三果浪の恋心が可視化されたら、なんかねっとりしてる。水飴かもしれない。重くて甘い、よく伸びる。食べれる。
三果浪は恋心が溜まる瓶をもらった。さる皇神が商品化して市に並べたいらしい。まずは運営者自らで安全性と有用さを試してください、と半ば押し付けられたというのが正しい。
静は熱心なセールスを打つ神の後ろで困ったような顔をしている。彼が本部の手伝いを始めて数年が経った。仕事始めから事あるごとに三果浪が強く熱く情の濃さを説いてるので、このような依頼も舞い込んできたらしい。静はいい男であるから先んじて誰のものか伝えているだけなのに、どうしてこうなった。
湯呑み一杯分ほどの容量のガラス瓶である。親鳥が卵を抱くように四六時中抱いていれば三日で術が結実し、恋心が抽出されるという。心をとったりつけたりするわけではないので、香り付けの方が近いだろう。一度使えばそれきりということだ。
「静様にもぜひご賞味いただいて、どうか、ぜひ!」
「ん……食べられるのか?」
「はい! 言葉を操るのも苦手な神もおりますし、ゆくゆくは恋に限らず気持ちを伝える手助けになればと」
「……」
三果浪は黙り込んだ。心当たりがありすぎた。かつて色々迷走したり齧ったり舐めたりしたのは、今思うと面映い。いずれ悩めるものの助けになるのならそれに越したことはないだろう。
了承の意を伝えると、皇神は弾けるように歓声を上げた。巻き込まれた静は落ち着いた微笑みを浮かべている。しかし三果浪には分かる。どこかソワソワしている様子だった。
七十二時間きっかりで術は成立した。ほんの少しずつ三果浪の神力を取り込んでいた瓶は、今は透明な赤金色の液体に満ちている。傾けると重たげに動く。水飴か蜂蜜のようなありさまだが、本当にそういうものなのかは開けてみるまでわからない。
「楽しみなのか」
瓶をこねくり回す三果浪の隣で、同じように静も瓶を、あるいはその中身を熱心に見つめている。急かすようなことを言われたわけではないが、早く開けて欲しそうな顔をしている。
「ええ、とても楽しみですよ」
「甘いとは限らないぞ」
この三日間再三確かめたが、念のためもう一回聞いておく。
静は甘いものが好きだ。三果浪の心は彼にあげてしまっているので不快な味にならないとは思うが、酸っぱかったり、苦かったりするかもしれない。
「ええ、どんなものであれ、三果浪様からいただけるものは嬉しいものですよ。ましてや恋心ですからね」
ふふ、と、照れたように静は口元を覆った。
「覚悟が決まっているなら良い。開けるぞ」
「はい、レポートも任せてください」
金属蓋を捻ると、ふわりと柔らかな匂いが香った。紅茶や、枯葉のような香りだった。三果浪は一思いにやってしまえと匙を取り、抽出した恋心とやらに刺した。弾力のある粘体がスプーンに絡む。くるくると持ち手を回して、こぼれない程度の量を巻き取った。やはり水飴のようだ。
「そら」
差し出したスプーンを静は受け取り、そっと唇を寄せる。三果浪は彼が唇だけで赤金色の飴を食む様をまじまじと見た。空気を含んで少し濁った飴の向こう、ちらりと舌がひらめいた。白い歯が少しばかり飴を切り取って、ちゅう、と吸う。
先の尖った糸巻きの形に巻き取られた飴は垂れることもなくスプーンに鎮座している。
「……とても、とても甘いです。」
ゆっくりゆっくり飴を味わっていた静がやっと口を離して、笑った。三果浪はなんとなく居た堪れない。静はよく笑うが、この笑みはことさら美しい。愛しさが溢れるような。
うん、と頷いて、もう一巻きいるか、と聞くのが三果浪の精一杯だった。
心を食べられていると思えば面映い三果浪
なお三つめは瓶ごとあげて、唇を奪って、複雑な感情に悶えていた。恥ずかしくて可愛かったんだ仕方ないね!
なお三果浪が静さんのを食べてもしあわせでぽーっとなるのでやばい食べ物かもしれない。