必要がある)
→対象者はごく一部であるが,労働条件等の相違そのものを禁止
②改正法:現行法ではパート(所定労働時間が正社員より短い場合)にしか適用されないのに対し,フルタイムかつ有期(いわゆる「契約社員」)にも差別禁止の適用を拡大
(契約社員:パートに比べて,正社員に近い働き方をしている場合も多いと思われる→実務への影響大)
nishio.iconこれ「正社員は8時間、パートは7時間なので同一ではない!」とか言い出す経営者が出そうな気がする
有期雇用を5年続けたら正社員にせよ的なルールが作られた時、4年11ヶ月で解雇する「雇い止め」が頻発したような記憶
あ、時間と関係なく「職務の内容」が同一かどうかが問われるのか
(それでも「職務の内容を同一でなくするためのルール」を作って逃れようとする経営者が出そうだ、契約社員はグループウェアに直接アクセスできないようにして、グループウェアへのアクセスは正社員だけができるようにして、「グループウェアアクセス業務は正社員だけがやってるから同一じゃない」とか)
(4) 使用者の説明義務(パート・有期法14条):現行法を拡充
パート労働者や有期労働者の雇入れ後,本人の求めに応じ,正社員との待遇差の内容・理由等に関する説明が使用者に義務付けられる(「理由」の部分が改正で新設)
→理由を説明させる点がポイント:説明できないような違いは,不合理である可能性が高い(訴訟の提起につながりうる)
(パート・有期法8条,9条の実効性を高めるという重要な意味がある)
professor.icon会社がうまく説明できない場合,もし労働者が裁判をおこせば会社は負けます。説明ができない場合の訴訟を勧めるという裏の目的があります。
(5) パート・有期法の施行日:2020年4月1日(働き方改革関連法の本体から1年の猶予)
ただし,中小企業については2021年4月1日から適用(さらに1年の猶予)
→施行までは現行の労契法20条,パート法8条,9条などが効力を有することに注意
●ケース②では,業務,責任,人事異動の有無の範囲等がパートと正社員で違ったとしても,通勤に必要な費用の額とは直接関係しない(交通費の額は変わらない)
professor.icon正社員だからバス代が高いということはないでしょう。
→改正の前後を問わず,不合理な相違に該当する可能性が高いといえる
五 非正規雇用に関する法改正の「意義」と「課題」
1 意義
(1) 格差問題を根本から解消するための試みとして評価できる
→これまで「当たり前」とされていたことに法律が切り込んだ,というイメージ
professor.icon正社員は優遇されるという一般の認識に対して切り込んだ。
法律を変えるときには2つのパターンがある。
世の中が変わるから法律を変えるパターン。
法律が先をいく。こう変えないといけないよということで,法律を変えることで世の中を変えるパターン。
(2) 正規・非正規という従来の区別そのものを変えていく可能性がある
→職場の多様化に対応した雇用へ
professor.icon正規・非正規の違いは必要か?今後は違いがなくなっていくかもしれませんね。
nishio.icon不合理な差別がなくなれば、1社だけで正社員をするのと複数の会社で働くことでは後者の方が魅力的に見えるようになるのかも
2 課題
(1) 実務対応が困難?
何が「不合理」な(法的に許されない)相違なのか,わかりやすいとは言えない
professor.icon数字で何時間と言われればわかるが,「不合理」の基準がわからない。
nishio.icon非正規の人が正規社員の受けている待遇を知ることができる「情報共有」がまず必要そう
不合理な差別に気づくことができなければ訴えることもできないので
企業としては,どのように制度を改めればよいか,手探りの状況も
(2) 訴訟が頻発?
すでに,労働契約法20条に関する紛争(訴訟)が多数発生
不合理か否か,最終的に訴訟をしないと結論が出ない→訴訟の頻発による様々なコストをどう考えるか
おわりに
法律を変えるのに2つのパターン
①世の中の変化に合わせて法律が追いかけていくパターン
パワハラの法律が今年できた。
みんなで議論してやっと追いついた。
非正規の問題については逆。
②法律が先に望ましい姿を示すことによって世の中を変えるというパターン
nishio.icon「働く時間が短い方が良い」という方向が「望ましい」のかどうかは疑問
強いストレスがかかる仕事は長時間できないので、長時間強制されないようにするのは良いことだと思う
一方で労働者が高い裁量を持って自発的に動いているようなケースだと、法律に時間を制限されること自体が迷惑
例えば乳児が夜泣きして深夜に目覚めてしまった時に、隙間時間で会社のグループウェアにアクセスして仕事を進めたとすると、これって「時間外労働」になっちゃう、やりたいようにやることを法律が妨げないでほしい
法律には追いついていく役割と,引っ張っていく役割の2つがあります。
質問
Q. 管理職に残業代を支払わなくて良いという認識が変わったのはいつか?
A. 労基法41条「管理監督者」の規定
40年前と今とで法律の規定は変わっていない。
より正しく運用されるようになったという違い。
管理職が会社を訴えることがなかったので適切でない運用が定着していた
H20前後
ファーストフードの店長が残業代もらえないのはおかしい、という訴え
Q. 労働法改正の目的。労働生産性をあげようという目的?
A. 長時間労働が続くことによって労働生産性が下がっている。
下がっているものを上げようという認識です。
Q. 材料先行手配?
ある程度は生産して消化されたけど、材料だけが残ったわけです。
責任は営業にあるのでしょうか?
A. 在庫管理,事業については労働者の責任ではなく使用者の責任。
事業上のリスクは使用者が負う。
Q. 実際は担当者に賠償請求をされたのですが,その場合には法律違反?
A. 法的に争うことができるケースだったのではないでしょうか?
shio.icon
ル-ルが社会を先取りして変わっていくという例をお示しいただいた。